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作成: 2007/11/14 大島 真澄

データ番号   :040338
エネルギー可変ガンマ線の発生と利用
目的      :構造物中空孔の3次元非破壊観測、放射線治療
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :高調波利用可能な可視レーザーと電子加速器(0.2-30 GeV, < 0.2 A)
フルエンス(率):準単色化されたガンマ線ビーム強度 107photons/sec
利用施設名   :スペイン・バレンシア大学、ロシア・ノボシビリスク研究所、高輝度光科学研究センターSPring8施設、産業技術総合研究所の蓄積リング施設
照射条件    :空気中
応用分野    :医科学、材料科学、原子核・素粒子物理学、核工学

概要      :
 高エネルギー電子ビームとレーザー光子との逆コンプトン散乱過程を利用すれば、準単色の偏極性の高いガンマ線の発生が可能になる。このガンマ線は、レーザー光波長や電子のエネルギーを調整することにより、keVからGeVまでの広い領域でエネルギーが可変で、指向性も高いため、核工学のみならず医科学及び材料科学など、学際分野への応用の可能性が広がりつつある。

詳細説明    :
 エネルギー可変なガンマ線の利用は、原子核物理の研究のみならず、核工学分野での放射性長寿命核種の核変換技術の開発や、医科学分野での生体物質の内部構造の観察など、指向性の高い、エネルギー可変なガンマ線の利用は期待が高まりつつある。
 従来のガンマ線の利用は、加速された電子線が物質に入射する際に発生する制動放射を利用するのが一般的であった(原論文1、2)。この方法では、最大エネルギーを調整できるのみで、単色性、指向性などのビーム性の点で、最近の諸科学からの要請に答えるには不十分であった。しかしながら、近年レーザー逆コンプトン散乱過程を利用した準単色かつ、高指向性のガンマ線源が利用できるようになってきた。本稿では急速に利用が進みつつあるこの線源とその応用例について紹介する。
 1963年Milburn(原論文3)とF.R. Arutyunian and V.A. Tumanian(原論文4)は初めて、レーザー光が高エネルギー電子に対してコンプトン散乱するとガンマ線ビームが生成される原理を提案した。1964年には、実験的に逆コンプトン散乱ガンマ線の発生が試みられた(原論文5)。その後この手法を利用する装置の開発が急速に進んだ結果、今日ではいくつかの施設が稼働している。これらは市販のレーザーと電子蓄積リングを組み合わせ、数MeV〜1800MeVの準単色、高偏極ビームを発生させることができる。
 以下にこの手法の原理と特徴を紹介する(原論文8)。光子と電子の相互作用としてコンプトン散乱がある。図1(原論文6)に示すように、加速器からの高エネルギー電子ビーム(e)に光子ビーム(L)を正面衝突させると、通常のコンプトン散乱がローレンス変換によって光子は電子ビームで規定される狭い角度範囲に逆方向に散乱される。このため指向性のビーム状のエネルギー(Eγ)のガンマ線を発生させることが出来る。


図1  Schematics of the laser-induced Compton backscattered photons generation(参考資料2より引用)


 散乱される光子のエネルギーは電子ビーム軸方向で最大になる。波長の異なる光源として、Nd:YLF(イットリウム・フッ化リチウム)レーザーの二種類の高調波をパラメータにして、入射電子線のエネルギーを変化させた時に得られる逆コンプトン散乱ガンマ線の最大エネルギーの実測値は計算結果と良く対応する(原論文8)。つまり、レーザー逆コンプトン散乱ガンマ線の最大エネルギーは、電子エネルギーのほぼ2乗に比例して増加し、広い範囲にわたり連続的にエネルギーを変化させることが出来る。
 市販のレーザーと、10MeVから10GeV領域の電子蓄積リングを組合わせると、出力ガンマ線エネルギーとして、物質・材料科学の研究に有用なX線領域から、原子核・素粒子物理学の研究に適した数GeV領域まで広いエネルギー領域をカバーしていることがわかる。
 ガンマ線エネルギーを調整するためには主に、入射レーザーの波長を変える方法と、電子線エネルギーを変える方法がある。前者は第2次,第4次高調波を利用するなどエネルギーを大きく調整するのに有効であり、一方、後者はエネルギーの微調整に使われることが多い。勿論いずれの場合も2つのビームの軸合わせが必要になる。
 散乱ガンマ線の特性として、高エネルギーの電子線を用いると指向性が高くなるものの、散乱角に対してエネルギー分布を持つ。電子エネルギーが1GeVより小さい場合には、散乱角をコリメータを入れて散乱角を絞ることで、単色性の高いガンマ線ビームを取り出すことが出来る。図2(原論文6)に産総研TERASにおいて得られた典型的なレーザー逆コンプトン散乱ガンマ線のエネルギースペクトルを示す。561MeVの電子ビームを用い、散乱角0.05mradのコリメータを使用した場合、ガンマ線エネルギーの半値幅2.8%が得られることが確認された。電子ビームエネルギーが1GeVを超える場合に数%以下のエネルギー分解能のもとで、原子核励起実験などの現象選択型の測定を行う場合には、特定角度内に散乱する電子を検出して、それと同期したガンマ線エネルギーを選択するTagging法を用いるのが有効である。


