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作成: 2007/11/14 佐藤 裕一

データ番号   :040334
放射線治療における3次元線量分布測定用ゲル線量計
目的      :放射線治療等における3次元線量分布の測定
放射線の種別  :エックス線、ベータ線、ガンマ線、電子
放射線源    :医療用直線加速器、60Co線源、90Sr/90Y線源
線量(率)   :(0) -40Gy
応用分野    :放射線治療における計画及び精度保証、内部被ばく診断、放射線防護レベルの線量測定

概要      :
ゲル線量計は、相対的な吸収線量分布を真に3次元で計測することのできる線量計であり、また、同時に、生体組織等価に近い物質でその線量計は構成されていることから放射線治療計画に必要となるファントムとしても用いることができる。このため、ファントムそのものが線量計になるという、これまでにない線量計である。このゲル線量計(ゲルファントム)は、放射線治療時に行われる放射線照射精度管理(品質保証:QA)の一環として用いられつつある。


詳細説明    :
 ガンマナイフによる定位放射線治療や強度変調放射線治療(IMRT)等では、標的病巣には効果のある線量を、そして、周囲の正常組織に対しては、放射線障害を起こさない線量を照射することが求められているため、放射線照射精度管理の一環として、吸収線量の3次元分布を把握できるゲル線量計(ゲルファントム)の研究開発が、海外では盛んに行なわれている。このような3次元の吸収線量分布を測定することができるゲル線量計は、その母体となる部分が水分を多く含むゼラチンやアガロース等のゲルで構成されており、放射線のエネルギー吸収による線量計内の化学反応過程の相違から、フリッケゲルタイプとポリマーゲルタイプ(以下便宜的にそれぞれフリッケゲル線量計、ポリマーゲル線量計と呼ぶ)に大別される(原論文1)。
 
 1. フリッケゲル線量計
 フリッケゲル線量計は、ポリマーを主成分とし、添加物として硫酸第1鉄(Fricke)を含んでいる。放射線のエネルギーはまず水に吸収され、水の放射線分解によるラジカル生成物(e-aq、OHラジカル、水素原子)と分子生成物(H2O2)により、ゲル内の鉄イオンがFe2+からFe3+に変化し、その変化量が吸収線量に比例して増大することを利用したものである。Fe3+ の化学収率G(Fe3+)値は、フリッケ線量計(参考資料2)の場合、60Co照射で、15.6イオン/100eVとされているが、フリッケゲル線量計では、ゲル内での放射線化学反応過程により、そのG(Fe3+)値は99とかなり高い値が得られているものも存在するなど、組成を変えてG(Fe3+)値を上げる工夫がなされている。フリッケゲル線量計の最大の難点は、放射線照射後の時間経過に伴い、ゲル内のFe3+が拡散することで、線量分布特性の記録が経時変化してしまうことである。これに対し、Fe3+の量を分光光度計で測定する目的で添加されたXylenol Orange(キレート剤)により、付随的にそのFe3+の拡散が抑えられることがわかっている(原論文2)。
 
 2. ポリマーゲル線量計
ポリマーゲル線量計は、端的に言えば、上記のフリッケゲル線量計の添加物であるFe2+に替えてモノマー(acrylamide)をゲル内に分散させたものである。放射線照射によりポリマーやモノマー内にラジカルが生成してそれらが橋かけ(架橋)反応を起こして高分子化し、その程度が吸収線量に比例することを利用したものである。市販品として、知られているMGS Research社(参考資料1)のBANG-3と呼ばれるゲル線量計は、水、N,N’-methylen-bisacrylamide (bis)、methacrylic acid、ゼラチンからなっている。初期のポリマーゲル線量計には、OHラジカルによるモノマーの高分子化過程において、空気中の酸素がその高分子化を阻害する、あるいは、残存モノマーが毒性を持っている等の難点があった。そこで、MAGIC(Methacrylic and Ascorbic acid in Gelatin Initiated by Copper)と呼ばれるゲル線量計内の化学組成は、ゼラチン、Methacrylic acid, ascorbic acid, Cu(II)SO4 等で、酸素による高分子化の阻害は起こらないように工夫されている(原論文1、原論文3)。この他にも、MAGAS(Methacrylic Acid, Gelatin gel with AScorbic acid), MAGAT(Methacrylic Acid, Gelatin and Tetrakis (Hydroxymethyl) Phosphonium Chloride)等、酸素のスカベンジャーとしてアスコルビン酸、フリーラジカルのスカベンジャーとしてハイドロキノン等が加えられたゲル線量計が開発されてきた。これらの呼び名は、おおよそ、ゲル内化学物質の組成の頭文字を組み合わせたものである。
 
