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作成: 2005/02/03 岸本俊二

データ番号   :040304
固体アバランシェ検出器の原理
目的      :X線、電子線などの高感度、高速、高時間分解能測定
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子
照射条件    :大気から高真空、常温からドライアイス温度
応用分野    :X線構造解析、材料評価、放射光メスバウアー測定

概要      :
 X線など放射線入射によって半導体内部に生じた電荷をさらに増幅し感度を高める素子を使った検出器が開発されている。その内部増幅作用を利用してX線や電子線の高速検出器、また光電子増倍管に替わる固体光センサーとしてシンチレータと組み合せてガンマ線検出器に応用されている。もっとも利用されているシリコン・アバランシェフォトダイオードを例にその放射線検出の原理と応用例を示す。

詳細説明    :
 固体アバランシェ検出器は、強い電界を作って固体(半導体)内で電荷増幅を行わせることにより、大きな信号出力を得るものである。「アバランシェ(なだれ)」とは、固体内で発生した電荷(電子またはホール)が結晶格子を作る原子に衝突して電離をつぎつぎと起こして電荷が増幅される様子のことをいう。シリコン・アバランシェフォトダイオード(Si-APD)を用いたX線検出器を例に放射線検出器としての原理と特徴について説明する。
 
 図1にSi-APD(リーチスルー型)のp型、n型不純物層からなる構造を示す(参考資料1)。逆バイアス電圧(VR)がp-n+接合部のn+側が正の電位となるように加えられ、電荷が自由に移動できる空乏層が接合部から反対側のp+層に達するように設計される。X線を直接検出する場合は通常、接合部とは反対側のp+側からX線を入射する。光電子などによって電子-ホール対が電荷キャリアとしてπ(p-)層内に生成する。電荷キャリアは逆バイアス電圧の印加によってできた電場によって移動する。このときシリコン中を電荷キャリアが移動する速度は電子の場合、電界強度が4×104V/cmあたりで飽和し1×107cm/sに達する。100μm移動するのに1nsかかる計算である。ホールの移動速度は電子より遅いが、1気圧の気体中の陽イオンと比べると最大移動速度は1000倍程速い。電子は接合部へ到達すると急に変化するポテンシャル勾配によって形成された強い電場(>2×105V/cm)によって加速され衝突電離を起こし内部増幅を行う。シリコンではホールの衝突電離確率が電子の場合より数十分の1と小さいため電子によるなだれ増倍がメインの現象で、増倍に要する時間は数10psである。内部増幅度は印加する逆バイアス電圧によって変化し、温度にも依存する。通常は数10-100程度で使用する。このとき印加電圧は空乏化させる層の厚みに比例して必要で、100-600V程度になる。


図1  シリコン・アバランシェフォトダイオード(リーチスルー型)の構造(参考資料1より引用)

 低エネルギー放射線の高速パルス検出にAPDの内部増幅作用を生かすことができる。広帯域高速増幅器(増幅度100以上)をSi-APDにつないで出力電流の電圧変換を行えば、X線1光子による信号を波高数10mV以上の高速電圧パルスとして観測しうる。ところが増幅作用を持たないフォトダイオードでは電荷量が不足してノイズに埋もれパルスは観測できない。しかもSi-APDの出力パルスは、固体内での電荷移動の高速性を反映して立ち上がり時間はサブナノ秒、パルス幅は素子の電気容量(数pFから数10pF)や配線方法で変化するがベースライン上で数ナノ秒に抑えられる。ナノ秒幅の高速パルス出力は、放射光X線を使うX線回折(精密構造解析など)での高計数率(最大計数率108s-1)測定へ応用されている(原論文1)。図2に8.05keVと16.53keVのX線に対する測定例を示す。1素子あたりのバックグラウンドレベルは10-2 s-1程度なので計数率ダイナミックレンジは10桁に及ぶ。また放射光メスバウアー時間分光実験などサブナノ秒時間分解能を必要とする光子タイミング検出にも利用される(原論文2)。


図2  Behavior of the output count rate as a function of the input photon rate for (a) 8.05-keV and (b) 16.53-keV X-rays. The closed circles show the output rates for the sum of stacked 4-APDs and the open circles are for the output rates of the top APD. The solid and the dashed curves are given by a counting model.
(原論文1より引用。 Reprinted by permission of American Institute of Physics from: S. Kishimoto, N. Ishizawa and T.P. Vaalsta. A fast detector using stacked avalanche photodiodes for x-ray diffraction experiments with synchrotron radiation. Rev. Sci. Instr., 69, 384-391 (1998). Figure 8)

