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作成: 05/02/27 石井慶造

データ番号   :040301
PIXEカメラの開発と応用
目的      :PIXE法による試料表面のNaからウランまでの元素分布の画像化
放射線の種別  :陽子(入射)、アルファ線(入射)、エックス線(検出)
フルエンス(率):109/s(陽子、アルファ線)
利用施設名   :日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所シングルエンド加速器
照射条件    :大気中
応用分野    :医学、考古学、環境学

概要      :
 イオンビームを試料上に走査し、試料から発生する特性X線を測定することにより、試料表面の元素の空間分析を行うPIXEカメラが開発された。イオンビームのスポット径を0.1〜0.4mmとした場合には、数cm四方の範囲の分析が可能で、この技術が考古学試料、環境試料、及び植物試料などの元素分析に応用されている。また、ビーム径を1μm程度としたマイクロPIXEカメラは、細胞の内部の元素分布を知ることができ、医学分野で用いられている。

詳細説明    :
 PIXEとは、Particle Induced X-ray Emission(粒子線励起X線)の略である。陽子またはアルファ粒子などの荷電粒子を数MeVに加速して原子に衝突させると、原子に侵入した荷電粒子に、原子内の内殻電子が衝突して弾き飛ばされ、原子から離れていく。すなわち、原子が電離される。この内殻電離断面積は数1000バーンと非常に大きい。この飛ばされた電子が占めていた状態に他の電子が移るとき、X線(特性X線)が発生する。したがって、この過程による特性X線の発生断面積は非常に大きく、微量の元素の検出に利用でき、これを用いた分析方法をPIXE法と呼ぶ(原論文1、原論文2)。
 PIXE法に用いられる陽子のエネルギーとしては、実験的に3MeVが適当であることが分かっている(原論文3)。これ以下のエネルギーでは、特性X線の発生断面積は小さくなり、それ以上では原子核反応によるガンマ線がバックグラウンド(ピークに対して、スペクトル中の連続的成分をいう)をつくるため検出感度が低下する。電子ビーム照射によっても特性X線は発生するが、この場合は、入射電子自身がターゲット原子核との相互作用によって制動X線を発生し、これによるバックグラウンドがPIXE法のそれと比べて1000倍以上となるために電子線を用いた元素分析はPIXE法と比べて非常に感度が低くなる(原論文1)。
 
 物質に含まれている微量元素を高感度に分析する方法として、PIXE法、放射化分析法、ICP-MS法、蛍光分析法などがある。これらの中で、PIXE法は次の特長を持つ。
 1)ナトリウムからウランまでの元素を同時に分析できる。
 2)ppbレベルの高感度で分析できる。
 3)測定が非常に簡単である。
 4)試料をそのままで分析できる。
 5)μg量の試料でも分析できる。
 6)ビームを試料面上で走査することにより元素の分布を調べることができる。
それゆえに、PIXE法は、半導体や金属学、医学、歯学、生物学、地球科学、環境科学(環境汚染、大気汚染)、資源探索、考古学、文化財、犯罪捜査など非常に幅広い分野に応用されている。
 
上記の特長のうち、元素の空間分布が得られることはPIXE法の大きな利点である。ビーム走査とPIXE分析を組み合わせた装置は、元素の空間分布を画像化できるので、「PIXEカメラ」と呼ばれている(原論文4)。ビーム径をサブミリに絞り込んで走査するサブミリPIXEカメラは、数cm領域の微量元素画像を調べることができる(原論文5)。これは、考古学試料などの学術的分析だけではなく、我々の身の回りにあって、簡単に調べてみたいと思うような試料の分析にも適している。更に、粒子ビームを1μm以下に絞り込んで走査するマイクロPIXEカメラでは、細胞内の元素の空間分布が得られるので、病気の原因の解明または診断などが可能であり、医療において強力な手段となる。


図1 サブミリPIXEカメラの原理 (原論文5より引用。 Reprinted by permission of World Scientific Publishing Co. Pte Ltd, Singapore from: S. Matsuyama, K. Gotoh, K. Ishii, H. Yamazaki, T. Satoh, K. Yamamoto, A. Sugimoto, Y. Tokai, H. Endoh and H. Orihara. Development of a submili-PIXE camera. International Journal of PIXE, 8, No.2 & 3, 209-216 (1998). Figures 2 & 3)

 図1(原論文5)にサブミリPIXEカメラの原理図を示す。サブミリビームは、小型サイクロトロンまたは静電加速器からのイオンビームを1m程度離れた2つのスリットで0.5mm径ほどに整形し、その後、二つの2極電磁石でビームを左右(X軸)、上下(Y軸)に走査する。サブミリ径のビームは、カプトン薄膜を通して大気中に出され、試料は大気中に置かれた状態で照射される。ビーム照射によって試料から発生した特性X線のX線エネルギーの信号とその時のビームの位置に対応する二つの2極電磁石への電気信号を同時に記録させることにより、元素の空間分布画像を測定することができる。


図2 サブミリPIXEカメラによる稲の葉の直接分析

 図2は、中央部分が病気に侵されている稲の葉のサブミリPIXEカメラ像である。この部分は、Mn元素、Ca元素が集積しK元素が欠如しているのが良く分かる。このように、サブミリPIXEカメラは、手軽に元素の空間分布を測定できるので、非常に幅広い分野に応用できる。