 3次元の吸収線量分布を定量化するための“読取り装置”としては、ゲル線量計内での放射線とその構成物質との相互作用による変化の特性に応じて、様々な装置(MRI、NMR relaxometry、NMR spectroscopy、Optical absorption CT、Optical scattering CT、Raman spectroscopy、Ultrasound imaging、UV spectrophotometry、X-ray CT)が用いられてきた(原論文4)。その中でも、最も代表的な計測装置は、MRI(核磁気共鳴画像法)装置と光学CT(光によるコンピュータ断層撮影)装置である。


図1  Presentations of gel irradiations and 3D dose distributions(原論文5より引用)

 一例として、VIPAR(N-Vinyl Pyrolidone ARgon gel)と呼ばれるポリマーゲル線量計(バイアルに充填)を実際にガンマナイフ装置により8mm径のガンマ線を集束させて照射した時に得られた3次元吸収線量の分布の写真を図1の左側に示す(原論文5)。また、右側の図は、照射したVIPARをMRIを用いて測定したときの各標的に対して50%等線量になるような線量分布を表している。図1の結果は、放射線治療計画装置(TPS)で計画した照射標的中心位置と良い一致を示している(例えば、A1の位置;TPSによるx-軸の値103.3に対して、VIPARによる値 104.00±0.02)。


図2  PABIG and VIPAR gel calibration curves(原論文5より引用)

 図1で用いられたVIPARとの比較に用いられたPABIG(polyethylene glycol diacrylate, N,N-methylenebisacrylamide, gelatin)の結果とともに、VIPARに対する線量のキャリブレーションカーブを図2に示すが、いずれもおおよそ40Gyまで直線性を示している(原論文5)。ゲル線量計を生体組織等価なファントムとして製作するには、そのゲル線量計について、実効原子番号、電子密度等、また放射線化学的な特性を十分に把握しておく必要がある。

表1 Electron density and effective atomic number for various materials.(原論文6より引用)

Material ρ(kgm-3) ρe(×1029em-3) ρc/ρ(×1026ekg-1) Zeff (ρe/ρ)watermaterial

MAGAS 1038±9 3.4477 3.3215 7.30 0.993
MAGIC 1037±5 3.4468 3.3237 7.30 0.994
MAGAT 1032±1 3.4166 3.3107 7.32 0.990
Water 1000 3.3428 3.3428 7.42 1.000
Muscle 1040 3.4450 3.3125 7.46 0.991
Fat 916 3.0590 3.3395 6.33 0.999

 MAGAS、MAGIC、MAGATと呼ばれるゲル線量計と水や生体組織(筋肉、脂肪)について、密度、電子密度、両者の比、実効原子番号及び水の質量電子密度に対する各物質の質量電子密度の比を表1に示す。(原論文6)これから、MAGAS、MAGIC、MAGATの各ポリマーゲルの単位質量(Kg)あたりの電子数(ρe/ρ)は、いずれも、水の単位質量(Kg)あたりの電子数(ρe/ρ)よりも、低いことがわかる。また、ゲルの放射線化学的な特性に関わる質量減弱係数(μ/ρ)watergel、質量エネルギー吸収係数(μen/ρ)watergel、質量衝突阻止能(Scol/ρ)watergel、質量放射阻止能(Srad/ρ)watergel、質量散乱能(T/ρ)watergelが調べられた。


図3 Mass energy absorption coefficient photon interaction ratio (μen/)watergel(原論文6より引用)

 一例として、光子の質量エネルギー吸収係数について、エネルギーの関数で表した、水に対するゲルの係数比を図3に示す(原論文6)。吸収係数比は100keV以下で急激に減少するが、その程度は、MAGAS、MAGICより、MAGATの方が小さい。これは、MAGATの質量密度が小さいことに起因するようである。したがって、ゲル線量計を放射線治療に用いられるエネルギー範囲で使う場合、ゲル線量計を放射線化学的に水ひいては生体組織と等価にするには、相対的な電子密度と質量密度を考慮することが最も重要であるといえる(原論文6)。同様な放射線化学的な特性研究は、国内では広島国際大学の羽根田清文らによって行われ、従来の固体水等価ファントムより水に近い特性が確認できたとし、ポリマーゲル線量計を従来の水ファントムの代替として用いることが可能であるとしている(原論文7)。

