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作成: 2004/03/31 吉田 邦夫

データ番号   :040293
加速器質量分析による考古遺物の直接年代測定
目的      :放射性炭素年代測定の微少量試料への応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :タンデム型静電加速器ペレトロン5UD、タンデトロン加速器
利用施設名   :東京大学原子力研究総合センタータンデム加速器、名古屋大学年代測定センタータンデトロン加速器
照射条件    :真空中
応用分野    :考古学、文化財科学、人類学、環境学、地球科学

概要      :
 加速器質量分析(AMS)法を用いた放射性炭素年代測定は、試料が微少量でも測定出来るという特徴を活かして、近年、様々な分野で利用されている。考古学の分野では、遺物である土器がもっている炭素を取り出して年代測定ができるようになった。これまでは土器片と一緒に出土する木炭などを試料として測定し、土器の年代としてきたが、微量でも炭素を有する土器片であれば直接年代を決定できる。

詳細説明    :
 加速器質量分析(AMS)法による放射性炭素年代測定は、考古学、人類学、美術史、地理学、地質学、環境学など様々な分野で、新たな展開を見せている。AMS法では測定に必要な試料が微少量ですむことから、貴重な資料だけでなく資料を構成要素ごとに分別して年代測定することも可能になった。これまで縄文土器などの年代は、一緒に出土する木炭や貝殻によって測定されてきたが、土器片の年代を直接測定する研究が進んでいる。


図1 土器がもっている時間情報とその測定例。 yrBP:BPはBefore Presentまたは Before Physicsの略。西暦1950年を基準年とし、この年から何年前かを示す(Libbyが決めた半減期5568年を使う)。信頼度68%とは、試料の年代がバーの間にある確率が68%であることを示す。cal BP:calはcalibratedの略。INTCAL98の値を使って、較正した紀元前の年代。*

 図1に示したような土器のもつ様々な時間情報を分析した上で、これを取り出すことの重要性が明らかになっている(原論文1)。土器そのものは粘土に砂などの混和剤を混ぜて焼いているので、通常、炭素を含まない。しかし、縄文時代早期から前期にかけて、植物などの繊維を混入した「繊維土器」が流行し、土器焼成時に完全に酸化されずに黒々と炭化物が残っている場合がある。また、土器制作時に偶然取り込まれた表面や内部の有機物、土器の使用年代を表すものとして、貯蔵した穀物片や油脂、煮炊きした食物などの有機物やその炭化物、調理時の吹きこぼれや燃料のススなど、年代測定に使えるものがたくさんある。


図2 Calibrated ages of fiber-tempered pottery sherds(原論文2より引用)

 繊維土器に残された炭化物の年代測定においては、注意深い基礎的研究の上で測定が行われている(原論文2)。土器片には制作時の繊維だけでなく、粘土の中にはより古い年代を示す炭素があり、年代測定上の汚染となる。一方、埋蔵中に地下水や雨水によって土壌中にある新旧の有機物が浸透してくる。通常、年代測定資料(試料?)は、外部からの汚染を除去するために酸・アルカリ・酸(AAA)処理を行う。酸によって炭酸塩、フルボ酸を除去した後、アルカリに可溶なフミン酸を除き、最後にアルカリ処理中に生成した炭酸塩を酸によって処理する。繊維土器について浸透成分のみを選択的に除去する条件を見出し、土器中に1〜2%含まれている繊維に由来する炭素の年代を測定した。図2のように、関東地方、縄文時代早期の野島式、前期の花積下層式、関山式、黒浜式の年代が決定されている。

表1 大平山元(特)遺跡から出土した土器付着物の14C年代値と較正暦年代(原論文3のTable 2を抄録者が改編)
試料出土
層準
試料・付着部位 δ13CPDB
(0/00)
14C年代*
(BP±1σ)
較正暦年代 cal BP
暦年範囲(信頼度)**
測定機関
・分類番号
(企)層 土器付着物(内壁) - 13,210±160 16,220−15,540 (100%) NUTA-6515
(企)層下部 土器付着物(外壁) -30.5 13,030±170 16,080−15,260 (100%) NUTA-6507
(企)層最下部 土器付着物(内壁) - 12,720±160 15,620−15,150 (47.4%) NUTA-6509
14,780−14,360 (52.6%)
(協)層最下部 土器付着物(内外壁) -29.6 12,680±140 15,570−15,150 (40.1%) NUTA-6506
14,790−14,350 (59.9%)
(協)層 土器付着物(外壁) - 13,780±170 16,850−16,240 (100%) NUTA-6510
平均 13,070±440 16,330−15,160 (85.5%)
14,680−14,410 (14.5%)
(企)層 炭化樹木(針葉樹) -26.1 13,480± 70 16,440−15,950 (100%) Beta-125550
(企)層 炭化樹木(カエデ属) -27.0 7,710± 40 8,520− 8,500 (32%) Beta-125551
8,480− 8,420 (68%))
(企)層 炭化樹木(イヌガヤ) -27.2 7,070± 40 7,940− 7,840 (100%) Beta-127791

