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作成: 2005/01/10 河裾厚男

データ番号   :040302
反射高速陽電子回折(RHEPD)法の原理と表面原子構造と熱振動状態の解析
目的      :最表面原子構造と熱振動状態の分離解析
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :22Na線源(370MBq〜3.7GBq)
フルエンス(率):103〜104 e+/ 1mmφ/sec (1.3×105〜1.3×106 e+/cm2/sec)
照射条件    :超高真空(10-6 Pa以下)
応用分野    :表面科学、ナノテクノロジー、ナノサイエンス

概要      :
反射高速陽電子回折(RHEPD)の原理と表面科学研究における評価法としての優位性を解説するとともに、応用例としてSi(111)-7x7再構成表面上のアドアトムの原子位置とデバイ温度(熱振動振幅)の決定について紹介する。

詳細説明    :
 電子の代わりに陽電子を用いる陽電子回折法には、低エネルギー陽電子回折(LEPD, Low Energy Positron Diffraction)と反射高速陽電子回折(RHEPD, Reflection High Energy Positron Diffraction)がある。前者は1970年代の終わりに実証されたもので、主として米国で発展した。陽電子回折強度の解析において、電子の場合では考慮しなければならない交換相互作用が存在しないことから、解析上の労力が低減できる利点が指摘され、金属や化合物半導体表面の構造解析に利用された。1990年になると反射高速電子回折(RHEED, Reflection High Energy Electron Diffraction)において電子の代わりに陽電子を用いるRHEPDでは、陽電子全反射効果や電子の場合に起こらない最低次のブラッグ反射が発現することが理論的に予測された(原論文1)。図1は、動力学回折理論から期待されるSi(111)表面に付随するRHEPDとRHEEDのロッキング曲線であり、これらのことが確認できる。このように、電子回折にはないRHEEDの特徴を活かすことで、表面第一層の原子配置や表面デバイ温度の決定が可能になると期待された。


図1  Theoretical RHEPD and RHEED rocking curves from a bulk-truncated Si(111) surface under the one-beam condition. Incident energy is 10 keV.(原論文1より引用)

上の予想を実証する目的で、東京大学原総センターにおいて、電子リニアックを用いて発生させた高強度陽電子ビームを使ったRHEPD実験が行われた。干渉性の回折図形とロッキング曲線における全反射効果は確認されなかったが、シリコン表面で反射された陽電子ビーム像が初めて得られた(原論文2)。その後、本施設は閉鎖されてしまったが、引き続き日本原子力研究所においてRHEPDのためのビーム開発が進められ、1998年に静電場によって輸送された陽電子ビームを用いて、水素終端されたSi(111)表面に付随する干渉性のRHEPD図形が得られた。また、ロッキング曲線から全反射に起因する強い反射回折強度分布が確認された(原論文3,4)。


図2  RHEPD pattern obtained from a hydrogen-terminated Si(111) surface obtained at the [112] incidence with a positron energy of 20 keV. The glancing angle is approximately 4 degree.(原論文3より引用)

 その後、RHEPDを用いた水素終端Si(111)表面の詳細な実験が行われ、全反射強度分布に特異な吸収ピークが出現することが明らかになった(原論文5)。そのような吸収ピークは、水素終端Si(111)表面に対して期待される原子平坦な表面では、説明できないことが判明した。さらなる解析の結果、原子平坦な単一水素終端面上に三重水素化シリコンが無秩序に分布するモデルによって、説明できることが分かった。即ち、原子平坦であると思われた水素終端Si(111)は一原子層程度の表面ラフネスを伴うものであることが明らかになった。
 
 以上のようにRHEPD法が確立され、その表面研究における優位性が実証されたが、依然実用的なレベルには達していなかった。2004年になって、陽電子ビームの可干渉距離がさらに増長させられ、最も代表的な表面といえるSi(111)-7x7に付随するRHEPD分数次回折図形が初めて観測された。ロッキング曲線の詳しい解析の結果、最表面に位置するアドアトムの結合長が従来考えられていたよりも10%以上大きな値となっていることが判明した(原論文6)。また、回折強度の温度依存性から表面のデバイ温度が290Kと求められた(原論文7)。このデバイ温度から、表面原子の振動エネルギーは約25meV、そして振動振幅は0.14Åとなる。即ち、表面原子の結合はソフト化しており、大きな振動振幅で熱振動していることを示している。一方、このようにして得られた表面デバイ温度は電子回折から得られている値(420K)よりも100K以上小さな値であることが明らかになった。電子回折では電子が内部にも進入するため、表面デバイ温度は真の表面デバイ温度とバルクのデバイ温度(600K)の平均値として求まるため、見かけ上過大評価になってしまう問題点を浮き彫りにしている。


