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作成: 2003/11/18 伊藤 寛

データ番号   :040288
火星探査のための放射線利用分析機器
目的      :火星等の惑星、遠隔地における地質の元素組成分析機器の開発と応用
放射線源    :244Cm (50mCi)
応用分野    :惑星探索 遠隔地調査 地質調査 元素組成現地調査

概要      :
 火星探査機Mars Pathfinderには、火星表面における土壌及び岩石の化学分析を行うために、放射性同位元素244Cmを利用した化学分析装置が搭載された。244Cmはα線を放射するとともに、α崩壊に伴ってX線とγ線を放出する。これらの放射線を土壌や岩石に照射し、α線のラザフォード散乱分析、(α,p)核反応で発生する陽子のエネルギー分析、α線、X線、γ線の照射で発生する特性X線の分析の3つの分析方法を組み合わせて地質の元素組成を決定する。

詳細説明    :
 1996年12月4日にNASAにより打ち上げられた火星探査機Mars Pathfinder1,2)には、火星着陸後(1997年7月4日アレス渓谷に着陸)、火星地上を探索出来る探査車(ローバー)が搭載されていた。このローバーには、火星表面の土壌及び岩石の元素組成を調べるために放射線を利用した分析機器が搭載され、NASAではこの分析機器をAlpha-Proton-X-ray Spectrometer(APXS)と呼んでいる。
 さらに、Mars Pathfinderの後継機として、2003年6月NASA及び欧州宇宙機関(ESA)によりそれぞれ打ち上げられた火星探査機にも同様の分析装置が搭載されている。これらの探査機は2004年1月火星に到着した。ここでは、NASAにより用いられているAPXSを例にとり説明する。
 
 APXS検出器は図1に示すような外見をしており、図2に示すようなローバーから伸びたアームの先端に取り付け、土壌や岩石等分析対象に向けて使用する。APXSの概要を表1にまとめた。


図1 APXS検出器外見(原論文4より引用)



図2 ローバーに取り付けられたAPXS検出器(原論文4より引用)


表1 Alpha Proton X-ray Spectrometer(APXS)検出器概要
		
重量 570g
消費電力 340mW
大きさ
 エレクトロニクスボックス
 センサーヘッド

375cm3
85cm3
線源RI 244Cm
検出器 Si検出器(2台、α粒子・陽子検出用)
Si-PIN検出器(X線検出用)
 AXPSでは、付属の線源244Cmから放射されるα線及び、γ線、X線を火星表面の土壌、岩石に照射する。これにより引き起こされる次の3種類の反応を利用して土壌、岩石の元素組成を計測する。それぞれの反応で分析できる元素が異なるため、これら3つの計測を組み合わせると火星表面の様々な元素を分析することができる。1970年代のアポロ計画の際の月面試料分析に比べて半導体検出器などが格段に進歩し、分析できる元素が多くなったにも関わらず、全体で570gと非常に軽量・小型で、消費電力も極めて少ない。

1.α線のラザフォード散乱を利用した分析
 岩石に含まれる元素の原子核により、244Cmから放射されるα線がラザフォード散乱を起こすことを利用して分析する。α粒子は土壌、岩石を構成する原子の原子核(元素に固有のプラスの電荷を持っている)とクーロン散乱を引き起こす(この様な散乱は、最初の観察者であるラザフォードの名前を取りラザフォード散乱と呼ばれる)。散乱されたα線は、散乱体原子の質量及び散乱角によりエネルギーが変化するので、質量を決定するには一定の角度でα線のエネルギーを測定すればよい。
 AXPSでは、244Cm(α線のエネルギーは5.8MeV)からのα線が土壌、岩石中で180度反射され、再び線源方向に向かう散乱(後方散乱と呼ばれる)により引き起こされるα線のエネルギー変化を測定する。
 
 この分析方法では、散乱体原子の質量に比例して質量分解能ΔM/Mの値が大きくなるので、軽元素の分析に適しており、土壌、岩石中に含まれる炭素(C)や酸素(O)の分析評価に用いられる。

2.(α,p)反応を利用した分析
 244Cmから放射されるα線を土壌、岩石を構成する元素の原子核に照射したとき、α粒子がこれらの原子核に吸収され、陽子を放出する原子核反応を起こす場合がある。この様な反応を(α,p)反応と呼び、原子核の質量数Aの原子Xが(α,p)反応により原子核の質量数Bの原子Yになる反応をAX(α,p)BYと記す。この反応が起こった際放出される陽子のエネルギーは、この反応のQ値により定まる。反応のQ値は各原子核によりそれぞれ異なるので、放出される陽子のエネルギーを測定することにより(α,p)反応を起こした原子核を決定できる。表2に(α,p)反応を起こす原子核及び、その天然中における同位体存在比、核反応、核反応のQ値を示す。