 X線をSi-APDで直接検出する場合、検出効率は主に空乏層の厚みで決まる。π層を厚く作ってすべて空乏化できるような高い逆バイアス電圧が印加できれば、X線に対する検出効率は大きくなる。数μmから150μm程度の空乏層を持つSi-APDが入手できる。X線タイミング検出に使う場合は、X線が電荷キャリアを生成した場所からp-n+接合へドリフトする時間差がタイミング揺らぎ(幅)となるので空乏層が厚いほど時間分解能は悪くなる。X線ビームが透過できるように表面不感層を薄く作った透過型Si-APD複数個を積層させれば時間分解能を落とさずに検出効率を高められる。

表1  4枚のSi-APDからなる積層型検出器の固有検出効率(入射X線エネルギー:8.05keV、16.53keVの場合)。 チャンネル1側からX線を入射した。各Si-APDの有感部厚みは約130μmである。(参考資料1より引用)
Channel
i
εi
8.05keV 16.53keV
1 0.827 0.186
2 0.118 0.149
3 0.016 0.121
4 0.002 0.093
Sum 0.963 0.549
 Si-APD受光部の形状は数mm径が普通で、不純物濃度を均一に制御できる領域の大きさに制限があるため、あまり大きくできない。受光部面積が大になると同じ厚みなら電気容量が比例して大きくなり、パルス幅が伸びて高速応答特性を損なってしまう。高速応答を保ったまま試料から散乱するX線をなるべく大きな立体角で検出するには、いくつかの素子を平面上に並べるアレイ検出器が有効である(原論文3)。

コメント    :
 固体アバランシェ検出器は放射線によって生じた電荷を高速で収集し素子内部で増幅できることが特徴である。そのためシリコンAPDでは数keVのX線のように電荷量が少ない場合でも広帯域アンプとの組み合わせで1光子によるナノ秒幅の高速パルスが得られサブナノ秒時間分解能や108s-1を超える高計数率までのダイナミックレンジの広い測定が可能となる。X線検出器の中でもっとも速く実用的なものである。実験目的に応じた形状の素子を製作すれば今後もさらに応用範囲は広がる。電子線の高計数率測定にも応用が期待できる。ただし素子面積が小さいため広い面積での検出には素子を2次元配置するアレイ検出器が必要となる。その場合、高速パルス信号を処理する電子回路系の小型化、集積化が重要である。高エネルギー光子の検出効率向上のためには、重元素半導体APDを利用する検出器の開発が期待される。

原論文1 Data source 1:
A fast detector using stacked avalanche photodiodes for x-ray diffraction experiments with synchrotron radiation
S. Kishimoto, N. Ishizawa* and T.P. Vaalsta**
Photon Factory, Institute of Materials Structure Science
*Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology
**Crystallography Centre, University of Western Australia
Rev. Sci. Instr., 69, 384-391 (1998)

原論文2 Data source 2:
High time resolution X-ray measurements with an avalanche photodiode detector
S. Kishimoto
Photon Factory, National Laboratory for High Energy Physics
Rev. Sci. Instr., 63, 824-827 (1992)

原論文3 Data source 3:
Array of avalanche photodiodes as a position-sensitive detector
S. Kishimoto, Y. Yoda*, M.Seto**, Y. Kobayashi**, S. Kitao**, R. Haruki** and T. Harami***
Photon Factory, Institute of Materials Structure Science
*Japan Advanced Synchrotron Radiation Institute
** Research Reactor Institute, Kyoto University.
***Kansai Institute, Japan Atomic Energy and Radiation Institute
Nucl. Instr. and Meth. A, 513, 193-196 (2003)

参考資料1 Reference 1:
高速計測用アバランシェ・フォトダイオードX線検出器の開発
岸本俊二
高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所
放射線、Vol. 24, No.1, 85-95 (1998)

キーワード:なだれ増倍、シリコン・アバランシェフォトダイオード、X線、電子、検出器、核共鳴散乱、X線回折、高計数率、時間分解能
Avalanche multiplication, silicon avalanche photodiode, X-ray, electron, detector, nuclear resonant scattering, X-ray diffraction, high count-rate, time resolution
分類コード:040301

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