図3  RHEPD pattern obtained from a Si(111)-7x7 surface obtained at the [112] incidence with a positron energy of 10 keV. The glancing angle is approximately 1.5 degree.(原論文6より引用)



図4  Temperature dependences of the RHEPD intensities in various conditions. Solid lines represent the theoretical RHEPD intensities assuming the surface and bulk Debye temperatures of 290K and 600K, respectively.(原論文7より引用)

 
 このように理論的な考察に基づきRHEPDの利点が指摘され、その後の実験によってこれが実証され、現在では各種の表面超構造の構造解析や相転移現象の研究に利用されている。今後も表面融解現象の観測などへの応用が期待される。一方、高速陽電子と物質表面の相互作用については、電子励起効果などに関して依然として未知の部分が残されている。エネルギー損失スペクトル測定などが可能となれば、これらの問題も解決されるものと期待される。

コメント    :
密封陽電子線源を用いた場合の陽電子ビーム強度は、通常の電子ビームのそれよりは劣るものの、実用時間内で測定が可能で安定性も良い。陽電子回折の最も優れた特徴である全反射回折を利用することで、各種の表面超構造の原子立体配置とデバイ温度(熱振動振幅)をバルクの影響なく決定できる。今後、表面の基礎研究に大きく役立てられると思われる。

原論文1 Data source 1:
Reflection High Energy Positron Diffraction
A. Ichimiya
Nagoya University
Solid State Phenomena, 28&29, 143-147 (1992/93)

原論文2 Data source 2:
Intense brightness enhanced positron beam from an electron linac and its application
Y. Itoh, M. Hirose, I. Kanazawa*, O. Sueoka** and S. Takamura***
Tokyo University, *Tokyo Gakugei University, **Yamaguchi University, ***Japan Atomic Energy Research Institute
Materials Science Forum, 105-110, 1893-1896 (1992).

原論文3 Data source 3:
Reflection high-energy positron diffraction from a Si(111) surface
A. Kawasuso and S. Okada
Japan Atomic Energy Research Institute
Phys. Rev. Lett., 81, 2695-2698 (1998)

原論文4 Data source 4:
Development and application of relection high-energy positron diffraction
A. Kawasuso, S. Okada and A. Ichimiya
Japan Atomic Energy Research Institute, Nagoya University
Nucl. Inst. Meth. in Phys. Res. B, 171, 219-230 (2000)

原論文5 Data source 5:
Rocking curves of reflection high-energy positron diffraction from hydrogen-terminated Si(111) surfaces
A. Kawasuso, M. Yoshikawa, K. Kojima, S. Okada and A. Ichimiya
Japan Atomic Energy Research Institute
Phys. Rev., B61, 2102-2106 (2000)

原論文6 Data source 6:
Si(111)-7 x 7 surface probed by reflection high-energy positron diffraction
A. Kawasuso, Y. Fukaya, K. Hayashi, M. Maeakawa, S. Okada and A. Ichimiya
Japan Atomic Energy Research Institute
Phys. Rev., B68, 241313(R) (2003)

原論文7 Data source 7:
Dynamics of adatoms of Si(111)-(7x7) surface studied by reflection high-energy positron diffraction
Y. Fukaya, A. Kawasuso, K. Hayashi and A. Ichimiya
Japan Atomic Energy Research Institute
Phys. Rev., B70, 245422 (2004).

キーワード:反射高速陽電子回折、陽電子、RHEPD、表面、熱振動、デバイ温度
Reflection High-Energy Positron Diffraction, Positron, RHEPD, Surface, Thermal vibration, Debye temperature
分類コード:010502

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