*δ13C補正放射性炭素年代(半減期:5568年使用)

**INTCAL98を用い、Calib3.0較正プログラムにより較正

 1999年には、土器に付着していた炭化物を使って行われた、縄文時代草創期の年代の報告(原論文3)が注目を浴びた。青森県東津軽郡の大平山元I遺跡から出土した御子柴、長者久保系文化に属する無紋土器5点(一つの土器がバラバラになったとされている)に付着した微量の炭化物から0.7〜3mgの炭素を回収して年代測定を行った。
 表1に示したような結果から、土器が使用された年代は、平均値13,070±440BPから最古の年代13,780±170BPの期間であると推定している。後者の年代を暦年較正すると16,850〜16,240cal BP(信頼度100%)となり、これまで考えられてきた縄文時代開始年代(放射性炭素年代値)とは大きく異なっていたことからセンセーションを巻き起こした。
 
 過去の14C濃度は必ずしも一定ではなく、年輪や年縞堆積物を使って過去の14C濃度を測定して、測定値から暦年代へ変換する較正曲線が作られている。16,000年前頃は、14C濃度が現在より30%ほど高い状態だったために、見かけ上若い年代を示すことになる。世間ではこの点を誤解したわけで、確かに古くなったが驚くほどではない。


図3 Difference between the 14C ages of the individual fatty acids and the associated ages of each sample: (a) C16:0 fatty acids (b)C18:0 fatty acids. Gray rectangles represent the associated age range, and the black bars correspond to the offset from the associated age.(原論文4より引用)

 さらに、土器片に浸透したまま残っている食物由来の脂質を抽出し、分画成分を年代測定する方法も開発されている(原論文4)。約8gの土器粉末を用いてソックスレー抽出器で脂質を取り出す。この脂質を分取ガスクロマトグラフィーで分離し、考古遺物に最も一般的に含まれるC18とC16の脂肪酸を分取して、AMS法によって14C年代を測定した。新石器時代初期から中世の土器までの5000年間にわたる十数資料の分析を行って、「特定化合物年代」を求め、他の年代値情報とよい一致を見たと報告されている。測定した試料は最小27μgであったが、確実な測定を行うには200μg以上が必要であるとしている。化合物としては、動物油に多いC18飽和脂肪酸を用いるべきで、土壌中に多いC16脂肪酸は200年ほど新しい年代を示した。
 
*本図表は抄録者による自作

コメント    :
 極微量の炭素さえあれば年代を求めることが可能になったことは大いに喜ぶべきことであり、これからも多様な応用が試みられることであろう。しかし、逆に言えば痕跡量の炭素についても年代が出てしまう訳であり、これまで以上に、どのイベントの年代を知りたいのかをはっきりさせた上で、慎重に測定資料を選定し、その目的にあった化学処理・測定を行う必要がある。年代学研究者の力量が問われている。

原論文1 Data source 1:
最新の年代測定法ではかる縄文土器
吉田 邦夫
東京大学総合研究博物館
化学, 54, 20-23 (1999)

原論文2 Data source 2:
The application of 14C dating to potsherds of the Jomon period
K. Yoshida, J. Ohmichi*, M. Kinose, H. Iijima, A. Oono, N. Abe, Y. Miyazaki, H. Matsuzaki**
The University Museum, The University of Tokyo
*College of Humanities and Science, Nihon University
**Research Center for Nuclear Science and Technology, The University of Tokyo
Nucl. Instr. Meth. B, 223-224, 716-722 (2004)

原論文3 Data source 3:
Radiocarbon dating of charred residues on the earliest pottery in Japan
T. Nakamura, Y. Taniguchi*, S. Tsuji**, H. Oda
Center for Chronological Research, Nagoya University
*Department of Archeology, Kokugakuin University
**National Museum for Japanese History
Radiocarbon, 43, 1129-1138 (2001)

原論文4 Data source 4:
Direct dating of archaeological pottery by compound-specific 14C analysis of preserved lipids
A.W. Stott, R. Berstan, R.P. Evershed, C.B. Ramsey*, R.E.M. Hedges*, M.J. Humm*
Biogeochemistry Research Center, School of Chemistry, University of Bristol
*)Research Laboratory for Archaeology and the History of Art, Oxford University
Anal. Chem., 75, 5037-5045 (2003)

キーワード:放射性炭素、年代測定、加速器質量分析法、考古学、土器
Radiocarbon, Dating, Accelerator Mass Spectrometry, Archaeology, Pottery,
分類コード:040405

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