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作成: 2006/10/25 吉田陽一

データ番号   :040323
パルスラジオリシスシステム
目的      :放射線誘起高速化学反応の解明
放射線の種別  :ガンマ線、電子、軽イオン、重イオン
放射線源    :電子加速器(1MeVから100MeV、パルス)、イオン加速器(1MeV以上、パルス)、SR光(数keV以上、パルス)
利用施設名   :大阪大学産業科学研究所、東京大学工学部、早稲田大学、北海道大学、大阪府立大学、住友重機械工業、アルゴンヌ国立研究所、ブルックヘブン国立研究所、フランスCNSR、オランダデルフト研究所、中国上海物理化学研究所、インド原子力研究所、原子力機構高崎研TIARA、放射線医学総合研究所HIMAC、その他多数
照射条件    :常温、低温、高温、凝縮系
応用分野    :ナノテクノロジー、反応解析、放射線照射効果、放射線分解機構

概要      :
パルスラジオリシスは、時間幅が非常に短いパルス状の放射線を物質に照射し、その後に物質中で生じる超高速物理化学的現象を発光や吸収などの分光により調べる方法である。通常、パルス放射線は加速器を用いて発生させる。電子加速器では、フェムト秒の電子パルスを発生させることが可能である。超高速現象は、放射線励起化学反応を調べるために最も有効な手法の一つであり、最近では、次世代ナノファブリケーションのための基礎研究にも使われている。さらに時間分解能を向上させたアト秒パルスラジオリシスシステムの開発が進められている。

詳細説明    :
 パルスラジオリシスは、パルス放射線を試料に照射し、短寿命中間活性種の生成過程や反応機構を時間の経過とともに追跡する手法で、放射線化学反応機構を調べる上で、極めて重要な研究の研究手段の一つとなっている(参考資料1)。パルス放射線の発生が比較的な容易な電子線が従来から使われてきたが、最近では、新しい展開として、電子線以外の粒子のパルス化技術が向上したことから、イオンビームやSR光等のX線も使われるようになってきた。放射線の種類により物質との相互作用は異なるため、放射線照射効果を比較する上でも、異なる線種を活用することが重要である。特に、イオンビームは高密度励起が可能なことから医療等への応用に利用されており、その照射効果基礎過程を調べることが重要となっている。
 パルスラジオリシスを有名にしたのは、水和電子の発見であるが、それ以外にも、有機材料の放射線分解機構や重合機構の解明に大きな役割を果たしてきた。初期のパルスラジオリシスは、マイクロ秒やナノ秒の時間領域から始まったが、その後、ピコ秒の時間領域まで発展している。ピコ秒パルスラジオリシスの装置は、加速器や分光システムの開発に困難が伴うため、ここ20年間では、世界的に見ても数台が稼動しているにすぎなかった。しかしながら、放射線利用の用途がナノサイエンス・ナノテクノロジーなどの最先端分野等で注目を浴びるようになってきたことが契機となり、また、最近の加速器技術の発達により比較的容易にピコ秒の電子線パルスが発生可能になったことから、現在、日本をはじめ(参考資料2、3、4)、米国(参考資料5)、ヨーロッパ(参考資料6、7)の数箇所でピコ秒パルスラジオリシスが計画中もしくは稼動を開始している。
 パルスラジオリシスには、時間分解発光分光と時間分解光吸収測定の二つの方法がある。ストリークカメラ等の高時間分解能光測定機器を使うことで、発光測定は比較的容易に実現できるが、測定できる短寿命中間活性種が限定されるため、放射線励起で最も重要な、ラジカルカチオン、電子、ラジカル等を直接測定することができない。一方、光吸収測定ではそれが可能であるため、多くのパルスラジオリシスでは、光吸収測定を行っている。図1は、水で測定したピコ秒時間領域の過渡吸収の例で、水和電子の減衰過程を測定した例である。


図1  Absorption spectrum of hydrated electron obtained picosecond pulse radiolysis.(原論文1より引用)

 時間分解能を向上し、フェムト秒やアト秒パルスラジオリシスの実現を可能にするのがストロボスコピック法である。


図2  Principle of stroboscopic method for time-resolved absorption spectroscopy(参考資料2より引用)

 ストロボスコピックの原理を図2に示した。試料は、放射線パルスにより照射される。同時に、分析用のパルス光を試料に入射し、試料中に生成した短寿命中間活性種の吸収測定を行う。この分析用パルス光を入射する時間を、放射線パルスの入射に対して時間的に変化させる測定を繰り返すことにより、吸収の時間変化プロファイルを得る方法である。連続的なストロボフラッシュをイメージさせることから、ストロボスコピック法(参考資料1)と呼ばれている。
 加速器が発生する電子線パルスの時間幅は、ここ数十年、ピコ秒のオーダーであった。2000年の前後に、電子線パルス幅を短くし、パルスラジオリシスの時間分解能を向上させる試みが行われるようになってきた。大阪大学では、L-バンドライナックを磁気パルス圧縮とよばれる電子線パルス圧縮法によりサブピコ秒化することに成功した。磁気パルス圧縮法では、まず、レーザーで言われるチャープパルスを加速器の加速位相を調整することにより発生させる。チャープパルスでは、パルス内の前半部分(時間的に早い方)のエネルギーは高く、後半部分(時間的に遅い方)のエネルギーは低くなっている。このパルスの進行方向を、偏向電磁石と四重極電磁石からなるマグネット系で偏向させる。この時、先行する高エネルギー部分の軌道を外回りにし、後続の低エネルギー部分の軌道を内側になるようにする。その後さらに、偏向後に一点に同時間に収束するようにすることにより、極短パルスを発生させる。このサブピコ秒パルスラジオリシスでは、600フェムト秒と現在の世界最短の時間分解能を達成した(参考資料8)。


