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作成: 2005/09/15 伊藤泰男

データ番号   :040314
陽電子利用分析技術
目的      :陽電子を用いた分析技術の一覧
放射線の種別  :陽電子(入射)、消滅ガンマ線・再放出陽電子・オージェ電子(検出)
放射線源    :22Na線源(陽電子消滅:0.4-1MBq、陽電子ビーム:0.4-2GBq)、
         電子加速器(100MeV, 0.1-1mA)、サイクロトロン(10-20MeV)
応用分野    :電子構造、空孔型欠陥、ナノ空孔、表面・表面近傍

概要      :
 陽電子を利用した分析には、陽電子消滅に関わる物理量(陽電子寿命、運動量)から電子構造やナノ空間構造などの情報を用いるもの、消滅した結果放出される二次粒子を用いるもの、再放出または反射・回折される陽電子を用いるものなどがあり、それぞれに適した陽電子源(陽電子エネルギー、強度)と測定法がある。

詳細説明    :
 陽電子が物質に注入されると、物質中の電子と対消滅して、多くの場合電子の静止質量meに等しいエネルギー(mec2=0.511MeV)を持った2つのγ線を放出する。陽電子が消滅する速さ(寿命の逆数)は、陽電子がいる場所の局所的な電子密度に比例する。また消滅前の運動量のために、2つのγ線のなす角θ2γ=pZ/mecは180度反対方向から数ミリラジアン程度の角度ずれ(角相関)、消滅γ線のエネルギーEγもmec2からcpx/2〜数KeVの程度ずれる(ドップラー効果)。
 したがって陽電子消滅の標準的な研究手法は、陽電子寿命(PAL: Positron Annihilation Lifetime)によって局所的な電子密度を測定し、角相関(ACAR: Angular Correlation of Annihilation Radiation)またはドップラー幅(DBPA: Doppler Broadening of Positron Annihilation)によって局所的な電子運動量を測定することである。陽電子が結晶中にあって消滅すると角相関によって測定されるのは電子の運動量であるが、陽イオン欠陥や空孔があると陽電子はそこに捕捉されて、陽電子寿命がより長くかつ運動量がより小さくなる。このことを用いて空孔型の欠陥を感度高くプローブする手段となる((040204)Si中の単一原子空孔(040206)金属中のボイド(040207)Al中のHeバブル)。
 絶縁材料の中ではe+は電子と結合してポジトロニウム (Ps= e+e-) と呼ばれる中性の粒子を作ることができるが、e+とe-のスピンが反平行になって結合したパラ-ポジトロニウム(p-Ps)と平行で結合したオルト-ポジトロニウム(o-Ps)が1:3の割合で生成する。p-Psは0.125nsecの短い寿命で2光子消滅する。o-Ps自体の寿命は142nsecと長くかつ3光子消滅するが、物質中では原子・分子と衝突を繰り返す間に分子内の電子とe+が2光子消滅する。このような消滅の仕方はpick-off消滅と呼ばれているが、Psの周囲の電子密度が大きいほどpick-offしやすく、寿命が短くなる。Psは分子間の隙間に入り込み、その隙間が小さいほどpick-off消滅しやすい。このことを用いて原子サイズの空孔あるいは自由空間をプローブすることができる。
 陽電子消滅実験のための陽電子源として、0.37MBq程度の22Naが最も多く用いられるが、寿命と運動量の相関測定(AMOC: Age Momentum Correlation)やCDB(Coincidence Doppler Broadening)などの複合測定では計数率を高めるためにより強い線源を用いる。RIから放出される陽電子をそのまま用いる場合には、4π方向に出てくる陽電子を2つの試料でサンドイッチ状に挟むか(図1A)、試料と反対側に出る陽電子を検出器から遮蔽するなどの工夫がされる(図1B)。
 (170004)陽電子をビームにして利用する技術も開発されている(図1C)。これは、高エネルギーの陽電子を物質中で減速させてから再放出させる方法で、エネルギーと方向の揃った低速陽電子ビームとし、材料への陽電子の注入深さを制御することができる((040132)RIを用いた低速用電子発生(040154)各種のRI, (040155)ビームシステム)。この場合長寿命のRIが用いられることが多いが、サイクロトロンで寿命の短い陽電子崩壊性RIを用いてオンラインで低速陽電子ビームを得る方法もある((040125)諸ターゲット(040127)Alターゲット(170005)F-18)。


図1 陽電子を試料に打ち込む方法
A) 薄い箔で包んだ陽電子源を2つの同じ試料でサンドイッチにすることによって、4π方向に出る陽電子を全て利用する。
B) 線源を試料を離して置き、試料の無い側の陽電子と消滅γ線を遮蔽する。
C) 陽電子をビームにして試料に打ち込む。