図3 マイクロPIXEカメラの原理

 図3に、マイクロPIXEカメラの原理図を示す(原論文4)。マイクロビームは、ビームエミッタンスの小さい静電加速器からのイオンビームを数メートル長の防震台に乗ったマイクロスリット系に通して、次に2連4極電磁石(又は、超伝導ソレノイド)で強収束させて形成する。形成されたマイクロビームは、二つの平行電極板により、走査範囲が数100μm以下の試料面上をX軸、Y軸方向に走査する。4μmのマイラー膜の上に試料を載せ、図4に示すように、試料が載った面を大気側にすることにより、試料の冷却ができる(原論文6)。マイクロビーム照射によって試料から発生したX線が検出器で検出されると、マイクロPIXEカメラのデータ処理システムは、そのX線のエネルギーを測定すると同時に、X線を発生させたビームの位置も検出し記録する。X線のエネルギーより元素が同定できるので、ある元素に対応するエネルギーのX線のイベントをX−Y平面に表示するとその元素の空間分布画像が得られる。


図4 大気中マイクロPIXE分析



図5 マイクロPIXEカメラで得られた牛の血管の内皮細胞中の元素分布

 図5(原論文6)は、マイクロPIXEカメラで撮られた牛の血管の内皮細胞内のカリウム、イオウ、リン、臭素の各元素の空間分布を示す。DNA合成期にブロモデオキシウリジン(チミジン誘導物質で、DNA 合成期の細胞核にチミジンの代わりに取り込まれることが知られている)が核にどのように取り込まれるかを調べるために、ブロモデオキシウリジンを培養液の中に混入した。イオウは、細胞全体に広がっており、カリウム、リンは核に集中していることがわかる。臭素はブロモデオキシウリジン中のものであり、取り込まれた量は極微量であるけれども、臭素が核内に取り込まれたれた様子が良く観察できている。マイクロPIXE画像は、元素分布の様子が調べられるだけでなく、元素の集積量も算定できる。
 図6(原論文6)は、培養時間を6時間、12時間、24時間と変えたもので、各細胞内に取り込まれた臭素の量に関する度数分布を示す。6時間では、臭素を集積してない細胞と集積している細胞とが半々であることがわかる。12時間では、ほとんどすべての細胞が臭素を取りいれていることが分かる。そして、24時間では、細胞分裂して再び臭素を取り入れていることがわかる。このような細胞内の薬剤の取り込みの様子に関する結果は、抗がん剤のガン細胞の取り込み具合を調べるなどに応用できる。


図6 細胞内に集積した臭素の量の時間変化
(原論文6より引用。 Reprinted by permission of Elsevier from: K. Ishii, A. Sugimoto, A. Tanaka, T. Satoh, S. Matsuyama, H. Yamazaki, C. Akama, T. Amartivan, H. Endoh, Y. Oishi, H. Yuki, S. Suegara, M. Satoh, T. Kamiya, T. Sakai, K. Arakawa, M. Saidoh, and S. Oikawa. Elemental analysis of cellular samples by in-air micro-PIXE. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 181, 448-453 (2001). Figure 4)



コメント    :
 PIXE分析法は加速器を必要とするので、大学等に設置されている加速器施設において、これまで主に学術研究に利用されてきた。しかし、最近、安価でしかも安定性の高い超小型サイクロトロンが市販されるようになり、民間の施設でPIXE分析を受託するようになったので、医学における臨床応用、産業応用だけでなく、私たちの生活の中にも普及していくものと思われる。

原論文1 Data source 1:
PIXE. A Novel Technique for Elemental Analysis
S.A.E Johansson and J.L. Cambell
John Wiley & Sons (1988)

原論文2 Data source 2:
PIXE
石井慶造、
東北大学大学院工学研究科
藤本文範・小牧研一郎編「イオンビームによる物質分析・物質改質」内田老鶴圃、pp.59-89 (2000)

原論文3 Data source 3:
Theoretical estimation of PIXE detection limits
K. Ishii and S. Morita
Department of Quantum Science and Energy Engineering, Tohoku University
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B, 34, 209-216 (1988)

原論文4 Data source 4:
Development of a micro-PIXE camera
S. Matsuyama, K. Ishii, A. Sugimoto, T. Satoh, K. Gotoh, H. Yamazaki, S. Iwasaki, J. Inoue, T. Hamano, S, Yokota, T. Sakai*, T. Kamiya*, and R. Tanaka*
Department of Quantum Science and Energy Engineering, Tohoku University
*Advanced Radiation Technology Center, Japan Atomic Energy Research Institute
International Journal of PIXE, 8, N0.2&3, 203-208 (1998)

原論文5 Data source 5:
Development of a submili-PIXE camera
S. Matsuyama, K. Gotoh, K. Ishii, H. Yamazaki, T. Satoh, K. Yamamoto, A. Sugimoto, Y. Tokai, H. Endoh and H. Orihara
Department of Quantum Science and Energy Engineering, Tohoku University
International Journal of PIXE, 8, No. 2 & 3, 209-216 (1998)

原論文6 Data source 6:
Elemental analysis of cellular samples by in-air micro-PIXE
K. Ishii, A. Sugimoto, A. Tanaka, T. Satoh, S. Matsuyama, H. Yamazaki, C. Akama, T. Amartivan, H. Endoh, Y. Oishi, H. Yuki, S. Suegara, M. Satoh, T. Kamiya*, T. Sakai*, K. Arakawa*, M. Saidoh*, and S. Oikawa
Department of Quantum Science and Energy Engineering, Tohoku University
*Advanced Radiation Technology Center, Japan Atomic Energy Research
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 181, 448-453 (2001)

キーワード:PIXE, Particle Induced X-ray Emission, inner shell ionization, characteristic X-ray, trace element analysis, ion beam, micro-beam, PIXE camera, in-air micro-PIXE analysis
PIXE、粒子線励起X線、内殻電離、特性X線、微量元素分析、イオンビーム、マイクロビーム、PIXEカメラ、大気マイクロPIXE分析
分類コード:040401, 040101

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