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作成: 1999/01/05 川面 澄

データ番号   :049003
イオン、電子、光子を利用する薄膜・表面の分析技術
目的      :元素分析(中分類)を解説

概要      :
 放射線を利用して、薄膜や固体材料表面の構造・物性解析と元素・組成分析を行う方法について述べる。この方法では、分析対象である試料にイオン、電子、光子(X線やレーザー等の電磁波)を照射し、試料から放出されるイオン、電子、光子を検出して、分析を行う。
 1.イオンをプローブとする分析技術
 2.電子をプローブとする分析技術
 3.光子をプローブとする分析技術

詳細説明    :
 イオン・電子・光子をプローブとする表面・薄膜などの元素・組成分析技術の名称およびその原理について解説する。図1にイオン・電子・光子(電磁波)をプローブとして薄膜や固体表面に照射したときの、試料原子との相互作用とその結果発生する信号(イオン、電子、光子)を示す。
 このような最近の薄膜・表面の分析技術の発展は、エレクトロニクス技術、超高真空技術、イオン・電子・光子分光技術の目覚しい発展に負うところが大きい。


図1 分析技術におけるプローブと信号(参考資料1より引用)

1.イオンをプローブとする分析技術
 イオンビームを薄膜・固体表面に入射させると、固体内原子と相互作用してイオンの散乱や粒子(固体構成原子、核反応生成粒子)、電子および光子の放出をもたらす。これらのイオン、電子、光子のエネルギーや角度分布を検出することにより、元素の識別、同位体の識別、格子欠陥の識別、表面構造の識別などが可能になる。同時にこれらの存在する深さ方向の分布も決定できる。
 具体的には、ラザフォード後方散乱法、弾性反跳粒子検出法、粒子線励起X線法、核反応解析法、二次イオン質量分析法、二次中性粒子質量分析法、イオン弾性散乱法(低速イオン散乱法)、中エネルギーイオン散乱法などである。
 
2.電子をプローブとする分析技術
 電子線を薄膜・固体表面に入射させるときに、その表面あるいは直下での、電子と原子の相互作用を利用する分析法である。得られる情報としては、形状の識別、元素組成の識別、結晶構造や結晶方位の識別、さらに化学結合状態の識別などである。
 具体的な方法としては、低速電子線回折法、高速反射電子線回折法、電子顕微鏡、走査型電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、オージェ電子分光法、EPMA法などである。
 
3.光子をプローブとする分析技術
 光電子分光、EXAFS、XRD、ESR、NMR、IR、ラマン分光、可視紫外分光、真空紫外分光、X線分光などがある。ここではX線をプローブとする分析技術を考える。X線はエネルギーの高い電磁波であり、あらゆる物質に対して透過力が高く、物質の分析には広く利用されている。
 X線を物質に照射して、物質の情報を得る方法としては、蛍光X線分析法、X線吸収法、EXAFS法、XANES法、光電子分光法、X線回折法などが良く知られている。表面を分析するために少し工夫された方法もある。例えば、全反射蛍光X線分析法、表面EXAFS法、全反射XANES法、表面XANES法、表面X線回折法である。
 表1に、イオン・電子・光子をプローブとして薄膜・固体表面などを分析する技術の代表的な方法の名称およびその原理や得られる情報などをまとめた。

