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作成: 1999/02/26 楢本 洋

データ番号   :049004
構造・状態解析への放射線の利用
目的      :物性・構造解析(中分類)を解説

概要      :
 1、放射線と固体との相互作用
 2、X線を利用した解析法の特徴と応用分野
 3、電子を利用した解析法の特徴と応用分野
 4、中性子を利用した解析法の特徴と応用分野
 5、粒子を利用した解析法の特徴と応用分野
 6、γ線を利用した解析法の特徴と応用分野


詳細説明    :
1、放射線と固体との相互作用
 放射線とは、物質の結合エネルギーよりもはるかに大きなエネルギーを持った電磁波、荷電粒子、中性粒子などを指す。原子核関連の工学の発展とともに、これら放射線の量、エネルギー、指向性などが実験室規模で定量的に制御可能になり、高感度な物質解析法として広範に利用され、加速器技術の進展により更なる展開が期待されている。
 
 これらの放射線が固体物質に入射すると様々な形で相互作用する。ドブロイ波長の極端に短いイオンの場合を除けば、X線、電子、中性子及びγ線は波として入射して、構成原子・原子核を励起する。この時標的が周期的原子配列の固体であれば、干渉効果により結晶学的情報を得ることができる。
 
 固体に入射するイオンなどの荷電粒子は、電子励起によるエネルギー損失を基本に、低い確率で核的衝突が起こる。また電荷を持っているが故に、固体との相互作用が強く、表面近傍でそのエネルギーを散逸する。一方中性子は核外電子と相互作用する事なく、直接原子核にまで到達してとその構造に依存した核散乱を引き起こす。
 
2、X線を利用した解析法の特徴と応用分野
 X線源としては、電子線照射などで励起した目的元素から放出される特性X線を利用する場合と、高速電子などの制動過程を利用したシンクロトロン放射光などを利用する場合とがある。後者の場合、放出されるX線強度が高く、白色で偏極しているため、高圧下での解析、磁気的構造解析及び電子分光などに効力を発揮する。基本的には、X線の入射により、非弾性過程としての電子系の励起と弾性過程としてのX線の回折が生ずる。これらの過程が解析に利用される。
 
 電子系の励起では、透過X線のエネルギー変化から電子状態、更には原子配列を解析する(EXAFS等)方法や2次的に放出される電子のエネルギー分析からは電子の結合状態などを解析する(X線入射の場合:XPS、紫外光入射の場合:UPS)。これらいずれの場合も、2次生成物の電子波の干渉効果までの利用により、局所的原子配列と電子状態との相関を知ることができる。
 
 一、方弾性的過程はブラッグ散乱と呼ばれ、結晶性物質での干渉効果として生ずる。このため、原子配列の対称性の評価や原子配列の乱れなどを定量的に評価できる。特に原子配列の乱れに関しては、電子波よりも敏感であるため、結晶性の高い結晶の乱れの定量的評価等に効力を発揮する。電子顕微鏡観察に対応する微視的回折情報を得るためには、X線回折顕微法(XDT)が用いられる。表1は、X線を利用する解析法の特徴と応用分野の概略を示す。

表1 X線による解析法の特徴とその適用
解析法の名称 基本的相互作用 解析対象項目 特徴/適用例
広域X線吸収微細構造
(EXAFS)
吸収端付近のX線吸収と干渉効果 局所的原子配置
透過型:バルク、反射型:表面
非晶質物質の短距離秩序の決定
微粒子触媒の解析
光電子分光
(XPS,UPS)
X線,UV光入射により放出される価電子のエネルギー分析 化学結合状態解析、バンド構造評価 UPSな化学結合状態を厳密に解析
XPSは内部の状態
X線回折法
(XRD)
X線の弾性散乱、干渉効果 結晶学的解析、歪み解析、薄膜結晶成長 巨視的スケールでの結晶学的解析
ほとんどの物質に利用可能な汎用解析法
X線回折顕微法
(XDT)
微少領域からの回折情報の2次元分布 転位などの格子不整の空間分布 X線の回折過程を利用した顕微鏡的解析法
分解能10μm、高完全度結晶の解析に有効

 
3、電子を利用した解析法の特徴と応用分野
 電子の場合も、基本的にはX線と同種の相互作用を利用した解析法である。但し、荷電粒子であるため電磁レンズを利用した顕微鏡的利用と組合わせた解析法に特徴がある。この電子顕微鏡法としての完成度は高く、原子配列を直接観察することが可能である。但し、透過能に制約があり、試料としてはサブミクロン程度の薄片を準備する必要がある。
 
