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作成: 2000/01/08 下斗米 道夫

データ番号   :040205
電子線照射した銅および鉄における空格子点の陽電子消滅法による研究
目的      :空格子点型欠陥の同定
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(3MeV), 22Na線源(10μCi)、48V(15μCi)
フルエンス(率):6×1018e/cm2
利用施設名   :ユウリッヒ原子力研究所ヴァンデグラフ電子線加速器(ドイツ)、グルノーブル原子力研究所ヴァンデグラフ電子線加速器(フランス)
照射条件    :10K,液体水素温度
応用分野    :固体物理学、原子炉材料

概要      :
 金属中の空格子点がどの温度範囲で移動を始めて消滅するかの論争について、電子密度の小さい空格子点型の照射欠陥だけを選択的にプローブする特徴を持つ陽電子消滅法を用いて決着をつけた。すなわち、低温で電子線照射して格子間原子と空格子点を導入した高純度試料における陽電子消滅を測定して、銅、鉄のいずれにおいてもステージIIIで空格子点が動き出して相互に会合して小さな3次元的クラスターを形成することを証明した。炭素濃度の多い鉄試料ではクラスター形成と同時に空格子点-炭素原子対も形成される。

詳細説明    :
 金属に放射線を照射して導入される格子間原子や空格子点がどの温度範囲で移動を始めて消滅するかに関して、従来、ニつのモデルが提出され、論争となっていた。すなわち、電気抵抗変化で見て極低温から数えて三番目の回復段階(ステージIII)で空格子点が動くとする説と、いや、その温度では格子間原子が動くとする説とである。しかし、従来の実験手法である電気抵抗、電子顕微鏡、自己拡散測定、X線散乱などでは、その論争に決着をつけることは出来なかった。電子密度の小さい空格子点型の照射欠陥だけを選択的にプローブする利点を持つ陽電子消滅法を用いて、この論争に決着をつけることを試みた。
 99.999%純度の銅板に3MeVの電子線を液体ヘリウム温度で照射して、理論上は3×10-4の濃度のフレンケル欠陥を導入した。陽電子消滅は消滅γ線(511keV)のドップラー幅拡がりを半導体検出器で測定した。γ線の形状プロフィルと空格子点型欠陥での陽電子消滅の評価に採用したラインシェイプパラメーター, IvとIcの定義を図1に示す。


図1 Doppler-broadened 511-keV annihilation line shapes of annealed (circles) and of electron-irradiated (triangles) Cu with the line-shape parameters Iv and Ic indicated. (原論文2より引用。 Reprinted, with permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Rev., B, vol.17, No.4, 1645 (1978), S.Mantl, W.Triftshauser, Figure 1 (Data source 2, pp.1646), Copyright (1978) by the American Physical Society.)

 Ivは消滅γ線プロフィルの中央部の面積率で、伝導電子と消滅した陽電子の比率を表し、Icは消滅γ線プロフィルの裾部の面積率、で内殻電子と消滅した陽電子の比率を表す。空格子点型の欠陥で消滅する陽電子の比率が高まれば、Ivは増加し、Icは低下することになる。
 実験としては、電子線で照射した銅板試料2枚の間に低温状態を保ったまま陽電子線源を挟んで130Kの温度以上で等時焼鈍を行ってドップラー幅拡がりを測定した。上記パラメーターの変化と別途測定した電気抵抗変化を一つの図にまとめて示したのが図2である。


図2 Valus of the line-shape parameters Iv and Ic and of the resistivity as a function of the annealing temperature for electron-irradiated copper. (原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Rev. Letters, vol.34, No.25, 1554 (1975), S.Mantl, W.Triftshauser, Figure 1 (Data source 1, pp.1555), Copyright (1975) by the American Physical Sosiety.)