表1 イオン・電子・電磁波をプローブとした分析技術(参考資料1より引用)
プローブ 分析名 相互作用・原理 信号 得られる情報・例(分解能など) 破壊・非破壊 用意すべきサンプル・その留意事項
イオン EBS Rutherford Back-scattering Spectrometry ラザフォード散乱 後方散乱イオン 元素の深さ方向分布及び組成比薄膜の密度または膜厚、結晶性評価
半定量(標準試料があることが望ましい)深さ方向分解能〜10nm、分析領域〜1nmφ
重元素ほど感度が高い(一般的には数百ppm)
非破壊(破壊) 数nm口以上
非破壊といっても照射によるダメージを受ける。特に結晶性評価をする場合は照射量の限度を把握する必要がある。
ERDA Elastic Recol Detection Analysis 弾性反跳 反跳粒子 反跳粒子の深さ方向分布及び組成比
特にHの分布が可能 深さ方向分解能(〜50〜100nm)
分析領域〜1nmφ
非破壊(破壊) サンプル形状、留意事項はRBSと同じ
PIXE Particle Induced X-ray Emission 内殻電離 特性X線 元素分析(ppmオーダー)不純物原子の格子間位置の決定 非破壊(破壊) サンプル形状、留意事項はRBSと同じ
EPMAよりバックグランドが低い。
大気中での測定も可能。
NRA Nuclear Reaction Analysis 核反応 α,β,γ線、中性子、三重水素 元素の深さ方向分布及び組成比〜1010 atoms/cm3 程度の高感度分析ができる元素もある。深さ方向分解能〜10nm、分析領域〜1nmφ 非破壊(破壊) 数nm口以上
核反応により放射化される元素のみ検出できる
放射性元素の取扱に注意が必要
SIMS Secondary Ion Mass Spectrometry イオンスパッタリング スパッタリングイオン 微量(ppm〜ppb)不純物の深さ方向分布
全元素(含同位体)の分析ができる
定量分析可能(標準試料が必要)面分解能(≧1μm程度)
深さ方向分解能(数nm程度)
破壊 20mm口以下(3mm口以上)厚み3mm以下
脱ガスが少ないこと
通常絶縁物では帯電を避けるために電子銃を用いたり金属をコーティングする必要あり
ISS  Ion Scattering Spectroscopy イオン弾性散乱 後方散乱イオン 最表面層近傍の表面組成・構造(表面緩和、再配列、吸着、欠陥)に関する情報 破壊 20mm口以下(3mm口以上)厚み3mm以下
脱ガスが少ないこと
局所分析:〜100μm程度
絶縁物は電子線照射必要
CAICISS(同軸型直衝突イオン散乱分光)は表面の元素分析、定量的構造解析が可能
MEIS MEdium Energy Ion Scattering Spectroscopy イオン弾性散乱 後方散乱イオン 最表面層近傍の表面組成・構造(表面緩和、再配列、吸着、欠陥)に関する情報ISSより定量性に優れる
深さ方向分解能(0.4nm程度が得られる場合もある)
破壊 ISSと同じ
SNMS Sputtered Neutral Mass Spectrometry イオンスパッタリング及び中性粒子のポストイオン化 スパッタリングイオン 微量(ppm〜ppb)不純物の深さ方向分布
全元素(含同位体)の分析ができる
SIMSより定量精度が良い 面分解能(≧数μm程度) 深さ方向分解能(数nm程度)
破壊 SIMSと同じ
ポストイオン化の方法には、レーザ、電子衝撃プラズマを用いる方法などがある
電子 AES Auger Electron Spectroscopy オージェ効果 電子 定性(%オーダー以上)深さ方向元素分布
面分解能(≧1μm程度)
半定量(標準試料があることが望ましい)
深さ方向分解能(数nm程度)
非破壊
破壊(イオンスパッタ併用時)
脱ガスが少ないこと
20mm口以下厚み5mm以下
分析領域1μm以上
分析箇所が特定できること
H,Heは分析不可
LEED Low Energy Electron Diffraction 電子回析(動力学的回析理論) 電子 結晶表面の構造
例:洗浄な結晶表面の構造
表面再構造、表面欠陥、ガスの吸着構造、超薄膜のエピタキシャル成長
非破壊 超高真空中で洗浄な結晶表面を準備する必要あり
構造解析には計算機シュミレーションが必要となる
