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作成: 2004/03/25 松崎浩之

データ番号   :040291
加速器質量分析の原理
目的      :加速器質量分析における分析精度の向上
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :タンデム型静電加速器(5MV)、セシウムスパッタ負イオン源(10−150μA、C-)、電荷交換型RFイオン源
利用施設名   :東京大学原子力研究総合センタータンデム型静電加速器ペレトロン5UD等
照射条件    :真空中
応用分野    :年代測定、医学、生物科学、地球科学、考古学

概要      :
 加速器質量分析(accelerator mass spectrometry, AMS)は、質量分析に加速器を組み合わせた分析法で、試料中の同位体比を高感度で分析できるという特徴があり、従来は放射能で測定していた長半減期放射性核種の原子数を直接的に求めることができるようになった。特に最近、妨害イオンの除去の方法・目的イオンの検出法が発展し、分析制度の向上が図られている。

詳細説明    :
 加速器質量分析(AMS = Accelerator Mass Spectrometry)は、基本的には10Be、14C、26Al等、極微量の同位体(長半減期放射性核種であることが多く、さらにまた、宇宙線によって生成する核種である場合が多い)と安定同位体との比(通常10-10〜10-15といった比となる)を測定する技術である。サンプル中の極微量同位体の絶対量を求めることは不可能ではないが、その場合、様々な不確定要素により、精度は悪くなる。同位体比の測定の場合には、これら不確定要素の大部分を、共通ファクターとしてキャンセルできるため、極めて高精度の測定を実現することができる。とはいえ、その技術的なかなめは、極微量の核種を、妨害要素からいかに分離して検出するか、という点であろう。 
1)加速器質量分析の利点
 加速器質量分析は、ハードウェアとしては、通常の質量分析の構成(イオン源、分析系、検出器)に数MV程度の加速器によるイオンの加速部分を加えたものである(図1)。


図1 加速器質量分析と通常の質量分析におけるシステムの構成

 加速器ではイオンに核子あたりMeV程度のエネルギーを与えることができるため、通常の質量分析では実現困難な次のような利点が得られる:

  1. 加速されたイオンを薄いガスや膜に通すと、分子イオンを壊すことができるの。このため、分析する際に妨害となる同重分子イオンの影響を防ぐことができる。

  2. イオンのエネルギーをエネルギー検出器により精密に測定することにより、イオンの同定ができる。

  3. 媒体中のエネルギー損失を測定することにより、同重体を分離することができる。

 
2)装置の構成
 実際の構成としては、加速器の入射側(低エネルギー側)に一組の質量分析系が置かれ、加速器に入射するイオンの質量の選別が行われる。ついで、加速器による加速後、高エネルギー側で再び質量分析を行い、目的イオンを検出する。それぞれの分析系としては、運動量分析(実際には荷電当りの運動量、すなわち磁気的硬さの分析。分析電磁石により実現)とエネルギー分析(実際には荷電当りのエネルギー分析。静電偏向器により実現)が組み合わされることが多い。図2には、東京大学原子力研究総合センタータンデム加速器研究施設(MALT)における加速器質量分析システムを示す。


図2 東京大学原子力研究総合センタータンデム加速器研究施設(MALT)における加速器質量分析システム*

 実際の加速器質量分析システムでは、負イオン源+タンデム型静電加速器の構成が最も一般的である。以下この組み合わせを念頭において説明する。
 
3)イオン源の役割
 負イオン源自体、電子親和力によってイオンの選別を行っている。例えば、C(炭素)は電子親和力が正(負イオンを形成しやすい)のに対して、N(窒素)は電子親和力が負であることから、負イオン源においてはイオン化されない。これは、14Cを分析する際に、同重体14Nがあらかじめイオン源のところで除かれることを意味し、極めて有利である。このため、今日多くの加速器質量分析が負イオン源+タンデム加速器の組み合わせである。
 
