陽電子消滅における寿命-運動量相関測定（AMOC）

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作成： 2006/11/30 平出哲也データ番号　　　：040318 陽電子消滅における寿命-運動量相関測定（AMOC）目的　　　　　　：陽電子消滅の寿命と運動量を同時相関測定することによる、消滅現象から得られる情報の精密化放射線の種別　　：陽電子（入射）、消滅ガンマ線（検出）放射線源　　　　：²²Na線源（陽電子消滅：0.4-1MBq、陽電子ビーム：0.4-2GBq）応用分野　　　　：陽電子・ポジトロニウム化学の基礎研究、格子欠陥・析出物・自由空間などサブナノメートルの構造の解析概要　　　　　　：　AMOCは陽電子消滅の寿命測定と消滅γ線ドップラー幅測定を組み合わせた測定手法である。利用方法は測定する対象によるが、最もよく行われるのが時間分解したDBPAである。これによって、消滅γ線のドップラー幅拡がりの程度を表すＳ-パラメータやＷ-パラメータが変化する様子をピコ秒からナノ秒程度の時間スケールで追うことが出来るので、陽電子の挙動やポジトロニウムの形成・減速・反応などの速い過程を基礎的に調べることが可能になる。これによって、陽電子やポジトロニウムが空孔・空孔クラスター・自由空間などにトラップされていく過程をリアルタイムで観測し、ひるがえって空孔・空孔クラスター・自由空間などのサブナノ構造を解析する手段とすることができる。詳細説明　　　　：　AMOC（Age-momentum correlation：Ageはここでは寿命（Lifetime）と同義で使われている）は陽電子消滅の寿命測定（PAL）と消滅γ線ドップラー幅測定（DBPA: Doppler broadening of positron annihilation radiation）を組み合わせた、図1に示すような測定手法である。装置としては放射性同位元素を用いたものと陽電子ビームによるものがある。図1で寿命測定のスタート信号を得る方法としては、① ²²Naをそのまま用いる初期のAMOCのように陽電子放出と同時に放出される1.27MeVのγ線を検出するもの、 ② 高エネルギーの陽電子を用いる場合は陽電子を薄型シンチレータを通過させて検出するもの（図１はこれをイメージしている）、③ 低速陽電子ビームを用いる場合はビームラインのパルス化信号を利用するものなどがある。いずれも３種類の事象を同時に検出しなくてはならないので、計数率を大きく出来ないが、スタート信号の検出効率が①に比べて一桁以上大きい②と③の方法が開発されて実用されるようになってきた。陽電子は試料中の電子と消滅して２つのγ線になるが、その一つは寿命測定のストップ信号として使い、もう一方の消滅γ線はエネルギー分解能の高い半導体検出器で検出してDBPAを得る。寿命情報とDBPA情報とを二次元の多重波高分析器で相関測定すると、図１の右のマッピング図に示したAMOCスペクトルが得られる。図1　AMOC測定の方法と生データの例（(040314)陽電子利用分析技術参照） SD: シンチレーション検出器　　　　PAL: 寿命測定システム SSD: Ge半導体γ線検出器　　　　　DBPA: ドップラー幅拡がり測定システム 2D-MCA:二次元多重波高分析器　AMOCスペクトルを解析する方法は、測定する対象や得たい情報によって異なるが、最もよく行われるのが時間分解したDBPAである。AMOCスペクトルを寿命軸で切り取ると、消滅γ線ドップラー幅拡がりが時間の関数として得られる。このドップラー幅拡がりは、陽電子の消滅相手となった電子の運動量によって決まっている（運動量に比例してドップラー幅拡がりが大きくなる）ので、その線形を詳細に解析すれば消滅相手となった電子が何であるのかを知ることができる。実際には消滅γ線（511.0keV）に対するGe半導体検出器のエネルギー分解能では線形の精密な解析は困難なので、運動量の小さな事象の割合を表すＳ-パラメータや逆に運動量の大きい事象の割合を表すＷ-パラメータの時間依存S(t)やW(t)として記述する。金属や合金中での陽電子消滅では、S(t)は陽電子が格子欠陥に捕捉されて消滅した割合に対応し、W(t)は陽電子が原子の内殻電子と消滅した割合に対応している。また絶縁材料のようにポジトロニウムが形成される系での陽電子消滅では、パラ-Ps（パラ-ポジトロニウム、一重項状態のポジトロニウムで、125psという短い時間で消滅してドップラー幅拡がりの無い２本の消滅γ線になる）の割合が多いほどS(t)が大きい。このことを使って三重項状態ポジトロニウム（オルソ-Ps）が一重項状態（パラ-Ps）に変化する様子を観察した例としてSiegleらの報告を挙げることができる。図２はベンゼンに常磁性の分子HTEMPO (4-hydroxy-2,2,6,6-tetramethylpiperidine-l-oxyl) を溶かしてAMOC測定し、S(t)を表示したものである。図2(b)で、positron ageが0.5 ns以降でS(t)が上昇していることは、液相ではオルソ-Psが常磁性分子とのスピン交換してパラ-Psへ変化していることを示している。これは固体中ではオルソ-PsがHTEMPOと出合う機会が奪われ、スピン交換が起こっていないことを示している。