 高速に加速した電子を微細ビームにして標的に照射し、発生する2電子励起次電子の収量を2次元的に表示すると表面の凹凸に関する情報を与える(SEM)。2次的に発生する特性X線を検出しながら同様な2次元表示させると元素分布分析が可能になる(XMA)。また透過させた電子の拡大像を観察することにより透過型顕微鏡法(TEM利用の一種)として利用できる。また、高速電子のドブロイ波による回折角は小さく、ほとんど直進するので、透過・回折条件下での原子配列の2次元像を得ることができる(TEM)。
 
 X線と異なり電子波と格子歪みとの相互作用は弱く、原子配列の乱れ(転位など)が高密度になっても、拡大して回折像として識別できる。また、エネルギーが揃った電子を目的物質領域に入射させ、EXAFSと同様に透過電子の精密なエネルギー分析を行うことにより、化学結合に関する情報を得ることができる(EELS)。
 
 また、表面の軽元素高感度分析のためには、keVオーダーの高速電子を入射して、発生するオージェ電子のエネルギー分析を行う(オージェ電子分光)。表2は、電子を利用する解析法の特徴と応用分野の概略を示す。

表2 電子による解析法の特徴とその適用
解析法の名称 基本的相互作用 解析対象項目 特徴/適用例
走査型電子顕微鏡法
(SEM法)
微小電子プローブ入射により発生する2次電子強度の2次元像 表面トポグラフィ
密度差のある物質の2次元分布
焦点深度の深い凹凸像が得られる
分解能:10nm程度
透過電子顕微鏡法
(TEM法)
高速電子線の透過回折像
高速電子線の回折2次元像
微小空間での格子不整の分布形態
2次元原子像観察
イオン照射効果解析、環境劣化解析
原子1個1個を識別した構造解析
電子エネルギー損失分光
(EELS法)
電子線の非弾性散乱(振動励起、価電子励起など) 高分解能モード:格子振動解析
電子顕微鏡付属:化学結合状態解析
分解能:5meV
微小領域の化合物同定
反射型高エネルギー電子線回折法
(RHEED法)
数10keV領域の電子の反射回折 表面近傍の原子配列 蒸着中の薄膜の原子配列のその場解析
低速電子線回折法
(LEED法)
数keV領域の電子の反射回折 極表面にある原子の配列解析 結晶成長、吸着過程の解析
オージェ電子分光
(Auger法)
内殻電子励起後のオージェ過程による電子放出 極表面にある軽元素不純物の結合状態 イオン散乱などでは不可能な、重元素基板表面の微量軽元素による汚染解析

 
4、中性子を利用した解析法の特徴と応用分野
 中性子も粒子及び波動としての性質を併せ持つ。弾性散乱としての回折効果の利用による原子配列の解析に関しては前述のものと同じであるが、原子核との直接的な散乱(核散乱)をするため、水素等の軽元素との相互作用が強いことと磁気的相互作用(磁気散乱)が存在する点で、他の解析手法と大きく異なる。そのため有機系・生物系物質の解析や磁性体の解析に効力を発揮する。更には、また荷電粒子でないため物質との相互作用が弱く、巨視的物質の内部まで透過する。そのため、巨大製作物の疎密に基づく内部構造の観察(中性子ラジオグラフィ法)や回折現象と組合せて、結晶性物質でできているタービンなどの歪み解析に有効となる。
 
 また、非弾性散乱過程では格子振動の励起現象が起こり、他の方法では得られない固体物質中の水素の情報を得ることができる。近年では、原子炉及び加速器からの中性子を減速させて、目的のエネルギー領域にして解析に利用するようになってきた。核散乱の断面積が速度の逆数に比例することを利用して、エネルギーの低い中性子(冷中性子)の利用が盛んになっている。短寿命γ線(10-14秒以下)の発生確率が高まり、軽元素を主体にした高感度な元素分析が可能になる(即発γ線分析:PGA)。
 
 また、冷中性子では長波長の波動になるため、高分子・生物系試料中での数nmから数10nmのサイズの分子団や無機物質系での析出物の構造解析(中性子小角散乱:SANS)のために利用されている。表3には、中性子を利用した解析法の特徴と応用分野の概略を示す。