コメント    :
 このゲル線量計は、ゲルをベースにした化学線量計であるため、温度依存性があり、また、現状において、粉末状で供給される市販材料を水で膨潤させることから、ユーザー自身がゲル線量計(ファントム)の形を自由に決めることができる反面、ユーザーが製作することに伴う品質のバラツキが発生しやすいと考えられる。この点を克服した高品質のゲル線量計の開発が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Historical overview of the development of gel dosimetry: a personal perspective
Clive Baldock
Institute of Medical Physics, School of Physics, University of Sydney, NSW 2006, Australia
Journal of Physics: Conference Series 56 14-22 (2006)

原論文2 Data source 2:
Review of Fricke gel dosimeters
L J Schreiner
Kingston Regional Cancer Centre, Queen's University, Kingston, Canada
Journal of Physics: Conference Series 3, 9-21 (2004)

原論文3 Data source 3:
Experimental investigations of polymer gel dosimeters
A. Jirasek
Dept. of Physics and Astronomy, University of Victoria, Victoria, BC, Canada
Journal of Physics: Conference Series 56, 23-34 (2006)

原論文4 Data source 4:
Gel Dosimetry in Theory and Practice
Cheryl Duzenli, Andrew Jirasek and Michelle Hilts
British Columbia Cancer Agency and University of British
Canadian Medical Physics Newsletter / Le bulletin canadien physique medical, 48 (1), 16-20 (2002)

原論文5 Data source 5:
Mechanical and dose delivery accuracy evaluation in radiosurgery using polymer gels
Panagiotis Sandilos1), Elias Tatsis1), Lampros Vlachos1), Constantinos Dardoufa1), Pantelis Karaiskos2), Evangelos Georgiou2), Panagiotis Baras3), Panagiotis Kipouros4), Michael Torrens5), and Angelos Angelopoulos6).
1)Department of Radiology, Medical School, University of Athens, Areteion Hospital 2)Medical Physics Department, Medical School, University of Athens, Greece 3)Philips Hellas Medical Systems, Greece 4)Greek Atomic Energy Commission, Greece 5)Radiosurgery Department,5 Hygeia Hospital, Greece 6)Nuclear and Particle Physics Section, Physics Department, University of Athens, Greece
Journal of applied clinical medical physics, 7, No. 4, 13-21 (2006)

原論文6 Data source 6:
Radiological properties of normoxic polymer gel dosimeters
A. J. Venning1), K. N. Nitschke2), P. J. Keall3), C. Baldock4)
1)School of Physical and Chemical Sciences, Queensland University of Technology, Australia Medical Physics Section, Biomedical Engineering Services, The Canberra Hospital, Australia Institute of Medical Physics, School of Physics, University of Sydney, Australia 2) School of Physical and Chemical Sciences, Queensland University of Technology, Australia Southern Zone Radiation Oncology Service-Mater Centre, Australia 3) Medical Physics Division, Department of Radiation Oncology, Massey Cancer Centre, Virginia Commonwealth University, Australia 4) Institute of Medical Physics, School of Physics, University of Sydney, Australia
Med. Phys. 32 (4), 1047-1053 (2005)

原論文7 Data source 7:
ポリマーゲルと水ファントムとの比較評価
羽根田清文1)、奥戸博貴2)、吉岡宗徳1)、林慎一郎1)、笛吹修治1)、富永孝宏1)
1)広島国際大学保健医療学部診療放射線学科、2)広島国際大学大学院医療工学専攻
Jpn. J. Med. Phys. 26 (4), 199-206 (2006)

参考資料1 Reference 1:
Medical Gel Dosimetry Systems, Inc.
http://www.mgsresearch.com/

参考資料2 Reference 2:
Chemical Dosimetry. In Radiation Dosimetry vol. 2 F.H. Attix and W.C. Roesch (ed.)
Fricke H and Hart E
Academic Press, New York 1955

キーワード:ゲル線量計、フリッケゲル、ポリマーゲル、放射線分解、ラジカル、MRI、光学CT、BANGゲル、ゼラチン、アガロース
Gel dosimeter, Fricke gel, polymer gel, radiolysis, radical, MRI, Optical CT, BANG gel, gelatin, agarose
分類コード:040304

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