PIXE分析のための「無標準法」の開発と多種・微少・無調製試料分析への応用

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作成： 2005/3/23 世良　耕一郎データ番号　　　：040305 PIXE分析のための「無標準法」の開発と多種・微少・無調製試料分析への応用目的　　　　　　：1mg以下の微小量試料などをそのままPIXE分析を行うための定量法の開発放射線の種別　　：陽子（入射）、エックス線（検出）放射線源　　　　：医療用小型サイクロトロン（H₂⁺ 8.3MeV）利用施設名　　　：(社)日本アイソトープ協会仁科記念サイクロトロンセンター照射条件　　　　：真空中応用分野　　　　：生命科学，環境科学，地球科学概要　　　　　　：　PIXE法は、極微少量の試料中の原子番号が11(Na)以上の元素を同時に短時間で高精度に分析でき、しかも極めて高い感度を有しており、特に生命科学・環境科学分野においては重要な役割を果たしている。しかし、従来、1mg以下の微少試料や無調製試料の定量分析は困難であったため、応用範囲が限定されていた。そこで、連続X線の収量を利用する「無標準法」が開発され、1mg以下、1μl以下の臨床検体などの超微少試料に対し定量分析が可能となった。本法は複雑な試料調製が不要であるため、それに伴う種々の誤差要因を排除でき、精度・再現性に優れている。また多数の試料を効率良く分析できるため、「有害元素による広域的な環境汚染に伴う人体への暴露評価」に関する複数の国際的研究にも応用され、成果が得られている。詳細説明　　　　：　PIXE法は現在我国においては30を超える施設で実施されている。応用分野も自然科学のみならず、考古学、文化財保護学なども含む様々な研究分野に及んでいる。PIXE法は、　　①全元素を同時に短時間で分析できる、　　②全元素に対して高感度である、　　③分析試料の化学的処理が不要である、　　④超微少の試料にも適用できる、　　⑤非破壊分析や生物を生かしたまま分析できる、等他の手法には無い多くの特徴を有している。また近年、μmサイズのビームを走査するマイクロビームPIXEも広く行われるようになり、一つの細胞中での元素の分布を調べることも可能となった。　しかし、様々な組成の試料に適用できる定量方法が確立されている施設は少ない。一般に、PIXE法では定量目的元素以外の元素を試料に一定量添加し、その元素からの特性Ｘ線と定量目的元素からのそれの比で定量する内部標準法が利用されている。しかし、内部標準を均一に加えることが難しい試料、例えば極めて微少な試料や破壊することが許されない試料に対しては、この定量法を適用することは難しい。そこで、連続X線の収量を利用した「無標準法」が開発され、多くの試料の分析に利用されるようになった。　　無標準法の原理を微少臨床検体試料について図1に示す（原論文１）。分析試料中に存在する「指標元素」（図1における血清試料の場合はK）を指定し、斜線で示した連続X線の全収量に対する指標元素ピーク収量の比をパラメータにとり、指標元素濃度の絶対値が求められる。さらにそれを内部標準として、他の元素の定量値を求めることになる。　図1　 Principle of the standard-free method for a serum sample. The yield of continuous X-rays corresponding the shadowed portion in the spectrum is used after subtracting X-ray peaks in the region. Potassium was designated as the index element.(原論文１参照) 　　無標準法は、超微少量生物試料に応用例された（原論文２）。図２は、1μl以下の微少血清試料中のCa濃度の無標準法による定量値と、同一の多量試料（～500μl）に対し内部標準法によって定量した結果と比較したものであるが、両者はよく一致している。無標準法を使うと試料が僅かで済み、試料の調製も不要で、しかも内部標準法と同等の精度を与えることが分かる。また、内部標準法のように試料処理に熟練を要しないという特徴もある。現在、本法はマウスからの連続採血時の血清試料、生検により採取された微少臨床検体、培養細胞などの分析に広く応用されている。図2　 Comparison of calcium concentrations in 24 human serum samples of less than 1 μl obtained by the standard-free method and the internal-standard method.(原論文２参照) 　　PIXEの特徴の一つは、試料の組成に依存せず、いかなる形状の試料の分析にも適用できる点にあるが、実際に定量するうえでは試料の均一性が必要条件であった。しかし、試料によっては均一にするのが困難な場合も多い。たとえば毛髪試料は、環境汚染による人体への暴露評価の際に必ず分析されるものである。しかし、毛髪試料にPIXE法を適用するにはこれまで濃硝酸で分解する方法がとられてきたが、多量の毛髪を必要とし、分解も不完全となる場合が多く、分析結果のばらつきの原因となってきた。また、分解する際に、塩素、臭素、ヨウ素等が揮発して失われるため、これらの元素の分析が不可能であった。　水銀汚染による健康被害は「水俣病」として世界的に関心が寄せられたが、現在でも「小規模金鉱山」において金の分離に用いられており、汚染を把握するうえで毛髪分析が不可欠とされている。しかし、濃硝酸による試料処理を行うと揮散するためPIXEでの定量が行えなくなる。　　このため無標準法が毛髪試料の分析に適用された（原論文３）。図3に、本法により分析が行われた日本人毛髪250人分26元素の分析結果を示す。毛髪試料はそのままホルダーに貼り付けられ、直接ビームで照射される。指標元素として指定された亜鉛濃度は一桁以上のばらつきを示しているが、主元素である硫黄濃度が日本人の平均値とされる4.4重量％の前後に集中し、精度の良い分析が行われたことが確認できる。本法は、これまでフィリピン、モンゴルの小規模金鉱山における水銀汚染問題、中国における砒素・フッ素汚染問題、バングラデッシュにおける砒素汚染問題などの多くの国際研究プロジェクトに応用されてきた。これらの調査研究の一つの特徴は試料数の多さであり、一回の調査で1000に近い試料採取が行われることも珍しくない。本法の適用により試料調製の手間は従来の数百分の一に軽減され、一日に百検体以上の分析を行うことも可能となった。このため現在本法は、これらの調査研究に不可欠な手段となっている。