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作成: 2007/09/26 松本 吉弘

データ番号   :040337
コヒーレントなX線を使ったナノ構造解析:X線回折顕微法
目的      :周期性を持たない極微小物質の2−3次元顕微観察によるナノ科学一般への適用
放射線の種別  :エックス線(入射、検出)
放射線源    :SPring-8: 電子加速器(8GeV)、 発生X線の波長:〜0.1 nm
フルエンス(率):ピーク輝度:1020-1034photons/s/mrad-2/mm-2/0.1% bandwidth
パルス幅:〜100 fs
利用施設名   :SPring-8(日本)、ESRF(欧州)、DESY(ドイツ)、APS(アメリカ)など
照射条件    :超高真空中
応用分野    :材料物性学、原子分子物理学、ナノテクノロジー、ライフサイエンス

概要      :
 X線自由電子レーザーに代表されるコヒーレントなX線を入射光とし、オーバーサンプリング法などの位相回復アルゴリズムを組み合わせることで、新たな構造解析手法を実現しようとする試みが世界的に活発化している。この手法が確立されれば、従来のX線源では不可能であった極微小量の非晶質な物質や単粒子・単分子レベルでの2次元、3次元の構造解析が可能になる。
例えば、1)媒質内部のナノ構造パターンの透過顕微観察、2)シリカゲルの多孔質空間構造の顕微観察、及び、3)指標蛋白質で標識された大腸菌の内部構造の顕微観察などに適用される。

詳細説明    :
 1895年にドイツ連邦共和国の物理学者W. C. RoentgenによってX線が発見されて以来、X線を用いた構造・状態解析は様々な分野で欠くことの出来ない手法となっている。現在我々が利用できるX線の多くは、発生原理や波長領域に違いはあるけれども、空間的および時間的に相関の無いインコヒーレントな光である。しかし近年、20世紀を代表する光技術とも言うべき「レーザー技術」と「X線技術」を組み合わせ、コヒーレントなX線を生み出そうとする試みが世界的に活発化している。このコヒーレントX線はシンクロトロン放射光を光源とする自然放射自己増幅(Self Amplified Spontaneous Emission, SASE)を基礎とし、X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)と呼ばれる。XFELは大強度かつコヒーレントな短パルスX線であり、その特徴を生かしたユニークな構造・状態解析手法が実現するものと期待されている。
 この手法は、光源の特性として優れたコヒーレントなX線を利用することにより、標準的なX線結晶構造解析法を、結晶以外の物質系にも適用可能なように拡張したものと言える。光学系を用いたイメージング法とは異なり、X線回折顕微法では、X線回折強度から試料の実像(電子密度の分布)を再生する。この過程では、X線回折で得られた、逆空間での電子密度分布のフーリエ変換データを、実空間でのデータへと逆フーリエ変換する必要がある。逆フーリエ変換に必要な係数(結晶構造因子)はX線回折強度から見積もることができるが、同時に位相に関する情報は全て失われてしまう、“位相問題”が生じる。そのためX線回折による構造決定は、周期構造を持つ「結晶」や結晶の集合体とみなせる「粉末」を中心に行われてきた。ところが周期構造を持たない非結晶性の試料であっても、コヒーレントなX線を入射させて散乱強度、散乱ベクトルを細かく変えて測定し、オーバーサンプリング法と呼ばれる反復法を用いて位相情報を回復することで構造決定が可能になる。
 また、XEFLのコヒーレンス性を生かしたX線ホログラフィーも有効になると考えられる。コヒーレント光をビームスプリッターなどで2つに分割し、一つの光は試料に照射し、もう一方は参照波とする。試料により散乱された物体波と参照波を重ねることで位相情報も含んだホログラムを記録するのがホログラフィーの簡単な原理である。実験例として円偏光X線を使ったホログラフィーにより、50周期のCo(0.4nm)/Pt(0.7nm)の2層膜の磁気ドメイン構造を観察した結果を図1、図2に示す。右偏光X線により記録されたホログラム(図1)をフーリエ変換したものが図2(a)である。中心の白い円は試料波および参照波の自己相関によるものである。残りの2つが試料−参照波の相関図である。さらにコントラスト比を向上させるために右偏光と左偏光X線による相関図の差をとった結果が図2(b)である。この相関図が観測された磁気ドメイン構造に対応する。定量的に比較するため走査型透過X線マイクロスコピー(STXM)測定から得られた磁気ドメイン像と、ホログラフィーの1次元コントラストを比較した結果が、図2(b)の下図になる。図から判断されるように、両者はほぼ一致している。XFEL技術の進展と共に空間分解能が桁違いに良くなった場合、このホログラフィーによる測定は強力な手法になると推測される。