陽電子寿命測定法でのみこれを観測した場合には、非常に速い時間領域（ピコ秒程度）においてPs形成反応などの速い反応が終わり、その後、各成分がそれぞれの寿命で減衰していく様子を見ている。上記のようなスピン交換などが起こっていても、それを検知することは難しい。　　また、AMOCによって数十ピコ秒程度の領域で起こる速い過程を観測できる。その例として、低温で放射線照射されたポリエチレンの例を図３に示す。Positron age 0ns近くでS(t)が時間とともに増大している。液体や固体中でPsが生成される時間は通常はピコ秒程度なので寿命測定の時間分解能をもってしても観測できない。しかし低温で照射されたポリエチレンの中には捕捉電子^*⁾があるために、Psを形成できなかった陽電子がさまよい歩いている間にこの捕捉電子と出会ってPs形成することが出来る。この過程は数十ピコ秒とやや遅くなるので、時間分解能ギリギリのところで観測にかかるようになったものである。S(t)の増大はこの遅く形成されたPsの内でパラ-Psによるものである。図の実線はそこで起こっている陽電子とポジトロニウムの諸過程についてモデルを立ててフィッティングさせたものであるが、陽電子は数十ピコ秒程度の時間以降は束縛状態になり、移動度が下がることで捕捉電子と出会うことが出来なくなり、この遅いPs形成と束縛状態への移行が競合して起こるということもわかった。　 ^*⁾捕捉電子 (trapped electron)：物質が放射線照射されてイオン化で叩き出された電子は引き続いて起こる種々の放射線化学反応の元になるが、低温では、周囲の分子運動が凍結されているため、エネルギーを失った状態で特定のサイトに捕捉されることがある。これを捕捉電子という。電子を捕捉しているエネルギーは、可視光程度の光があたったり温度の上昇で分子運動が始まったりするとこの束縛が解かれてしまうほど小さい。陽電子はこの弱く捕捉された電子を拾って結合しPsになることができることが明らかにされている（参考資料1）。図2　0.1M　HTEMPO／ベンゼン溶液のS(t)曲線。(a)固体中（266K）(b)液体中（313K）（原論文2より引用）図3　20Kポリエチレン中の捕捉電子と陽電子のポジトロニウム形成を示すAMOC測定によるS(t)曲線。実線は陽電子の局在化を考慮した場合の最小二乗フィット結果。コメント　　　　：　陽電子消滅法はサブナノメートルサイズの空孔、欠陥、ナノ析出物などに敏感であるが、これまで多くの場合寿命測定と運動量測定が別個に行われてきた。両者の相関をとるAMOCによって陽電子消滅から得られる情報が深まるが、スタート信号と２つの消滅γ線の全てを捕らえなくてはならないので計数率を大きく出来ない。また陽電子科学の多くの課題を追求するためには、AMOCの時間分解能を一層向上させることも必要である。さらに、ドップラー幅測定のエネルギー分解能も十分ではない。測定手法にまつわるこれらの要求が全て満たされることを望むことは出来ないだろう。しかし、現状のAMOCでサブナノ構造解析を行って材料研究を展開していくことは既にいろいろな可能性が秘めていると云える。原論文１ Data source 1：陽電子の利用伊藤泰男東京大学・原子力研究総合センター Radioisotopes, 50, pp.13S-26S (2001) 原論文２ Data source 2： Two-dimensional analysis of positron age-momentum correlation (AMOC) data A. Siegle, H. Stoll, P. Castellaz, J. Majorb, H. Schneider and A. Seeger Institut für Physik, Max-Planck-Institut für Metallforschung Institut fü Theoretische und Angewandte Physik, Universität Stuttgart Applied Surface Science, 116, pp.140-144 (1997) 原論文３ Data source 3：捕捉電子を経由するポジトロニウム形成機構の発見とその利用平出哲也日本原子力研究開発機構放射線化学、第82号　pp.3-12（2006）参考資料１ Reference 1： Positronium formation at low temperature: the role of trapped electrons T. Hirade, F. H. J. Maurer, M. Eldrup Radiation Physics and Chemistry 58, pp.465-471 (2000) キーワード：陽電子科学、陽電子消滅、ポジトロン、ポジトロニウム、陽電子ビーム、陽電子寿命、ドップラー幅、消滅ガンマ線、Ｓ－パラメータ、Ｗ－パラメータ positron science, positron annihilation, positron, positronium, positron beam, positron lifetime, Doppler broadening, annihilation gamma-ray, S-parameter, W-parameter 分類コード：040203
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