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作成: 2005/11/16 馬場祐治

データ番号   :040315
光電子顕微鏡による表面ナノ構造のイメージング
目的      :電子状態で識別した固体表面のナノ構造の観察
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :紫外線(水銀ランプ、5.1eV)、放射光軟X線(145eV-350eV;一般には〜10keVまで)
フルエンス(率):1013/(cm2・s)(測定に必要な光子数)
利用施設名   :大型施設としては放射光施設。日本では、広島大学放射光科学研究センター(HiSOR)BL-5、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設(KEK-PF) BL-19B、など。
照射条件    :超高真空中、室温〜1100℃
応用分野    :ナノサイエンス・ナノテクノロジー分野。例えば、半導体素子開発、新規触媒材料開発、新規磁性材料開発

概要      :
 光電子顕微鏡法は、光電子分光法と顕微観察手法を融合させたナノレベルの空間分解能を有する新しい分光手法である。さまざまなタイプが提案されているが、大きく分けると光をマイクロビームにして走査する型と、光は全体に照射して局所領域から放出される光電子を電子顕微鏡のように拡大する型に分かれる。特に後者は高感度な手法であり、化学反応過程のその場観察が可能である。例えば、この光電子顕微鏡内の超高真空環境下で、炭化ケイ素単結晶表面にチタン、鉄などを蒸着した試料を加熱しながらその場観察を行うことによりナノメートル領域の局所構造が大きく変化する温度を特定できた。更に軟X線発光分光法と併用することにより、その変化が基板と遷移金属の化合物生成によるものであることまで明らかにした結果が報告されている。

詳細説明    :
 光電子顕微鏡法を有効に適用した一例として、炭化ケイ素(SiC)表面と遷移金属との不均一反応過程のその場観察の例を取上げる。SiCは高電力素子材料として、また高温、高放射線場などの過酷な条件でも使用可能な半導体材料としての応用が期待されている。SiC系半導体素子の開発においては、電極として用いる遷移金属とSiC界面の接触抵抗の低減化が急務であり、界面の構造と化学結合状態をナノメートルスケールで明らかにする必要がある。ナノメートルスケールの構造と化学結合状態を同時に測定する手法として、近年光電子顕微鏡が開発・高度化されてきた。光電子顕微鏡には、光源の利用形態や生成した光電子のエネルギー弁別の有無などにより様々なタイプがあるが、ここでは、上述の研究で用いられた最も高感度な光電子顕微鏡の概略を図1に示す。


図1 Schematics of photoemission microscopy of magnification type. The sample surface is irradiated by ultraviolet light, X-ray or synchrotron radiation. The photoelectrons emitted from a specific area are accelerated, focused, intensified, and finally illuminate the phosphorus screen. The image on the screen is taken by CCD camera.

 具体的には、固体表面に紫外線、X線、放射光などの光子を照射し、光電効果によって表面から放出される全電子を加速した後、電子レンズ系(静電型、磁場型)で拡大してマイクロチャンネルプレートで増幅する。スクリーン上に投影された像をCCDカメラなどで撮影する。この方法は、エネルギー弁別を行わないで、光電子だけでなくオージェ電子、非弾性散乱電子など、コントラスト形成に寄与する全電子を検出するので、光電子顕微鏡の中でも最も感度のよい手法で、化学反応過程のその場解析などに最も有効である。
 
 図2は、チタンとSiCの反応過程のその場観察例である(原論文1)。水銀ランプを光源として(光のエネルギーは約5eV)、4H-SiC単結晶表面に蒸着した金属チタン薄膜(50nm)を加熱した場合のナノ構造と化学結合状態の変化について興味ある結果が報告されている。この場合、価電子帯の軌道成分を明らかにするために、軟X線発光分光法も併用されている。


図2 Photoemission microscopic images of Ti (50 nm)/4H-SiC taken at (A) room temperature; (B) 550℃; (C) 650℃; (D) 750℃; (E) 800℃; (F) 850℃. Field of view of the image is 150μm.(原論文1より引用)

 試料は空気中に放置していたため表面は酸化物(TiO2)に覆われており、TiO2の仕事関数が大きいため室温の像(A)は暗い。550℃に加熱すると、表面の酸素が脱離してTiの清浄表面が現れるため明るくなる(B)。さらに加熱すると650℃から再び暗くなる。軟X線発光分光などの結果から、600℃から750℃においてSi-C結合が解裂してシリサイド(Ti5Si3)および炭化物(TiC)が生成することがわかっているが、Siに比べてCの拡散速度が大きいことから、像が暗くなるのは仕事関数の大きいTiCの生成またはCの堆積によるものと結論している。さらに、高温の850℃では、黒矢印で示した様に、Ti5Si3に対応する明るいスポット状構造が現れることがわかった(F)。以上のように、加熱による化学結合状態の変化にともない、仕事関数が変化し、これによる画像の明暗が明瞭に観測された。
 
