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作成: 2007/06/19 波戸 芳仁

データ番号   :040332
EGSコード
目的      :光子、電子、陽電子と物質の相互作用のシミュレーション
放射線の種別  :ガンマ線,電子,陽電子
応用分野    :放射線検出器設計、放射線遮蔽、放射線防護、放射線治療、

概要      :
 電子計算機でのモンテカルロ計算による高エネルギーカスケード計算が始まってから約50年が経過した。EGS5コードの祖先となるコードは、この歴史の最初の頃に開発され、種々の改良を経て現在に至っている。EGSコードは、1keVから数百GeVまでの電子・光子輸送計算を、任意のジオメトリー内でおこなう汎用コードパッケージであり、光電効果、レイリー散乱、コンプトン散乱、電子対生成、制動輻射、モラー散乱、バーバー散乱、陽電子消滅、核による電子の散乱などを扱っている。

詳細説明    :
 1950年代の終わりに、ButcherとMesselおよび VarfolomeevとSvetlolobovが、電子計算機を用いたモンテカルロ法による最初の高エネルギーカスケード計算を行い、"Shower book”と呼ばれている詳細なシャワー関数を提供した。1960年代初頭から中期にかけて、二つのグループが独立に電磁カスケードシミュレーションコードを作成した。一つはORNLのZerbyとMoranによるもので、SLACの2マイル線型加速器建設に関連した多くの物理的工学的問題に対応することを目的したものであった。二つめのものはNagelによるSHOWER1コードであり、これは1000MeV以下の高エネルギー電子を対象に、円筒形状の鉛中での電磁カスケードシャワーを計算するものであった。MITのNicoli が SHOWER1を改良し、SHOWER2を作成した。Nagelが SHOWER2をSLACに持ち込み(1966)、SLACでの拡張が始まった。表1にEGSシステムの歴史を示す。

表1  EGSコードシステムの歴史

 | 期間      | プログラム名         |   言語   | 著者                      | 
 | 1963-1965 | SHOWER1              | Fortran  | Nagel                     | 
 | 1966      | SHOWER2              | Fortran  | Nicoli                    | 
 | 1967-1972 | SHOWER3/PREPRO       | Fortran  | Ryder, Talwar, Nelson     | 
 | 1970-1972 | SHOWER4/SHINP        | Fortran  | Ford                      | 
 | 1974      | EGS1/PEGS1           | Fortran  | Ford, Nelson              | 
 | 1975      | EGS2/PEGS2           | Mortran 2| Ford, Nelson              | 
 | 1976-1977 | EGS3/PEGS3(SLAC-210) | Mortran 2| Ford, Nelson              | 
 | 1982-1985 | EGS4/PEGS4(SLAC-265) | Mortran 3| Nelson, Hirayama, Rogers  | 
 | 2005      | EGS5(SLAC-R-730,     | Fortran  | Hirayama,Namito,Bielajew, |  
 |           | KEK Report 2005-8)   |          | Wilderman, Nelson         |   
 1974年にNelsonが著者に加わり、コードの名称がEGS1となった。1975年のEGS2から1985年のEGS4まではMONRTRANというFortranを構造化した言語を用いていた。
 EGS (Electron-Gamma Shower) コードシステムは、1keVから数百GeVまでのエネルギー範囲での電子・光子輸送計算のモンテカルロシミュレーションを、任意のジオメトリー内でおこなう汎用コードパッケージである。EGS4がリリースされて以来20年にわたり、多くの応用分野で用いられてきた。特に多いのは、医学物理や放射線測定研究、産業面での開発などであり、EGS4ユーザー推定数は3000であった。
 EGS5はEGS4の多くの改良やバグFixを集大成したコードである。EGS5の第一の変更点はユーザーフレンドリー化である。言語をFORTRAN 77に変更し、計算体系設定を容易にするために、CG(組み合わせジオメトリー)を提供している。さらに計算体系チェックモジュールも備えており、モンテカルロ計算開始前に計算体系の一貫性を確認することができる。この機能により、計算体系設定およびそれ以外の計算の準備を明確に分離することができる。
 EGS5では、光子と物質の相互作用として、光電効果、レイリー散乱、コンプトン散乱、電子対生成を扱っており、電子と物質の相互作用としては、制動輻射、モラー散乱、バーバー散乱、陽電子消滅、原子核による電子の散乱を扱っている。計算の概要を示すための例として、図1に電子と光子の飛跡の計算結果を示した。この計算では、空気5cm+アクリル1cm+空気5cmの体系に、1MeVの電子を左側から垂直に入射させている。赤色は電子、黄色は光子の飛跡である。赤い線の分岐はδ線であり、赤い線から発生する黄色い線は制動輻射光子である。