図1 Hologram recorded with X-rays (right circular polarization) at a wavelength of 1.59nm. The maximum in-plane momentum transfer in the measurement is ±0.13nm-1, shown up ±0.06nm-1 in the image. Intensity is represented on a logarithmic grey scale, with black denoting the minimum intensity of 103 and white denoting the maximum intensity of 105. Black and white appear saturated in the picture only, the dynamic range of the holograms is 107.(原論文4より引用)



図2 Images retried from the hologram. a) Two-dimensional fast Fourier transformation of the hologram in Fig.3. b) Zoomed-in image, obtained by subtracting the Fourier transformations of opposite-helicity holograms. Below are shown scan lies through the holographic image (red) and the STXM image (blue).(原論文4より引用)



コメント    :
 X線回折顕微法なる呼称に関しては、前世紀後半では、高品位単結晶中の転位線をレンズ系を用いずにイメージングする技術、つまり「X-ray Diffraction Topography」の意味で使われた。しかし、放射光などのコヒーレントなX線源が実用になるに従い、「X-ray Diffraction Microscopy」として、極微小で、非結晶性物質の構造解析も可能になりつつある。
 本稿ではXFELのコヒーレンス性に焦点を当て、発展が予想される独自の構造解析手法を紹介した。現時点ではXFELのエネルギー領域は軟X線領域が主であるが、硬X線領域のXFEL発振が実現されれば当該技術は飛躍的に進歩するものと期待される。その際、従来のX線源とは比較にならないほどの大強度であるため、特に生体分子等を扱う場合には、試料の損傷を抑制するための考慮が必要になろう。

原論文1 Data source 1:
Potential Applications of X-ray Free Electron Laser
Makoto SAKATA
Nagoya University
J. Vac. Soc. Jpn. 11 (2006) 683-688.

原論文2 Data source 2:
High Resolution 3D X-Ray Diffraction Microscopy
Jianwei Miao*, Tetsuya Ishikawa, Bart Johnson Erik H. Anderson, Barry Lai and Keith O. Hodgson
Stanford Linear Accelerator Center, Stanford University, USA
Phys. Rev. Lett. 89 (2002) 088303.

原論文3 Data source 3:
Lensless imaging of magnetic nanostructures by X-ray spectro-holography
S. Eisebitt*, J. Luning, W. F. Schlotter, M. Lorgen, O. Hellwing, W. Eberhardt and J. Sthor
BESSY mbH, Germany
Nature 432 (2004)885-888.

参考資料1 Reference 1:
Free-electron Lasers: Status and Applications
Patrick G. O'Shea* and Henry P. Frend
University of Maryland, USA
Science 292 (2001) 1853-1858.

参考資料2 Reference 2:
ERL光源のコヒーレンス特性を利用した研究の展望
平野馨一、河田洋
KEK-PF
http://pfwww.kek.jp/pf-sympo/20/hirano.pdf

参考資料3 Reference 3:
The European X-Ray Laser Project
http://www.xfel.net/en/index.html

キーワード:コヒーレントX線、シンクロトロン放射光、X線自由電子レーザー、ナノ構造解析、非結晶物質、X線回折、ホログラフィー、オーバーサンプリング法
Coherent X-ray, Synchrotron radiation, X-ray free electron laser, Nano-structure-analysis, Noncrystalline matter, X-ray diffraction, holography, oversampling,
分類コード:040105, 040401, 040503

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