 電気抵抗測定で判断されるステージIIIの始まりは230Kである。その温度以下では、空格子点濃度は7×10-5で、陽電子の75%は空格子点で消滅すると見積もられる。ステージIIIで電気抵抗は急激に低下し始め、280Kで終了しているが、まさにその温度範囲でIvは増加し、Icは減少している。これは、この温度範囲で空格子点が動き出して相互に会合して空格子点型のクラスターを形成していることを示している。さらに焼鈍温度を上げて650Kにまで達するとクラスターも消滅してしまう。この解釈を裏付けるために、格子間原子型の格子欠陥はいっさい導入されない焼き入れ実験を金の試料について行って、同様の陽電子消滅の測定を行った。その結果、ステージIIIでの陽電子消滅の挙動が図2で示される銅試料と同様であることを確認した。銅や金と同じく面心立方構造をとるアルミニウムや体心立方構造のモリブデンにおいてもステージIIIで空格子点が動くことを確認した。さらに、銅中の空格子点における陽電子捕獲定数を(4.25±0.8)×1014sec-1と決定した。
 工業材料として重要な地位を占める鉄についても、ステージIII論争に決着をつける研究が行われた。鉄の実験の問題点は、高純度の試料が得難いことと格子間不純物である炭素原子の移動と空格子点の移動とを峻別する実験計画が必要であることである。炭素原子濃度が5, 50, 750appm の3種の鉄試料に3MeVの電子線を液体水素温度(20K)で照射し、77K以上の温度で焼鈍して陽電子寿命を測定した。解析データの解析には2成分を仮定した陽電子捕獲モデルを用いた。その結果、以下の結論を得た。高純度鉄では、空格子点は中心温度が220KのステージIIIで動き出し、相互に会合して小さな3次元のクラスターを形成する。そのクラスターは500-600Kで消滅する。空格子点に捕獲された陽電子の寿命は175psecである。炭素濃度が高い試料では、ステージIIIでクラスター形成と空格子点ー炭素原子対形成とが競合する。解析によればその対での陽電子捕獲定数が大きいので、対の原子配置は非常に強い非対称性を持つと考えられ、炭素原子が空格子点にはまりこむとは考えられない。なお、対での陽電子寿命は160psecである。ステージIIIで空格子点と対を形成しなかった炭素原子は350Kで動きだして、空格子点クラスターや空格子点ー炭素原子対と結合する。
 以上、放射線照射した金属の回復のステージIIIでは、金属の種類を問わず、空格子点が動いて回復が進むことが陽電子消滅の実験によって確証され、永年の論争に決着がついた。

コメント    :
 陽電子消滅法による固体材料の研究において、電子密度の小さい空格子点型の照射欠陥だけを選択的にプローブする特徴を最大限に生かした回復ステージIIIの同定がもっとも有名である。換言すれば、金属、グラファイト、半導体、化合物の研究において、陽電子消滅法は空格子点型欠陥の研究に威力を発揮するということである。その結果、陽電子によるフェルミ面の研究においても、空格子点型欠陥の影響を排除出来ているかの吟味をまず行うことが重要になる。

原論文1 Data source 1:
Direct Evidence for Vacancy Clustering in Electron-Irradiated Copper by Positron Annihilation
S.Mantl and W.Triftshauser
Institut fur Festkorperforschung, Kernforschungsanlage Julich, Julich, Germany.
Phys. Rev. Letters, VOL. 34, p. 1554-1557 (1975)

原論文2 Data source 2:
Deffect Annealing Studies on Metals by Positron Annihilation and Electrical Resistivity Measurements
S.Mantl and W.Triftshauser
Institut fur Festkorperforschung der Kernforschungsanlage Julich, 5170 Julich, Germany. Hochschule der Bundeswehr Munchen, 8014 Neubiberg, Germany
PHYSICAL REVIEW B, Vol. 17, p. 1645-1652 (1978)

原論文3 Data source 3:
Vacancy-Carbon Interaction in Iron
P.Hautojarvi, J.Johansson, A.Vehanen, J.Yli-Kauppila, and P.Moser
Department of Technical Physics, Helsinki University of Technology, SF-02150 Espoo 15, Finland. Section de Physique du Solide, Departement de Recherche Fondamentale, Centre d'Etude Nucleaires de Grenoble, F-38041 Grenoble, France
Phys. Rev. Letters, Vol. 44, p. 1326-1329 (1980)

原論文4 Data source 4:
Vacancies and Carbon Impurities in α-Iron: Electron Irradiation
A.Vehanen, P.Hautojarvi, J.Johansson, J.Yli-Kauppila, and P.Moser
Laboratory of Physics, Helsinki University of Technology, SF-02150 Espoo 15, Finland. Section de Physique du Solide, Departement de Recherche Fondamentale, Centre d'Etude Nucleaires de Grenoble, 85 X, 38041 Grenoble Cedex, France
Phys. Rev., B, Vol. 25, p. 762-780 (1982)

キーワード:空格子点、電子線照射、陽電子消滅、銅、鉄、クラスター、焼鈍、炭素
vacancy, electron irradiation, positron annihilation, copper, iron, cluster, annealing, carbon
分類コード:040504

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