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作成: 2005/1/5 斉藤勝美

データ番号   :040296
PIXEによる大気エアロゾルのモニタリング
目的      :大気エアロゾルの高時間分解能でのPIXEによる元素分析
放射線の種別  :陽子(入射)、エックス線(検出)
放射線源    :粒子加速器(陽子 3.4MeV, 2.6MeV),小型サイクロトロン(陽子 2.9MeV)
利用施設名   :東京都立産業技術研究所タンデトロン加速器,(独)放射線医学総合研究所タンデトロン,
         (社)日本アイソトープ協会仁科記念サイクロトロンセンター小型サイクロトロン
照射条件    :ヘリウムガス中,真空中
応用分野    :環境動態分析,発生源分析,生態影響分析

概要      :
 全国各地の大気汚染の監視サイトでは、SO2,NOXなどのガス状汚染物質や気象要素が常時監視されているが、これらに加えて浮遊粒子状物質(SPM, Suspended Particulate Matter、粒径10μm以下のエアロゾル)の元素情報が分かれば、大気環境でのエアロゾル発生時のエアロゾル特性や発生原因をより明らかにできると期待される。このため、極微少量しか得られないSPMに対して、高感度の多元素同時分析法であるPIXE法の適用が試みられた。この結果、SPMの捕集に超薄膜のテフロンフィルターを用いることで,極微量のSPM中の20元素が分析でき,実際に1時間毎のモニタリングが可能であることが示された。

詳細説明    :
 PIXEとは、Particle Induced X-ray Emission(粒子線励起X線)の略で、数MeVの荷電粒子を試料に照射して発生するX線のエネルギーとその強度から元素の種類と量を求める元素分析法である。1970年にその有効性がはじめて示されたが(参考資料1)、その際の分析試料がエアロゾルであった。それ以来、PIXE法は国内のみならず海外においてもエアロゾルの元素分析に利用されてきており、PIXE法の全応用例の約20%がエアロゾル、粉塵などの分析である。エアロゾル試料は非常に微少量であるために,それまで化学分析が困難であったが、PIXE法の登場によってエアロゾル研究が進んだといえる。
 
 大気エアロゾルに関する調査研究においては,浮遊粒子状物質(SPM),スモッグ,黄砂などの大気中の種々の粒子状物質を観測する必要があり,試料の捕集時期,地点,捕集間隔が観測上重要である。このため、日本では約2100ヶ所にも及ぶ常時監視測定局で,自動測定器により環境大気中のSO2,NOX,SPMなどの汚染物質の測定が行われている。通常,SPM量の経時変化を求めるため,1時間間隔でテープ状のガラス繊維フィルターにスポット状にSPMを捕集し,ベータ線厚さ計でその質量を測定している。ベータ線厚さ計はβ線の透過強度差を利用して単位面積あたりに捕集されたSPMの質量を測定する装置である。もし, SPMの質量に加えて,その化学組成の情報も得ることができれば,エアロゾルの発生原因の解明や地球環境におけるエアロゾルの挙動の詳しい解析が可能となる。これまで、PIXE法を適用するために専用のエアロゾルサンプラーが開発されてきたが、他の測定データとの関連性を見る上では、大気環境の常時監視のために設置されている自動測定器で捕集された試料をそのまま分析できることが望ましい。そこで、最近テープ状フィルターをPIXE法で直接測定する試みがなされた。
 
 その最初の例は、自動測定機のテープ状フィルターに着目して,PIXE法により多元素同時分析を試みたNakamuraらの研究である(原論文1)。ガラス繊維フィルターに捕集したSPMを粘着性のポリ酢酸ビニル乳剤を用いてポリカーボネィートフィルターに移し変え,真空中でPIXE分析した。その結果,S,Cl,Fe,Znを検出することができた。しかし,目的元素の定量に妨げとなる、試料支持体に起因するバックグラウンド成分の除去・低減の必要性が明らかになった。
 一般的にSPMの捕集に用いられるガラス繊維フィルターは,厚さが0.3 mmと厚く,また多種の元素を含む。一方,テフロンフィルターを用いると,フッ素と陽子の核反応で放出されるγ線が検出器中でコンプトン散乱し,X線スペクトルに対するバックグラウンドとなり,測定対象元素のX線ピークが埋没してしまう可能性がある。この問題を解決するために超薄膜のフィルターが作られた。
 
 Saitohらは,フィルター材質によるバックグラウンドの影響を評価するために、ガラス繊維フィルターや2種類のテフロンフィルター(1種類は超薄膜のテフロンフィルター)に捕集したSPMのPIXE分析を行った(原論文2)。さらに,通常真空中に試料を入れて分析されるが、大気圧のヘリウムガス中で分析するIn-air PIXEが試みられた。大気圧で分析するメリットとして、多数の試料を迅速に交換・分析でき、照射中の熱やチャージアップによる試料の損傷が抑えられるという点が挙げられる。
 図1はガラス繊維フィルターの結果で,捕集前のブランク試料と捕集後の試料のスペクトルに差が無く,SPM中の元素分析には適していないことが明らかである。
 図2、3はテフロンフィルターを用いた場合である。図3のスペクトルではフィルターに含まれているTiのピークが見えているが、図1に比べて妨害となるフィルターに含まれる元素からのX線が減少し、コンプトン散乱によるバックグラウンドも減少したため、S,Al,Mn,Fe,Znなどが検出されている。しかしながら,In-air PIXEでは,定量技術が確立しておらず、今後の課題とされている。