AES測定を同時に行うことができる
RHEED Reflection High Energy Electron Diffraction 電子回析 電子 表面構造
同上
非破壊 超高真空中で洗浄な結晶表面を準備する必要あり
構造解析には計算機シュミレーションが必要となる
AES測定を同時に行うことができる
SEM Scanning Electron Microscope 二次電子(反射電子) 電子(反射電子)
(二次電子)
表面形態(最高分解能0.7nm)
組成情報(反射電子像によるコントラスト)
非破壊 破壊 3×5×3mm程度
通常絶縁体では帯電を避けるために金属をコーティングする必要あり
TEM Transmission Electron Microscope 透過電子の回析 電子(透過電子) nmオーダーの組成、構造に関する情報
例:転位、積層欠陥、析出物、grain、磁区観察、デバイス構造、その他
破壊 数十〜100nm以下の厚さまで観察したい領域を薄くする必要あり
組成の情報はEPMAやEELS装置を付加することにより測定可能となる
EELS Electron Energy Loss Spectroscopy エネルギー損失 電子 元素の定性、定量
例:表面プラズモン、表面エキシトン、電子の表面状態
非破壊  
EPMA Electron Probe Micro Analysis 内殻電子の励起→緩和過程での特性X線の発生 特性X線 元素の定性、定量分布(ビーム径10nm〜500μmφ程度) 非破壊 入射電子の試料中での広がりの効果がある。
(発生領域は、加速電圧、試料の平均原子番号により異なる)
5×5×1mm程度
通常SEM機能を兼ね備えている
定量にはZAF補正または標準試料を用いる。
電磁波(X線、光、マイク、口波など) XPS X-ray Photo-electron Spectroscopy 光電効果 光電子(オージェ電子) 定性(%オーダー以上)深さ方向元素分布
半定量
元素の結合エネルギー(化学状態)
非破壊
破壊(イオンスパッタ併用時)
20mm口以下厚み5mm以下
脱ガスが少ないこと
分析領域1mmφ以上が望ましい
パウダーの場合スパチュラ1/2以上
EXAFS Extended X-ray Absorption Fine Structure 光電子の干渉効果 透過X線 特定元素周辺の原子の動径分布
情報深さ:〜数μm
分析領域:〜mmφ
非破壊 数mm口以上、厚さを数μm程度にする必要あり
Tiより軽元素は困難
特質の形態(結晶 非晶質 液体)によらず分析可能
XD  X-ray Diffraction 回析 X線 結晶同定、格子定数、応力測定、結晶粒の大きさ、不完全さ、結晶度、結晶配向特性 、導体試料中の欠陥、歪 非破壊 膜の厚さが非常に薄い試料、結晶性の悪い試料
薄膜と基基板の回析が重なる試料は解析が難しい
Raman分光 Raman Scattering Spectroscopy ラマン効果 散乱光 物質中の分子の結合状態 能力評価
局所分析:(≧1μm程度)
非破壊 局所分析時には入射レーザ光によるダメージに注意が必要
ESR Electron Spin Resonance 電子スピン共鳴 マイクロ波 物質中の不対電子数・状態・構造・欠陥 非破壊  
NMR Nuclear Magnetic Resonance 核磁気共鳴(ゼーマン効果) 電磁波 分子の化学構造、立体構造、緩和時間、不対ボンドの検出 非破壊 液体、固体:数10mg(最少10mg程度)
核ピンを有する元素
IR Infrared Spectroscopy 赤外線共鳴吸収 透過赤外線 官能基の情報、化合物の定性 非破壊 液体、固体、気体:数10mg(最少10mg程度)
面積:〜5μm2
試料の厚さ:〜10μm〜0.5(透過法
-5μm〜3mm(反射法)


参考資料1 Reference 1:
イオン工学技術の基礎と応用
平尾孝、新田恒治、三小田真彬、早川茂
松下電器産業、イオン工学センター
工業調査会、東京(1992)

参考資料2 Reference 2:
固体の表面を測る
二瓶好正編
東京大学生産技術研究所
学会出版センター、東京(1997)

キーワード:
分類コード:040498

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