図1 EGSによる電子・光子シミュレーションの飛跡表示例

 この計算を行うためのEGSの実行可能ファイルとマニュアル(原論文2)は下記URLからダウンロード可能である。
(http://rcwww.kek.jp/research/shield/education.html )
 EGS5での詳しい取り扱いを行っているいくつかの現象について述べる。数百keV以下の光子のコンプトン散乱や、レイリー散乱においては、散乱強度は散乱前後の電気ベクトルの内積にほぼ比例する。そこで、この電気ベクトルの内積を含む断面積を用いて光子散乱の計算を行う。コンプトン散乱を光子と静止した電子の散乱と考えると散乱光子エネルギーは、散乱角により決まる。これに対して、電子の散乱前の運動を考慮すると、ドップラー効果により散乱光子エネルギーが広がる。数百keV以下のコンプトン散乱ではドップラー広がりが重要であるため、これを扱えるようにしてある。また、反跳電子エネルギーが束縛エネルギーを下回る場合、コンプトン散乱が禁止されることもあわせてコードに取り入れてある。光電効果後の緩和過程で放出される、K-X, L-X, K-Auger, L-Augerを扱っている。このような低エネルギー光子の計算例を図2(原論文3)に示した。比較対象はKEK放射光実験施設での単色化放射光散乱実験である。40 keVの光子をPb ターゲットで散乱させ、散乱光子を入射方向から90°に置いたGe検出器で測定した。H方向とV方向への散乱強度の違いは入射光子の直線偏光の影響である。シミュレーションは上記の低エネルギー光子輸送を改良したEGS4コードを用いて行った。EGS5コードは、本シミュレーションで用いたコードと低エネルギー光子輸送に関しては同じモデルを用いている。


図2 高エネ研放射光実験施設での単色化放射光散乱実験のEGS4シミュレーション例

 電子輸送計算では、多重散乱ステップ内の任意の点をサンプリングし、その点で電子の方向を変化させる「多重散乱ランダムヒンジモデル」を用いている。また、電子のエネルギー変化についても、エネルギーステップ内の任意の点をサンプリングしその点でエネルギーを変化させる「エネルギーヒンジモデル」を用いている。また、電子がK殻電子を電離した後に放出されるK-Xを扱っている。
 EGSの開発拠点の一つである高エネルギー加速器研究機構は、1991年から毎年「EGS研究会」を主催し、EGSを使用した研究成果を交流すると共に、その機会を利用してEGSの講習会を開催し日本国内でのEGSの普及拠点としても活動している。
(URL: http://rcwww.kek.jp/research/egs/kek/index-j.html )

コメント    :
 放射線輸送をモンテカルロ法で計算する技術はすでに50年以上の歴史がある。モンテカルロ法は電子計算機との整合性がよく、計算体系、線源条件、粒子記録条件などの計算条件を入力することも比較的平易である。この利用の容易さが逆に本技術の弱点となる場合があることに注意を要する。すなわちどのような入力に対してもなんらかの出力が得られてしまう、「Garbage In, Garbage Out」という状態に陥らないようにしなくてはならない。このための方法の一つは、極めて単純な体系でモンテカルロ計算を行って、解析計算と一致する結果を確認し、徐々に計算条件を実際に近づけていくことである。

原論文1 Data source 1:
"The EGS5 Code System" 
H. Hirayama, Y. Namio, A. F. Bielajewa), S. J. Wildermana), W. R. Nelsonb)
高エネルギー加速器研究機構、a)ミシガン大学、b)スタンフォード線形加速器センター


原論文2 Data source 2:
“EGS4PICT32を使用した放射線教育”
平山英夫、波戸芳仁
高エネルギー加速器研究機構
KEK Internal 2001-11

原論文3 Data source 3:
”New Photon Transport Physics in EGS5”
Y. Namito and H. Hirayama
高エネルギー加速器研究機構
“Proceedings of the Third International Workshop on EGS”, KEK Proc. 2005-3 (June 2005), KEK.

キーワード:モンテカルロ、光子、ガンマ線、X線、電子、陽電子、放射線治療、遮蔽、放射線防護
Monte Carlo, Photon, Gamma ray, X ray, Electron, Positron, Radiation Therapy, shield, radiation protection
分類コード:040102, 040104, 040105

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