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作成: 2005/9/30 酒井陽一

データ番号   :040310
B(ホウ素)の中性子捕獲反応に伴う即発γ線のドップラー広がりを利用する分析
目的      :新奇な放射化利用状態分析法の開発
放射線の種別  :中性子(入射)、γ線(検出)
放射線源    :原子炉
フルエンス(率):6.5 x 107/(cm2s)
利用施設名   :日本原子力研究所3号炉中性子ビームガイド
照射条件    :室温照射
応用分野    :分析化学、放射化学、放射線化学

概要      :
 中性子誘起即発γ線分析では,原子核反応を起こさせ,原子核の励起状態から放出されるγ線を分光測定する。γ線のエネルギー,線形,線幅は,通常は試料の状態に影響を受けない。ところが,ホウ素の分析線として利用される478keV-γ線は例外である。γ線のドップラー広がり効果が観測され,広がりの程度が試料の化学的・物理的状態に依存するという珍しいケースである。このドップラー広がりについて述べる。

詳細説明    :
 中性子誘起即発γ線による放射化分析にはいくつかの特長があるが,ホウ素の高感度定量分析は,そのひとつである。10B(n,α)7*Li反応で生成する7*Liからの478keVの即発γ線が分析線とされる(図1)。この即発γ線は日本原子力研究所のJRR-3MのPGA装置で、インビーム測定することができる。7*Li は(n,α)反応による初期反跳エネルギー840keVを付与され、そして0.105psという短寿命であるため、運動しながら478keV-即発γ線を放出することになる。そのため、この478keV即発γ線はドップラー広がりをもって測定される。7*Liは物質中で減速するので、減速の程度に応じて、ドップラー広がりの大きさ、形も変わる。


図1 7*Liの生成と壊変のスキーム(原論文1より引用)

 図2に酒井らの測定した7*Liの478keV-即発γ線ドップラー広がり線形を示す(原論文1)。上から1.2atmの気体の三フッ化ホウ素(BF3),4.0wt%の濃度のホウ酸(H3BO3)水溶液,単体ホウ素(B)を試料とした測定結果である。最下段の線形は,同じ条件で測定した23Naが中性子捕獲したときに生成する24Naから放出される473keV-γ線のものである。24Naの運動エネルギーは無視できるほど小さいので,事実上静止している24Naから,473keV-γ線は放出される。ドップラー広がり効果はまったく含まれない。ガウス関数型の小さい広がりは測定系の分解能によるものである。7*Liの478keV-即発γ線線形は,24Naのγ線に比べて,線幅は大きく線形も異なっている。さらに試料の物理化学的状態に依存して線形が大きく変化することも観測されている。


図2 ホウ素試料における7*Liの478keV-即発γ線のドップラー広がり線形(a, b, c: E0=478keV)と参照線形(d: E0=473keV): a: 三フッ化ホウ素(BF3)(気体、1.2atm), b:ホウ酸(H3BO3)水溶液(4.0wt%), c: ホウ素(B)、d: 無水炭酸ナトリウム(Na2CO3)における24Naからの473keV-γ線線形(静止した24Naから放出されるγ線が放出される(ドップラー広がりなし)) (原論文1より引用)

 7*Liは寿命内で周囲の原子との相互作用で減速する。7*Liの運動エネルギー領域では,減速は式(1)で十分高い精度で再現できることがわかっている(原論文1)。
 
 v(t) = v0 exp(-Dt)     (1)
 
この前提で得られるドップラー広がり線形g(E)は、次の(2)式で示される。
 
 g(E) = cN0/(2E0v0)[λ/(λ-D)]{1-[c|E-E0|/(E0v0)](λ―D)/D)}    (2)
 
c, E0, v0, λは、それぞれ、光速度、即発γ線ピークエネルギー(=478keV)、7*Liの初速度(=4.6x106m/s)、7*Liの壊変定数(=9.49x1012s-1)であり、すべて定数である。N0は試料中のホウ素原子の数に比例する規格化定数である。N0はスペクトル強度から求められ、ホウ素の定量値につながる。一方、ドップラー広がり線形のパラメータDは減速定数と名づけられた。Dは7*Liの物質中での減速の時定数の逆数という物理学的意味をもつ。Dは7*Liを減速させる物質に特有な定数である。なぜなら、Dは、7*Liが、その一生(寿命0.1ps)の間に出会う、原子の密度と種類に依存するからである。Dは原子の密度が大きいほど、また原子番号が大きいほど、大きい値になる。このことから、7*Liは、物質の上述の情報をドップラー広がり、すなわちD値を通して、我々にもたらす。
 式(2)には測定系の応答関数であるガウス関数による広がりは含まれていない。実際の測定スペクトル線形のフィッティング関数として用いるときは,式(2)をガウス関数に畳み込み,バックグランド寄与による関数を付け加えたものが使われる。図2のスペクトルのフィッティング解析から得られたD値は、それぞれ、<0.02x1012, 1.1x1012, 2.54x1012 s-1であった(原論文1)。
 本手法は、ホウ素が10ppm以上含まれれば適用できるので、生体にとって必須微量元素であるホウ素の存在状態の研究に応用できる。大豆の種子中に含まれるホウ素について、発芽前にはホウ酸結晶のD値に近いが、発芽期には水分によってホウ酸水溶液のD値に近くなるという予想された結果が得られたが(原論文1、2)、生長期の葉については、このような説明が不可能な大きな値が得られている(原論文2)。

コメント    :
 中性子誘起即発γ線のドップラー広がりが観測されているのは、ここで紹介した10B(n,α)7*Li反応による478keVγ線のみである。しかし、ガンマ線測定のエネルギー分解能の飛躍的向上によって、ドップラー広がりが観測できる系が増加する可能性はある。
 本法によって得られた各種ホウ素化合物、ホウ素含有合金、ホウ素薄膜を各種化合物に接触させた系で観測されたD値は理論的なD値とは必ずしも一致しない。この違いは運動するイオンと物質との相互作用における化学的効果を反映している可能性があり、今後の研究が待たれる。

原論文1 Data source 1:
中性子誘起即発γ線のドップラー広がりを利用した分析
酒井陽一
大同工業大学
ぶんせき、2004年1号、19-24

原論文2 Data source 2:
Biological application of Doppler broadening of neutron-induced prompt gamma-ray from energetic 7*Li
Y. Sakai, M.K.Kubo*, H. Matsue**, and C. Yonezawa**
Daido Institute of Technology
*International Christian University
**Japan Atomic Energy Research Institute (Tokai)
J. Radioanal. Nucl. Chem. 265, 287-290 (2005)

キーワード:ホウ素、中性子捕獲反応、反跳エネルギー、即発γ線、ドップラー広がり、インビーム測定、原子炉ビームガイド、減速定数
boron, neutron-capture reaction, recoil energy, prompt γ-ray, Doppler broadening,in-beam measurement, reactor beam-guide, degradation constant
分類コード:040103

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