図1 X-ray spectra of high time-resolution SPM spot sample on a glass-fiber filter-tape (KIMOTO GS-25) obtained by 2.6 MeV/10 nA proton bombardment.
(原論文2より引用。 Reprinted by permission of World Scientific Publishing Co. from: K. Saitoh, H. Imaseki, M. Yukawaa. Attempt at In-air PIXE analysis of spot samples on a filter-tape mounted in an automated beta-ray absorption mass monitor. International Journal of PIXE 14, 43-48 (2004). Figure 1)



図2 X-ray spectra of high time-resolution SPM spot sample on a PTFE membrane filter-tape (KIMOTO 612 TT-O) obtained by 2.6 MeV/10 nA proton bombardment.
(原論文2より引用。 Reprinted by permission of World Scientific Publishing Co. from: K. Saitoh, H. Imaseki, M. Yukawaa. Attempt at In-air PIXE analysis of spot samples on a filter-tape mounted in an automated beta-ray absorption mass monitor. International Journal of PIXE 14, 43-48 (2004). Figure 2)



図3 X-ray spectra of high time-resolution SPM spot sample on a PTFE membrane filter-tape (HORIBA TFH-01) obtained by 2.6 MeV/10 nA proton bombardment.
(原論文2より引用。 Reprinted by permission of World Scientific Publishing Co. from: K. Saitoh, H. Imaseki, M. Yukawaa. Attempt at In-air PIXE analysis of spot samples on a filter-tape mounted in an automated beta-ray absorption mass monitor. International Journal of PIXE 14, 43-48 (2004). Figure 3)

 Shinoharaらは, SPMの捕集に超薄膜のテフロンフィルターを用いてバックグラウンドを低く抑え,真空中で分析するPIXEによって、SPM中に含まれている20元素の定量に成功した(原論文3)。図4は定量された元素濃度の1時間毎の変化を示す。SPMの量は明け方に減少し,夜明けとともに増加に転じている。一方,Znは正午頃にピークがあり,CaやFeは午後にピークを示している。また,Sは未明において高くなっている。このように、PIXE法はエアロゾル発生の原因物質や動態を解析する非常に有力な手段として利用できることが示唆された。


図4 Temporal variations of the SPM concentrations and elemental concentrations in the SPM at Akita City in northern Japan on May 08, 2003.
(原論文3より引用。 Reprinted by permission of Elsevier from: M. Shinohara, K. Saitoh K. Sera, M. Fujiwara. Chemical information of aerosol obtained from spot samples on new type PTFE ultra-membrane filter-tape mounted in automated beta-ray absorption mass monitor: elemental quantity by PIXE. Journal of Aerosol Science, S347-S348 (2004). Figure 1)



コメント    :
 自動測定器のテープ状フィルターに捕集されたエアロゾルのスポット試料を,PIXEによる多元素同時分析して定量する技術は,超薄膜のテフロンフィルターを用いることで可能になった。今後,超薄膜のテフロンフィルターの普及が望まれる。現在、PIXE分析機関は非常に増加しているが、機関相互の分析値の品質管理体制の整備が不可欠といえる。また,より簡便に分析が行えるin-air PIXEでの定量法が確立されておらず,この技術の確立によってPIXEによる大気エアロゾルのモニタリングがより進展するものと期待される。

原論文1 Data source 1:
PIXE analysis of suspended particulate matter originally collected for beta-ray absorption mass monitoring
M. Nakamura, H. Ise*
Radiation Laboratory, Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute
*Technical Planning Division, Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute
International Journal of PIXE, 9, 381-386 (1999)

原論文2 Data source 2:
Attempt at In-air PIXE analysis of spot samples on a filter-tape mounted in an automated beta-ray absorption mass monitor
K. Saitoh, H. Imaseki*, M. Yukawa
Environmental Research & Information Center of Akita Prefecture
*Division of Technical Support and Department, National Institute of Radiological Sciences
International Journal of PIXE, 14, 13-48 (2004)

原論文3 Data source 3:
Chemical information of aerosol obtained from spot samples on new type PTFE ultra-membrane filter-tape mounted in automated beta-ray absorption mass monitor: elemental quantity by PIXE
M. Shinohara, K. Saitoh*, K. Sera**, M. Fujiwara
Horiba Ltd.
*Environmental Research & Information Center of Akita Prefecture
**Cyclotron Research Center, Iwate Medical University
Journal of Aerosol Science, Abstracts of the European aerosol Conference 2004, S347-S348 (2004)

参考資料1 Reference 1:
X-ray analysis: elemental trace analysis at the 10-12 g level
T.B. Johansson, R. Akselsson, S.A.E. Johansson
Lund Institute of Technology, Sweden
Nuclear Instrument and Methods, 84, 141-143 (1970)

キーワード:PIXE分析,陽子ビーム,元素分析,浮遊粒子状物質(SPM),大気エアロゾル,PMスポット試料,テープ状フィルター,PM自動測定機,環境モニタリング
PIXE analysis, proton beam, elemental analysis, suspended particulate matter (SPM), atmospheric aerosol, particulate matter spot sample, filter-tape, automated particulate matter monitor, environmental monitoring
分類コード:040401

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