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作成: 2007/02/26 伊藤晋一

データ番号   :040328
チョッパー分光器によるパルス中性子非弾性散乱実験
目的      :素励起の分散関係の測定、動的構造因子の測定
放射線の種別  :中性子
放射線源    :パルス中性子源(陽子加速器0.5-3GeV)
フルエンス(率):試料位置における単色中性子ビーム強度103〜105/(cm2・s)
利用施設名   :ラザフォードアプルトン研究所ISIS、アルゴンヌ国立研究所IPNS、ロスアラモス国立研究所LANSCE、大強度陽子加速器J-PARC(高エネルギー加速器研究機構/日本原子力研究開発機構)、オークリッジ国立研究所SNS
照射条件    :標準的には冷凍機中
応用分野    :凝集系物理学、化学、物質科学、生物学

概要      :
チョッパー分光器は、パルス中性子を単色化し、飛行時間法により、非弾性散乱を測定するものである。大立体角検出器群を配置できることも構造上の特徴である。単色化デバイスにフェルミチョッパーを用いるとeV領域の中性子も利用することができる。その結果、広い運動量エネルギー空間で、物質の素励起の分散関係や動的構造因子の測定が可能である。

詳細説明    :
 中性子散乱実験は、実験試料に入射する中性子の状態と実験試料から散乱する中性子の状態を測定することによって、実験試料における中性子の状態の変化を決定し、実験試料に関する構造やダイナミクスの情報を導出する実験手段である。非弾性散乱実験は、実験試料と中性子との間のエネルギー遷移を測定するものであるが、入射中性子と散乱中性子のそれぞれのエネルギーを測定することでエネルギー遷移が求められる。この実験方法により、フォノンやマグノン等の物質中の素励起の分散関係や動的構造因子の測定が可能となる。
 原子炉に設置された三軸型分光器では、結晶モノクロメーターによって入射中性子を単色化し、散乱中性子のエネルギーを結晶アナラーザーで決めることで、入射中性子エネルギーEi及び散乱中性子エネルギーEfがわかり、エネルギー遷移Ei-Efを決定する。パルス中性子源に設置された中性子分光器では、中性子が時間的にパルス状に発生するので、中性子の発生時刻が定義でき、検出された中性子の飛行時間(中性子の発生から検出までの時間)を測定することにより中性子散乱実験が行なわれる。
 
 エネルギー遷移を決定する中性子非弾性散乱実験法に、直接配置型と逆転配置型の2種類がある。直接配置型分光器では、入射中性子を単色化して試料に入射させるが、飛行時間を分析することよって、散乱中性子のエネルギーがわかり、エネルギー遷移が決定できる。一方、逆転配置型分光器では、白色中性子を試料に入射させ、散乱中性子を単色化する。原子炉に設置された三軸型分光器でなされているように、パルス中性子源においても、結晶モノクロメーターを用いて、直接配置型分光器及び逆転配置型分光器を実現して、中性子非弾性散乱実験を行なうことが可能である。結晶モノクロメーターを用いて、単結晶からのブラッグ反射を利用することによって、中性子を単色化することができるが、結晶モノクロメーターによる中性子の単色化は、低エネルギーの中性子の利用に限られる。しかし、パルス中性子源では、meVオーダーからeVオーダーのエネルギーのダイナミックレンジが広い中性子が発生し、これを中性子散乱実験に利用することが特徴である。フェルミチョッパー(原論文1)と呼ばれるデバイスを用いると、この広いエネルギー領域での中性子の単色化が可能になる。


図1  Schematic diagram of a pulsed source chopper spectrometer.(原論文2より引用)

 チョッパー分光器(例えば、原論文2)は、フェルミチョッパーで入射中性子を単色化する直接配置型中性子分光器である。フェルミチョッパーは回転体に中性子遮蔽材で構成するスリットを挿入した形状で、これを中性子の発生に同期させて回転させ、スリットが中性子ビームラインの平行になったときにのみ、中性子をスリットをとおして透過させて単色化を行なうデバイスである。スリットを構成する中性子遮蔽材は、eV領域の中性子に対しても遮蔽能力があるホウ素を含む高強度材料が用いられるのが一般的である。チョッパー分光器では、試料周りにはエネルギー解析のための装置群は不要であり、検出器を試料周りに広い立体角で散乱角を連続的にカバーするように並べることができる。その結果、非常に広い運動量エネルギー空間を一挙に観測できる。これはチョッパー型分光器が非弾性散乱を測定するのに適した構造を持つことを示している。また、エネルギー分解能は中性子のパルス特性、フェルミチョッパーの性能、飛行距離で決まるので、結晶型分光器に比べ、高エネルギー領域で高いエネルギー分解能が得られる。ΔE/Eiは、入射中性子エネルギーEiにもエネルギー遷移ΔEにもあまり依存せずに1%程度に設計できる。なお、最近のパルス中性子源開発研究により、低エネルギー領域での大強度線源が提案され、これを利用するため、入射中性子ビームライン上に2台以上のディスク型チョッパーを設置して、パルス整形及び単色化を行なうチョッパー分光器も提案され、現在建設中のチョッパー分光器にはこの種のチョッパー分光器も存在する(原論文3)。

コメント    :
位置敏感型検出器を用いることによって、運動量空間を三次元的にスキャンすることができて、エネルギー空間と合わせて四次元の時空相関を測定することができる。このことはチョッパー分光器が単結晶試料を用いて素励起の分散関係の測定、及び、動的構造因子の決定に極めて強力な実験装置であることを示している。また、eV領域の入射中性子を利用して、できるだけ小角(1°以下の散乱角)に検出器を配置することにより、第一ブリルアンゾーン以内の運動量遷移で数10meVのエネルギー遷移にアクセスでき、その結果、結晶の対称性にもよるが、多結晶試料を用いた素励起の分散関係の測定が可能になる。さらに、高分解能大強度のチョッパー分光器がeV領域で実現できれば電子励起の観測が可能性になる。

原論文1 Data source 1:
A Thermal Neutron Velocity Selector and Its Application to the Measurement of the Cross Section of Boron
E. Fermi, J. Marshall and L. Marshall
Argonne National Laboratory, University of Chicago
Phys. Rev. 72 (1947) 193.

原論文2 Data source 2:
IPNS Chopper Spectrometer Improvements
J. M. Carpenter and C.-K. Loong
Argonne National Laboratory
Proceedings of ICANS-XI (National Laboratory for High Energy Physics, KEK Report 90-25, 1991) 711.

原論文3 Data source 3:
Strategy and performance of instrument suite for JSNS, J-PARC
M. Arai et al.
High Energy Accelerator Research Organization, Japan Atomic Energy Agency
Proceedings of ICANS-XVI (Forschungszentrum Jülich GmbH, Jülich, Germany, ISSN 1433-559X, ESS 03-136-M1, 2003) 157.

参考資料1 Reference 1:
Pulsed Neutron Scattering
C. G. Windsor
Atomic Energy Research Establishment
Taylor & Francis Ltd, London, 1981

参考資料2 Reference 2:
丸善実験物理学講座 第5巻 構造解析
藤井保彦編
東京大学物性研究所
丸善株式会社, 2001

キーワード:中性子、非弾性散乱、パルス中性子、中性子チョッパー、飛行時間法、動的構造因子、物質のダイナミクス、凝集系物理学
neutron, inelastic scattering, pulsed neutron, neutron chopper, time-of-flight method, dynamical structure factor, dynamics in matter, condensed matter physics
分類コード:040103, 040303

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