図3　 Concentration of 26 elements in hair samples taken from 250 Japanese persons obtained by the present method.(原論文３参照) 　　無標準法は無調製爪試料の定量分析にも応用された（原論文4）。図4にその照射方法を示す。さらに本法は、無調製の尿、唾液、汗、涙、鼻汁、髄液等の体液試料分析に応用され、多量採取が困難な試料の定量分析が可能となった。血液を含めたこれらの体液試料は、毛髪と並び有害元素の体内暴露に関する重要な情報をもたらすものであり、さらに必須元素の体内濃度の観点からも注目される。尿試料分析は、特に砒素の暴露評価に重要であり、上記の国際研究において広く分析が行われている。これらは大量の採取が可能であるが、現地からの輸送が難しいため、多数試料の分析が困難であった。本法を用いれば、一滴の試料をバッキング上に滴下する操作のみで現地でのターゲット作成が可能となり、今後砒素の暴露評価研究に強力な手段となることが期待される。図4　陽子ビーム照射用爪試料爪試料は先端を尖らし、2枚の粘着テープでターゲットホルダーに固定され、薄い先端部分のみが陽子ビームで照射される（原論文４参照）。コメント　　　　：　多元素同時短時間分析が可能なPIXE法は多くの長所を持つが、定量値を得るための標準法を適用する場合には、試料の量、性状に制約があった。本「無標準法」の開発により超微少試料の定量分析が可能となり、生検などで採取された臨床検体、小動物の臓器などの定量分析が可能となった。また、無調製試料への応用により試料調製の過程が大きく簡略化され、さらに熟練度に依存せずに満足すべき精度・再現性が得られることが確認された。本法は医学・生物学・環境科学等の多分野において広く用いられ、既に1万試料以上の分析が行われている。現在、(社)日本アイソトープ協会仁科記念サイクロトロンセンターにおいては、本法を含めたいくつかの方法の開発（外部標準法、粉末内部標準法等）により、全ての試料の定量分析が可能となっている。原論文１ Data source 1： Standard-free Method of Quantitative Analysis for Bio-samples. K. Sera, S. Futatsugawa^*, K. Matsuda^*^* and Y. Miura^*^*^* Cyclotron Research Center, Iwate Medical University ^*Takizawa Laboratory, Japan Radioisotope Association ^*^* Department of Hygiene and Public Health, School of Medicine, Iwate Medical University ^*^*^* Department of Clinical Pathology, School of Medicine, Iwate Medical University Int'l Journal of PIXE, 6, 467-481 (1996) 原論文２ Data source 2： Quantitative Analysis of Bio-medical Samples of Very Small Quantities by the Standard-free Method. K. Sera, S. Futatsugawa^*, S. Hatakeyama^*, Y. Saitoh^* and K. Matsuda^*^* Cyclotron Research Center, Iwate Medical University ^*Takizawa Laboratory, Japan Radioisotope Association ^*^* Department of Hygiene and Public Health, School of Medicine, Iwate Medical University Int'l Journal of PIXE, 7, 157-169 (1997) 原論文３ Data source 3： Quantitative Analysis of Untreated Bio-samples. K. Sera, S. Futatsugawa^* and K. Matsuda^*^* Cyclotron Research Center, Iwate Medical University ^*Takizawa Laboratory, Japan Radioisotope Association ^*^* Department of Hygiene and Public Health, School of Medicine, Iwate Medical University Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 150, 226-233 (1999) 原論文４ Data source 4： Quantitative Analysis of Untreated Human Nails for Monitoring Human Exposure to Heavy Metals. K. Sera, S. Futatsugawa*, Y. Miura^*^*, S. Murao^*^*^* and E. Clemente^*^*^*^* Cyclotron research center, Iwate medical university ^*Takizawa Laboratory, Japan Radioisotope Association ^*^* Department of Clinical Pathology, School of Medicine, Iwate Medical University ^*^*^* Institute for Geo-Resource and Environment, AIST ^*^*^*^* Department of Mining, Metallurgical and Materials Engineering, University of the Philippines Int'l Journal of PIXE, 12, 125-136 (2002) キーワード：PIXE分析，定量分析，無標準，微少量，無調製，臨床検体，有害元素, 人体暴露 PIXE analysis, quantitative analysis, standard-free, small quantity, untreated, clinical samples, toxic elements, human exposure 分類コード：040101
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