 通常、イオン源からは、様々な質量数の原子イオン、分子イオンが引き出される。そのエネルギーは基本的には引き出しの電位差で決まるが、実際にはイオン発生機構に依存するエネルギー分布を持つ。例えば、セシウムスパッター型固体イオン源では、衝撃するセシウムイオンのエネルギーの一部を持って飛び出すため、高エネルギー側に裾を引く。また、いったん分子イオンで飛び出した後に壊れる場合には、低エネルギー側に裾を引く。このため目的の質量数のイオンのみ加速器に入射するには、分析電磁石だけでなく、静電偏向器を用いてエネルギーを揃えることが必要である。
 
4)タンデム加速器の役割


図3 タンデム加速器のはたらき

 加速器に入射される負イオンは、タンデム加速器のターミナル部(最も電位の高くなる部分)に向けて加速される。この時点でイオンは、数MeVのエネルギーを持つため、ターミナル部に薄いガス層や膜を設置しておくと、電子が剥ぎ取られて正の多荷イオンとなる。生成される正イオンは、荷電変換時のエネルギーに依存した電荷分布を持ち、その電荷に応じて、グラウンド(ゼロ電位)へ向けて再び加速される。このように、タンデム加速器では、荷電変換を利用して効率的にイオンを加速することができる。一方、入射の分析系で分離できない同重の分子イオン(例えば14C-AMSにおける12CH213CH等)は、この荷電変換過程で壊れ、異なる質量のイオンとなる。
 以上より、様々な質量および電荷、エネルギーを持つイオンが加速器より出てくる。そこで、高エネルギー側の分析系によって、最終検出器で検出するイオンを選別する。高エネルギー側の分析系としても、運動量分析(磁場による分析)とエネルギー分析(電場による分析)の組み合わせが一般的であるが、磁場と電場を同時にかける速度分析を取り入れている施設もある。図4には、運動量分析とエネルギー分析を組み合わせた妨害イオンの分析例を示す。


図4 129I-AMSシステム(加速電圧4.0MV、電荷7+)の場合の磁場と静電場による妨害イオンの分析例*
 Mは質量数、Eはイオンのエネルギー、qは電荷である。磁場による分析(磁気的硬さ分析)では、M/q・E/q=const.のラインで分析され、静電場による分析では、水平ライン(E/q=const.)で分析される。目的の129I7+イオン、及び127I7+など妨害イオンはそれぞれ●で示す異なった位置に現れる。

5)タンデム加速器で分離後のイオン分析
 
目的イオンに対する妨害成分
 前述の各選別過程により、大部分の妨害要因は除去されるが、一部目的核種のイオンと共に、最終検出器に入ってくる妨害成分がある。

これらを、最終検出器で次のようにして分離する。
 
イオン検出器による分析

6)安定同位体の分析
 はじめに述べたように、加速器質量分析は、同位体比を測定する技術である。最終検出器で得られた目的核種、例えば14Cのカウント数と同時に12C、13Cを定量し、同位体比の形で結果を得る。これらの核種は、同位体なので、化学的な性質が等しいため、イオン源に装填する化学形(粉末やガス)の中で均質に混ざり合っており、イオン化効率も等しいと考えられる。また、実際の測定ではイオン源に装填するサンプルすべてを消費するまで測定することは困難であるが、同位体比は、測定中にサンプルの何割を消費したかには無関係である。
 
 安定同位体は、目的同位体に比べて10桁以上存在度が高いことが多いので、測定は、ファラデーカップによる電流計測となる。安定同位体は、目的の核種とは質量が異なるため、加速器への入射の分析系における分析電磁石で偏向を受け、主ビームラインからはずれる。そこで、適当な位置にファラデーカップを設置することによって、安定同位体を測定することができる。
 しかし、入射系の場合、同重分子イオンが存在する等の理由によって、必ずしも正確な測定が期待できない。また、最終検出器で検出するイオンは、加速器における荷電変換による電荷分布の中から選択された電荷を持つイオンであるから、イオン源で生成されたイオンのうち実際に検出される割合は100%ではない。したがって、検出効率の見地からも、また、妨害イオンを排除するという点からも、安定同位体も加速器に入射し、加速後のイオンを検出することが望ましい。
 