図2  Energy spectrum of the laser-induced Compton backscattered photons measured by a large Ge detector with an anti Compton shield.(参考資料2より引用)


 レーザー逆コンプトン散乱ガンマ線のもう一つの特徴としては、高偏極性が挙げられる。コンプトン最前方散乱過程の場合には散乱光子は入射レーザー光の偏光特性がほぼ完全に保存されるため、偏光特性に優れたレーザーを入射光として用いることで、偏極率が100%に近いガンマ線ビームを生成できる。
 上記のように、レーザー逆コンプトン散乱を利用したガンマ線ビームは、高エネルギー領域までエネルギー可変で、高指向性かつ低バックグラウンド、高偏極性をも実現した新しいツールであり、現在主に原子核・素粒子物理研究など基礎科学分野での利用が行われているが、その応用として、長寿命放射性同位元素の核変換による短寿命化処理の可能性が指摘されている(原論文7)。また、指向性が高くかつエネルギー可変なガンマ線源としての特徴を生かして、高密度構造物内部の3次元非破壊観測(原論文8)や癌の放射線治療(原論文9)などへの応用が期待されている。

コメント    :
 ここで述べた、エネルギー可変で高品質なフォトンビームの生成に必要なシステムは、放射光施設などと比べて小型化が可能であり、多目的ではないけれども、目的に特化した形で、その存在意義を主張できよう。高品位の電子ビームを発生可能な線形加速器を利用する自由電子レーザー(FEL)を用いた大強度化とX線領域への拡張が計画されている。

原論文1 Data source 1:
First results of the tunable monochromatic gamma-ray source at the Ghent 15 MeV linac
M. Bertschy, M .Grittin, J. Jolie, N. Warr, and W. Mondelaers
Unversity of Fribourg
Nucl. Instrum. Meth. in Phys. Res. B99 (1995) 286.

原論文2 Data source 2:
Real photon scattering up to 10 MeV: the improved facility at the Darmstadt electron accelerator S-DALINAC
P. Mohr, J. Enders, T. Hartmann, H. Kaiser, D. Schiesser, S. Schmitt, S. Volz, F. Wissel, and A. Zilges
Technische Universtaet Darmstadt
Nucl. Instrum. Meth. in Phys. Res. A423 (1999) 480.

原論文3 Data source 3:
Electron scattering by an intense polarized photon field
R.H. Milburn
Tufts University
Phys. Rev. Lett. 10 (1963) 75.

原論文4 Data source 4:
The Compton effect on relativistic electrons and the possibility of obtaining high energy beams
F.R. Arutyunian and V.A. Tumanian
Physical Institute of the State Committee of the Council of Ministers of the USSR for the Use of Atomic Energy
Phys. Lett. 4 (1963) 176.

原論文5 Data source 5:
Compton effect on moving electrons
O.F. Kurikov, Y.Y. Telnov, E.I. Filippov, and M.N. Yakimenko
Moscow University
Phys. Lett. 13 (1964) 344.

原論文6 Data source 6:
高エネルギー偏極γ線の高度利用に関する研究
大垣英明、豊川弘之、山崎鉄也、野口勉、杉山卓、三角智久、大平俊行、鈴木良一、清紀弘、山田家和勝、千脇光圀
電子技術総合研究所
電子技術総合研究所彙報 第63巻第11号73頁

原論文7 Data source 7:
レーザーコンプトン散乱γ線ビームによるヨウ素核変換 −原子炉廃棄物処分への新方式−
今崎一夫
(財)レーザー技術総合研究所
(財)レーザー技術総合研究所ニュース No.233号(2007).

原論文8 Data source 8:
Application to high-energy photon beam to industrial imaging based on positron annihilation
H. Toyokawa, T. Hirade, R. Kuroda, R. Suzuki, and T. Ohdaira
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology
Proceedings of Eighth International Topical Meeting on Nuclear Applications and Utilization of Accelerators (AccApp'07), Idaho, Jul 29-Aug.2, 2007

原論文9 Data source 9:
Radiation therapy potential of intense backscattered Compton photon beams
K.J. Weeks
Duke University
Nucl. Instrum. Meth. in Phys. Res. A393 (1997) 544.

参考資料1 Reference 1:
Review of Compton scattering projects
A. D'Angelo
INFN
Proceedings of EPAC-98

キーワード:逆コンプトン散乱、レーザー、電子蓄積リング、ガンマ線ビーム、高指向性、準単色性、エネルギー可変、偏光
inverse compton scattering, laser, electron storage ring, gamma-ray beam, low divergence, high energy resolution, tunable energy, polarization
分類コード:040104, 040105, 040204

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