表3 中性子による解析法の特徴とその適用
解析法の名称 基本的相互作用 解析対象項目 特徴/適用例
非弾性中性子散乱分光法
(IENSS法)
格子振動の励起 フォノンモード
水素原子の存在状態
他の手段では不可能な水素などの軽元素を含む系の格子振動解析に有用
中性子回折法
(ND法)
中性子波の干渉 軽元素、スピンの空間配置 生物/高分子系試料の構造解析
磁性物質の相転移解析
中性子回折顕微法
(NDT法)
微小中性子ビームによる回折強度の2次元分布 格子不整や磁気ドメインのマッピング X線などでは透過しない大型結晶性物質の解析
磁性体の機能解析

 
5、粒子を利用した解析法の特徴と応用分野
 イオン(粒子)を物質の解析に用いる時には、高速イオンを入射させ、散乱イオン、内殻電子励起特性X線、核反応生成物(粒子、γ線)、反跳粒子などのエネルギー分析を行う。ここでは、深さ敏感な解析が可能であることに特徴があり、典型的には1ミクロンまでの情報を得る。深さの情報は、イオンの単位長さ当たりの電子励起過程に対するエネルギー損失量(阻止能)を考慮して、イオンのエネルギー分析から求められる。
 
 散乱イオンの解析ではMeVイオン利用が典型的であり、後方(典型的には160度)で粒子のエネルギー分析を行う(RBS)。この時散乱エネルギーの大小で元素の識別を行うので、多元素同時分析になる。また、内殻励起後の脱励起過程により放出される特性X線の解析では、XMAの場合と異なりバックグランドの低い極微量の不純物分析が可能になる(PIXE)。この場合、X線を検出するので直接には深さの情報を含まない。そこで、目的物質の断面を微少プローブのビームで走査するなどの方法で目的元素の深さ分布を求める。
 
 核反応生成物の解析では、共鳴的に起こる反応を利用して、水素、炭素などの軽元素を検出するために用いる(NRA)。しかし軽元素を多元素同時に検出するためには、入射重イオンにより反跳した軽元素粒子のエネルギー分析を行い、それぞれの元素の深さ分布を求める(ERDA)。固体との相互作用が大きいイオンも、結晶性物質中では軸対称なポテンシャルの周囲にまとわりついて結晶深く透過する異常透過現象が起こる(イオンの異常透過現象:チャネリング)。この現象は、表面近傍の原子配列の乱れや異種元素の結晶格子置換率の評価に有用であり、上述の分析素過程と組み合わせた解析を行う。表4は、粒子を利用した解析法の特徴と応用分野の概略を示す。

表4 粒子による解析法の特徴とその適用
解析法の名称 基本的相互作用 解析対象項目 特徴/適用例
ラザフォード後方散乱法
(RBS)
衝突径数の小さいクーロン散乱 原子量で識別する元素分析
結晶性物質中の格子欠陥
軽元素媒質中の多元素同時・深さ分析
チャネリング利用による格子置換率評価
粒子誘起X線放出法
(PIXE)
内殻励起により特性X線を誘起 原子番号で識別した元素分析 制動輻射による雑音の少ない、高感度分析
環境材料、生物試料中の微量重元素の分析
核反応解析法
(NRA)
共鳴核反応ないしは粒子放出型核反応 同位体を識別した解析
軽元素の深さ分析(高精度)
核融合炉のプラズマ収支の評価
核燃料などの水環境との反応評価
弾性反跳粒子検出法
(ERDA)
重粒子入射による弾性的な反跳粒子放出 同位体を識別した解析
軽元素の深さ分析(同時分析)
上記と同様

 
6、γ線を利用した解析法の特徴と応用分野
 ここでは、不安定原子核を用いた核物性的方法による解析例に言及する。まず、原子核の脱励起過程で生成されるγ線のうち幾つかの原子核からのものは無反跳的に放出され、極端にエネルギー精度の良い光源となる。この原子核の受ける磁気的、電気的影響を調べて、同種の原子核からなる異なる化合物・合金などの、磁気的性質、化学結合効果及び格子欠陥の存在状態などの解析を行う(メスバウア無反跳γ線分光)。
 
 これらγ線のうちX線に近いものは、X線回折とメスバウア分光を組合わせた新しい解析法として、SRの実現により有効な手段となりつつある。また固体中に置かれた不安定原子核が脱励起する時に受ける磁場或いは電場勾配の影響によるγ線放出の角度相関の変化(γ線摂動核角度相関測定)からは、内部磁場強度や格子欠陥の存在による電子分布の対称性の変化などを求める。
 

キーワード:
分類コード:040598

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