 これを実現するために、今日では、主に「同時入射法(Simultaneous Injection Method)」か「逐次入射法(Sequential Injection Method)」のどちらかが用いられている。 
 同時入射法は、入射系の分析機器をうまく設置し、同位体イオンを異なる軌道で選別し、加速器に入射する前に再び軌道を同一にする方法である。
 逐次入射法においては、分析電磁石の中のダクトを絶縁し、付加的な電位をこれに与える。するとイオンは、分析電磁石を通過する際にエネルギーが上昇し、より重い同位体に磁場を合わせてある分析電磁石の中心軌道を通る運動量とすることができる。この付加的電位を早いサイクル一定の周期で切り替えることによって、異なる質量数の同位体イオンを周期的に加速器に入射することができる。ただし、静電加速器の場合、大電流の直流ビーム(おおむね10μA以上)を通すと、大きなダウンチャージとして働き、電圧を安定に維持できなくなる。14C-AMSの場合12C-イオンを直接入射すると加速器が持たない。 
 そこで、「同時入射法」の場合には、12C-イオンの軌道上にアテネーターを設置し、電流を1/100程度に落とす。また、「逐次入射法」では、12C-イオンを入射する時間を1サイクルの中で短くして(やはり、duty factor を1%程度として)いる。こうして加速器に入射した安定同位体は、高エネルギー側の分析電磁石で中心軌道から逸脱するので、しかるべき場所に設置したファラデーカップで電流値を測定する。
 
 このようにして、目的同位体と安定同位体の条件をなるべく一致させて、同位体比を得るわけであるが、それでもまだ厳密な意味での絶対測定とはならない。同じエネルギーでも質量数が異なると、荷電変換後の電荷分布が異なるなど、各同位体の正味のトランスミッションを一致させることはできない。しかし、システム全体が安定に保たれれば、測定で得られた同位体比の、真の同位体比に対する割合(ここではシステムファクターと呼ぶ)は一定となる。そこで、同位体比既知のスタンダードを測定し、システムファクターを求め、これを用いて、サンプル中の真の同位体比を正確に推定する。また、必要ならマシンの持つバックグラウンドやサンプルの前処理の化学処理におけるコンタミネーションを推定するためのブランクサンプルも測定する。
 
7)分析精度
 測定結果の精度は、基本的には、目的同位体のカウント数による統計誤差で決まる。通常は、システムの安定性をモニターするために、前述のスタンダードを繰り返し測定しており、その変動分も測定誤差に含めている。今日の高精度14C-AMS専用機においては、±0.3%(1σ)の測定精度(年代誤差に直すとおよそ25年)を実現している。
 
*本図表は抄録者による自作

原論文1 Data source 1:
TOF system at MALT − Measurement of 129I
S. Hatori, M. Ohseki, H. Nawata, H. Matsuzaki, T. Misawa, K. Kobayashi
Research Center for Nuclear Science and Technology, The Unv. of Tokyo
Nucl. Instr. Meth., B172, 299-304 (2000)

原論文2 Data source 2:
Development of a gas counter for AMS measurement of 10Be and 26Al of cosmic spherules
H. Matsuzaki, M. Tanikawa*, K. Kobayashi, S. Hatori**
Research Center for Nuclear Science and Technology, The Unv. of Tokyo
*Faculty of Science, The Unv. of Tokyo
**The Wakasa Wan Energy Research Center, Japan
Nucl. Instr. Meth., B172, 218-223 (2000)

原論文3 Data source 3:
Gas-filled magnet at MALT − Measurement of 36Cl
S. Hatori, H. Nawata, M. Ohseki, H. Matsuzaki, T. Misawa, K. Kobayashi
Research Center for Nuclear Science and Technology, The Unv. of Tokyo
Nucl. Instr. Meth., B172, 211-217 (2000)

キーワード:加速器質量分析、同位体比、イオン源、タンデム加速器、荷電変換、分析電磁石、静電偏向器、同重体、気体充填型電磁石
accelerator mass spectrometry (AMS), isotopic ratio, ion source, tandem accelerator, charge exchange, analyzing magnet, electric deflector, isobar, gas-filled magnet
分類コード:040101, 040405

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