図3  laser photocathode rf gun s-band electron linac.(参考資料2より引用)

 最近、レーザーフォトカソードRF電子銃と呼ばれる新しい加速器技術が登場してきた。従来のライナックでは、熱電子銃が使われてきたが、大電流を得るためにはその口径が大きく、また発生する電子ビームの初期エネルギーが低いため、ビームの性能を示すエミッタンスが大きかった。短パルスを発生させるためには、このエミッタンスの値が小さいほど有利である。レーザーフォトカソードRF電子銃では、光電面からレーザーにより電子を発生させるため、口径を小さくすることが可能である。同時にRFキャビティにより高電場加速が可能で、初期エネルギーを大きくできる。また、単パルス発生のためにSHB方式が必要でなく、加速器自体をシンプルにすることが可能である。
 図3は、最新鋭のレーザーフォトカソードRF電子銃電子加速器を示している。右側は、レーザーフォトカソードRFガンがあり、それをドライブするレーザーシステムが左側に見える。実際のパルスラジオリシスでは、図4に示すようなシステムが用いられる。この例では、分析光パルス発生用の別のフェムト秒レーザーが用いられている。レーザーおよび加速器は、高精度で同期運転が行われる。現在、次世代パルスラジオリシスのために世界各国でこれに類したシステムの導入が進められ、フェムト秒、アト秒の時間分解能への挑戦が開始されている。(参考資料9、10)


図4  System of femtoseocnd pulse radiolysis.(参考資料2より引用)



図5  Femtoseocnd electron pulse produced with laser photocathode rf gun s-band electron linac.(原論文2より引用)



コメント    :
 パルスラジオリシスは、放射線によって引き起こされる超高速過渡現象を直接的に観測できる方法で、最近ではファブリケーションの反応解析などのナノサイエンス・ナノテクノロジーの観点からも注目されている。現在の時間分解能は、サブピコ秒オーダーであるが、近いうちにフェムト秒の現象が測定できるようになると思われる。さらに、アト秒の放射線パルスを作る試みが行われており、科学分野で最初にアト秒の世界を切り開くツールとして有望である。

原論文1 Data source 1:
Picosecond pulse radiolysis using femtosecond white light with a high S/N spectrum acquisition system in one beam shot
A. Saeki, T. Kozawa and S. Tagawa
Osaka Univ.,Japan
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. Sect. A, 556 (2006) 391-396.

原論文2 Data source 2:
Femtosecond single electron bunch generation by rotating longitudinal bunch phase space in magnetic field?
J. Yang, T. Kondoh, K. Kan, T. Kozawa, Y. Yoshida and S. Tagawa
Osaka Univ.,Japan
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. Sect. A, 556 (2006) 52-56.

参考資料1 Reference 1:
放射線化学のすすめ
日本放射線化学会編集
学会出版センター、2006年、ISBN4-7622-3050-2

参考資料2 Reference 2:
http://www.chemistry.bnl.gov/SciandTech/PRC/photo.html


参考資料3 Reference 3:
http://www.utnl.jp/~beam/research/subps-radio-j/fastreac-top-j.html


参考資料4 Reference 4:
http://www.f.waseda.jp/washiom/pulse.htmlExperimental


参考資料5 Reference 5:
http://www.chemistry.bnl.gov/SciandTech/PRC/photo.html


参考資料6 Reference 6:
http://www.lcp.u-psud.fr/Elyse/DOWNLOAD/rapport-elyse.pdf


参考資料7 Reference 7:
http://www.tudelft.nl/live/pagina.jsp?id=c23f3199-f327-4946-950d-564d8df6d4ae&lang=en


参考資料8 Reference 8:
Development of Subpicosecond Pulse Radiolysis System
T. Kozawa, Y. Mizutani, M. Miki, T. Yamamoto, S. Suemine, Y. Yoshida and S. Tagawa
Osaka Univ.,Japan
Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res. A, 440 (2000) 251-253.

参考資料9 Reference 9:
Pulse radiolysis based on a femtosecond electron beam and a femtosecond laser light with double-pulse injection technique
J. Yang, T. Kondoh, T. Kozawa, Y. Yoshida and S. Tagawa
Osaka Univ.,Japan
Radit. Phys. Chem., 75(2006) 1034-1040

参考資料10 Reference 10:
Experimental studies of transverse and longitudinal beam dynamics in photo-injector
J. Yang, T. Kondoh, A. Yoshida and Y. Yoshida
Osaka Univ.,Japan
Jpn. J. Appl. Phys., 44 (2005) 8702-8707

キーワード:放射線化学初期過程、ナノ秒、ピコ秒、フェムト秒、アト秒、短寿命中間活性種、時間分解過渡吸収測定、加速器、電子線パルス、レーザーパルス、
primary process of radiation chemistry, nanosecond, picosecond, femtosecond, attosecond, short-lived intermediate, time-resolved absorption spectroscopy, accelerator, electron pulse, laser pulse
分類コード:040101, 040102, 040105, 040302, 040504

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