 鉄またはジルコニウムと4H-SiCとの反応については、水銀ランプに加えて真空紫外光領域の放射光を光源にした光電子顕微鏡観察例が見られる(原論文2)。やはりここでも、軟X線発光分光測定が化学的状態を同定する上で重要な役割を果たしている。図3は、ジルコニウムを蒸着した4H-SiCの光電子顕微鏡像を示す。


図3 Photoemission microscopic images for Ze(film)/4H-SiC sample annealed at 600℃ (a and b), and 900℃ (c and d), where light source for photoemission are Hg lamp (hν〜5.1 eV) for (a and c), and 130 eV for (b and d). Field of view is 100μm.(原論文2より引用)

 (a)および(c)において十字状に暗く見える部分はマスクによりジルコニウムが蒸着されていない領域である。水銀ランプによる観察像では、600℃(a)と900℃(c)では明暗に差があるものの、像に変化はなく、Zr/SiC系の場合、Fe/SiC系に比べ(550℃からβ-FeSi2の生成)高温で安定であることが明らかとなった。130eVの放射光を用いた像(b)および(d)では、水銀ランプによる像と明暗が反転している。これはSi 2pの内殻吸収端が100eV近くにあるためイオン化断面積が大きく、SiCの部分がZrに比べて電子放出率が上がったためと考えられる。以上のように、単なる画像イメージだけでなく、放射光を用いて光のエネルギーを特定の元素の吸収端近くに合わせると、特定の元素に選択的なイメージが得られ、固体表面のナノメートル領域の構造変化の解析に光電子顕微鏡が有効であることが理解されよう。

コメント    :
 固体表面の局所領域の構造を画像として観察する手法は数多く開発されている。例えば、走査型電子顕微鏡法、電子線プローブマイクロアナライザー法、走査型オージェ電子分光法などがあり、これらの手法では既に1マイクロメーター以下の空間分解能が得られている。また、走査型トンネル顕微鏡、原子間力顕微鏡などの手法を用いると原子レベルでの画像観察が可能である。しかし、ナノメートル領域の元素分布や化学結合状態分布まで含んだイメージを観察できる手法はほとんどないのが現状である。ここで取り上げた拡大型の光電子顕微鏡法は走査型に比べ格段に感度がよいので、リアルタイムで観察が可能で、情報量も多く、基礎科学から実用分野まで広範な分野で今後の発展が期待できる。
 特にエネルギーや偏光度の選択の自由度がある放射光を用いると、特定の元素や磁区構造に対応した画像を観察することができる。ここでとりあげた論文は元素選択的な画像を得たものであるが、さらに高分解能にエネルギー選択ができる放射光を用いることにより化学結合状態に対応した画像を観察することも可能と考えられる。
 現在、本手法では、空間分解能としては、30ナノメートル程度が得られており、今後の展開によりさらに空間分解能は上がると予想される。この方式の光電子顕微鏡の応用としては、ここでとりあげた半導体表面のナノ構造観察のほか、さまざまな機能性ナノ構造物質(触媒、センサー、水素吸蔵材、バイオチップ、DNA素子など)の観察が考えられ、今後はこれらの物質の機能と構造・物性解明に威力を発揮すると思われる。

原論文1 Data source 1:
Surface and Interface of Ti(film)/SiC(substrate) System: A Soft X-ray Emission and Photoemission Electron Microscopy Study
J. Labis, A. Ohi, C. Kamezawa, K. Yoshida, M. Hirai, M. Kusaka and M. Iwami
岡山大学
Applied Surface Science 190, 521-526 (2002)

原論文2 Data source 2:
Interface Study of Transition Metal (Fe, Zr) on 4H-SiC(0001)Si Face: Photoemission Electron Microscopy and Soft X-ray Fluorescence Spectroscopy
M. Hirai, C. Kamezawa, S. Azatyan, Z. An, T. Shinagawa, T. Fujisawa, M. Kusaka and M. Iwami
岡山大学
Applied Surface Science 249, 362-366 (2005)

キーワード:固体表面、光電子顕微鏡、放射光、紫外線、X線、遷移金属、炭化ケイ素、シリコン、ナノ構造、薄膜
solid surface, photoemission microscopy, synchrotron radiation, ultraviolet light, x-ray, transition metal, silicon carbide, nanostructure, thin film
分類コード:040501

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