 低速陽電子ビームによって欠陥や密度の深さ方向分布を測定することが広く行われている(Depth profiling)。また陽電子を表面に注入すれば、陽電子が表面を好む性質と相まって、(170002)陽電子消滅が誘起したオージェ電子分光や表面吸着分子の選択的な離脱を観察することができる。高速の陽電子ビームを表面すれすれの角度で入射させて反射像を得る(170007)反射高速陽電子線回折(RHEPD: Reflection high energy positron diffraction)は日本で最初に成功した技術である。
 このような低速陽電子源を静電加速器のイオン化室に置けば、高エネルギーの陽電子ビームが得られる。これによって高計数率の陽電子寿命測定やAMOCが行われている他、陽電子チャンネリング研究への可能性も拓ける。
 100MeV程度の電子リニアックを用いて電子→制動放射→対生成を経て低速陽電子ビームを作ることができる((040126)概説,(170005)ターゲット技術)。これは強度が大きいので、ビーム工学的な処理を加えて規則的な短パルスビームにして計数率を飛躍的に高めることができる((170010)概説(170012)応用(170018)開発)。また、ns程度の時間幅の陽電子ビームを表面近傍に注入し、Psになって再放出してくるもののエネルギーを測定するPs-TOF測定は、Psの形成機構を研究する手段であるが、表面解析の新しい手法となる可能性も秘めている。
 以上のように、陽電子のエネルギー、強度、測定する事象などの組み合わせで、陽電子を用いた分析法は多様である。それらの関係を、簡単に表1にまとめる。個別の測定法や得られる情報は該当するデータベース要素を参照して欲しい。なお、測定法の概念を図2に示す。(→(040128)大強度陽電子発生技術(040129)陽電子利用施設(170003)偏極陽電子ビーム(170020)アモルファスシリコン(040131)陽電子顕微鏡


表1 陽電子利用分析で用いられる陽電子のエネルギー・強度・線源と、測定法、および得られる情報の関係

陽電子

測定

情報

エネルギー

強度

線源

陽電子・試料

単現象測定

複合測定

 

白色

0〜0.5MeV連続

平均0.3MeV

低強度

〜0.37MBq

22Na, 68Ge

放射状DC

(サンドイッチ)

PAL

DBPA

 

欠陥解析

空孔解析

中強度

〜1.85MBq

22Na, 68Ge

 

CDB

AMOC

ポジトロニウム化学

高強度

〜1GBq

22Na, 68Ge, 64Cu,

イオンビーム

放射状DC

(片面)

1D-ACAR

2D-ACAR

(AMOC)

電子運動量

単色

高エネルギー

1-3 MeV

低強度

104〜105

slow e+/s

低速陽電子源

+静電加速器

DCビーム

PAL

AMOC

欠陥解析

ポジトロニウム化学

低速陽電子

エネルギー可変

0〜30keV

22Na 0.37〜1.85GBq

低速化

DBPA

Desorption

 

Depth Profiling

短パルスビーム

PAL

Auger電子

高強度

108〜1010

slow e+/s

電子Linac(100MeV)

電子対生成

低速化

 

LEPD

RHEPD

陽電子顕微鏡

 

最表面

パルスビーム(ns)

Ps-TOF

 

ポジトロニウム形成




図2 陽電子消滅の主な測定法
上から寿命測定(PAL)、二光子角相関(ACAR)、ドップラー幅測定(DBPA)、寿命・運動量相関測定(AMOC)。
  SD:  シンチレーション検出器
  D:   γ線検出器(図のようにスリットを持っているか、あるいは位置敏感型)
  SSD:  Ge半導体γ線検出器
  2D-MCA:二次元多重波高分析器
PAL, 1D-ACAR, 1D-DBPA, AMOCについてスペクトル例を付してある。CDBはCoincidence DBPA の略。(原論文1より引用)



コメント    :
 陽電子消滅を用いて格子欠陥やナノ空孔をプローブすることは、他に直接的な手法がないため、陽電子ならではの手法である。0.37MBq程度以下の22Naを用いる在来法は測定器も簡素かつ安定である。規制対象下限値の国際標準取り入れ後は、1MBqまでの22Naは規制外になるので、一般での利用が拡がる可能性がある。
 陽電子ビームを用いると、測定の効率が高まり、複合測定が可能になり、また陽電子消滅が誘起するオージェ電子や脱離現象などの新しい可能性が拓けるが、管理区域あるいは加速器施設で行う必要がある。日本は陽電子研究者の人口が多いので、共通の陽電子研究施設が作られると、陽電子利用分析は飛躍的に発展させる力を秘めている。

原論文1 Data source 1:
陽電子の利用
伊藤泰男
東京大学・原子力研究総合センター
Radioisotopes, 50, 13S-26S (2001)

キーワード:陽電子科学、陽電子消滅、ポジトロン、ポジトロニウム、陽電子ビーム、陽電子寿命、ドップラー幅、消滅ガンマ線、深さプロファイリング、陽電子消滅誘起分光
positron science, positron annihilation, positron, positronium, positron beam, positron lifetime, Doppler broadening, annihilation gamma-ray, depth profiling, positron annihilation induced spectroscopy
分類コード:040598, 040102, 040203, 040501, 040503

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