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作成: 2007/03/02 廣田和馬

データ番号   :040306
中性子散乱法による物性研究
目的      :中性子の弾性・非弾性散乱を利用した物質構造の解析
放射線の種別  :中性子
放射線源    :原子炉(5〜60 MW)、陽子加速器による重元素破砕(1〜3 GeV, 0.1〜0.3 mA)
フルエンス(率):1014〜1015 n/cm2・s
利用施設名   :日本原子力研究開発機構 JRR-3
日本原子力研究開発機構/高エネルギー加速器研究機構 J-PARC
京都大学原子炉実験所 KURRI
応用分野    :物性物理学、材料科学、地球科学、生物科学

概要      :
中性子散乱とは、原子炉や加速器から得られる数から数十meVの中性子線を対象物質に照射し、散乱過程における中性子の運動量とエネルギーの変化から、物質を構成する原子の原子核や核・電子スピンの空間配列・集団運動を測定する方法である。X線と比べ、散乱能が原子番号によらない・透過力が高い・非弾性散乱や磁気散乱が容易・粒子線エネルギーが6桁ほど低い等の特徴をもつ。ここでは物性研究における中性子散乱を概観する。

詳細説明    :
研究用原子炉から得られる熱中性子は、波長にして1〜2Å程度、エネルギーにして20〜40meV程度である。このような中性子が物質にあたると散乱現象が起きる。例えば結晶の場合、格子間隔が波長と同程度であるため、中性子線に対する回折格子の役割を果たす。回折現象はX線や電子線でも起きるが、特に中性子線の場合は以下のような特徴がある。

電荷0:中性子は原子核で散乱される。散乱能が原子番号に依存しないため、軽元素からの情報を得やすい。また、透過距離が長いため、物質全体から散乱される(バルク性)。

磁気散乱:中性子はスピン1/2を持ち物質中の磁気モーメントによっても散乱される。その散乱能は核散乱と同程度であるため、磁気構造の研究が容易である。

波長とエネルギー:回折現象を示す中性子のエネルギーは物質内で授受されるエネルギーと同程度である。非弾性散乱過程での中性子の運動量とエネルギーの増減から、物質を構成する粒子の集団運動(素励起:格子振動やスピン波など)の分散関係が得られる。

以下では、中性子散乱の理論を簡単に説明した後、測定原理について解説し、最後に具体的な研究例をあげることにする。

(1)中性子散乱の理論的記述
散乱過程において、波数ベクトルとエネルギーωの変化をした中性子の散乱強度I(,ω)は、物質の構成粒子の対相関関数(r,t)を時空間フーリエ変換した散乱関数(,ω)と直接関連づけることができる。対相関関数を時間に依存しない平均値(r)とそこからのゆらぎδG(r,t)に分けることができる。



ここで第1項は平衡状態の密度分布、すなわち「物質の構造」に対応する。第2項は平衡状態からの揺らぎの相関、つまり対応する外場に対する応答であるから、「物質の性質」と関連している。つまり中性子では、「原子がどこにあるか(回折)」と「原子が何をしているか(散乱)」を観測することができる。

(2) 非弾性中性子散乱の手法
中性子散乱では、入射中性子と散乱中性子の波数ベクトルkikfを決めることによって、散乱過程でのエネルギーと運動量変化を、次のように決めることができる。



実際の測定では、結晶による回折を利用するか(角度分散法)、またはパルス状に単色化された中性子の散乱過程における飛行時間を測定するか(Time of Flight - TOF法)、もしくはそれらの組み合わせのいずれかとなる。角度分散法の代表例である3軸型分光器では、図1に示すように、Bragg則2dsinθ=λ(もしくは2ksinθ=)を利用し、モノクロメーター結晶によって中性子を単色化し、ある散乱角の中性子の波数をアナライザー結晶によって測定する。TOF法では、図2に示すように、まずチョッパーと呼ばれる回転体で中性子を単色化し、試料で散乱され、最後に検出器で捕捉されて散乱角と飛行時間が決定される。中性子散乱に用いられる熱中性子の速度は毎秒数km程度しかないので、数mの飛行距離があれば十分な時間精度を得ることができる。

(3) 弾性散乱(中性子回折)の手法
物質の時間平均構造を研究する場合、波数ベクトルkikfとの大きさが等しくなる散乱過程に着目する。実際の測定では、ある散乱角の中性子をアナライザーによって分解せずに全て積算することが多いが、これを「エネルギー積分」という。エネルギー積分された散乱関数()は、対相関関数としては中性子エネルギーの逆数の程度(〜109 s)で見た「ある瞬間の構造(snapshot)」に対応しているため、厳密には時間平均構造とは異なる。このような装置としては、検出器を多数並べた粉末構造回折装置やチョッパーによる単色化と2次元検出器を組み合わせた小角散乱装置などが存在する。

(4) 研究分野
中性子散乱で研究される物質は「ソフトマター」と「ハードマター」の2つに大別される。ソフトマターは、C, H, O, N, S, Pなどの元素からなる化合物や材料で、ポリエチレンなどの高分子、コンタクトレンズに用いられるゲル、化粧品のように油が水に分散したエマルジョンと呼ばれる状態など、人間が生活する環境で様々な機能を発揮する。その特徴の多くはソフトマターのナノ構造に由来しており、軽元素よる散乱を高感度で測定する中性子散乱の主要な研究分野となっている。また、材料の物性に強く関わる「分子の運動」は、ほぼ同程度のエネルギーをもつ中性子の非弾性散乱や準弾性散乱によって研究することが可能であり、最近はバイオサイエンスの分野にも研究範囲が拡大している。一方、ハードマターは身近にある金属や酸化物など、規則正しく並んだ原子から構成された物質群(結晶)であり、100種類以上の元素と無数の結晶構造によって、超伝導体、強磁性体、誘電体などの様々な性質を示す。ハードマターの物性は、結晶構造やそれを構成する原子の集団運動によって決定されるため、中性子弾性散乱と非弾性散乱は必要不可欠な研究手段となっている。ソフトマターとハードマターの中間に位置するものとしては、ガラスやアモルファスなどがあり、これらも重要な研究分野を形成している。

参考資料1 Reference 1:
結晶解析ハンドブック
日本結晶学会「結晶解析ハンドブック」編集委員会
共立出版株式会社、1999

キーワード:中性子、ブラッグ則、核散乱、磁気散乱、非弾性散乱、研究用原子炉、核破砕、飛行時間法、物性科学
neutron, Bragg law, nuclear scattering, magnetic scattering, inelastic scattering, research reactor, nuclear spallation, time of flight, materials science
分類コード:040598

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