表2 (α,p) 反応において、反応のターゲットとなる同位体、及びその天然同位体存在比、核反応、核反応のQ値
		
原子核 天然存在比(%) 核反応 Q値(MeV)
6Li 7.4 6Li (α, p) 9Be -2.1
7Li 92.6 7Li (α, p) 10Be -2.6
9Be 100 9Be (α, p) 12Be -6.9
10B 19.6 10B (α, p) 13C +4.1
11B 80.4 11B (α, p) 14C +0.8
12C 98.6 12C (α, p) 15C -5.0
13C 1.1 13C (α, p) 16N -7.4
14N 99.6 14N (α, p) 17O -1.2
16O 99.7 16O (α, p) 19F -8.1
19F 100 19F (α, p) 22Ne +1.7
23Na 100 23Na (α, p) 26Mg +1.8
24Mg 78.7 24Mg (α, p) 27Al -1.6
25Mg 10.1 25Mg (α, p) 28Al -1.2
26Mg 11.2 26Mg (α, p) 29Al -2.9
27Al 100 27Al (α, p) 30Si +2.4
28Si 92.2 28Si (α, p) 31P -1.9
32S 95.0 32S (α, p) 35Cl -1.9
 
3.X線分析
 荷電粒子やX線が試料に照射されると、原子の電子軌道から電子が飛び出すので、それより上位軌道にある電子が遷移してその軌道を埋めることになる。その際、遷移が起こった電子軌道間のエネルギー差に等しいエネルギーのX線〔特性X線と呼ばれる〕が放出され、そのX線を分析すると試料に含まれる元素の分析が行える。地球上では加速器を用いる荷電粒子誘起X線分析や蛍光X線分析が一般に利用されている。これと同様の原理を利用するX線分析を、火星探査では小さな放射線源を用いて行った。
 244Cmから放出されたα線が照射されると、原子のK-軌道又はL-軌道が空いた状態を作ることが出来る。また、244Cm線源からは、α線に続いてX線及び低エネルギーのγ線が放出される。これらのX線、及びγ線も原子のK-軌道又はL-軌道の電子を剥ぎ取るエネルギーを持っており、照射された土壌や岩石に含まれる元素から特性X線を発生させることが出来る。この分析方法は主にNaより重い元素の分析に有効である。
 
 図3に火星上のバーナクル岬と呼ばれる観測地点において測定された岩石のX線スペクトルを示す3)。Siや鉄、Ca等の成分による強いピークが観測される。また、APXS検出器と観測岩石の間には火星大気が存在するので、火星大気中に1.6%含まれるArに由来する特性X線も観測されている。


図3 バーナクル岬岩石蛍光X線分析測定スペクトル例。Copyright 1997 AAAS.(原論文3より引用)

 この様な分析により得られた火星表面の土壌や岩石の元素組成の調査例として、MgとAlの元素についてSiの含有量に対する比としてプロットした例を図4に示す3)
 図4にはMars PathfinderにおけるAPXS検出器による分析結果(黒三角、黒菱印、これらは観測地点、対象試料の形態が異なる)の他に、地球表面における土壌や岩石に対する比(白丸、黒丸)もプロットされている。この様に、火星表面の土壌や岩石は地球表面とは異なる含有比を持って分布していることが分かる。


図4 火星上の土壌及び岩石(黒三角、菱形印)と地球のそれらにおけるAl、Mgの含有比。Copyright 1997 AAAS.(原論文3より引用)



コメント    :
 本方法は無人探査機と放射性同位元素を利用した高感度の化学分析を組み合わせることにより、火星等地球外惑星における地質の化学組成を分析する方法として非常に有効である。また、地球上においても、遠隔地や狭い洞窟内部等、人による試料の採取、運搬が難しい場所における現地調査等において非常に有効な手段になるであろう。

原論文1 Data source 1:
Overview of the Mars Pathfinder mission and assessment of landing site predictions
M.P. Golombek1), R.A. Cook1), T. Economou2), W.M. Folkner1), A.F.C. Haldemann1), P.H. Kallemeyn1), J.M. Knudsen3), R.M. Manning1), H.J. Moore4), T.J. Parker1), R. Rieder5), J.T. Schofield1), P.H. Smith6), R.M. Vaughan1)
1Jet Propulsion Laboratory, California Institute of Technology; 2University of Chicago; 3Niels Bohr Institute, University of Copenhagen; 4US Geological Survey; 5Max Planck Institute for Chemstry, Germany; 6Lunar and Planetary Laboratory, University of Arizona
Science 278, 1743-1748 (1997)

原論文2 Data source 2:
Mars Pathfinder Landing Site Workshop I, II
M. P. Golombek, K. S. Edgett, J. W. Rice Jr., Eds.
Lunar and Planetary Institute, Houston, TX, 1995

原論文3 Data source 3:
The chemical composition of Martian soil and rocks returned by the mobile alpha proton X-ray spectrometer
R.Rieder, T. Economou, H. Wanke, A. Turkevich, J. Crisp, J. Bruckner, G. Dreibus, H. Y. McSween Jr.
Max-Planck-Institut fur Chemie, Germany
Science 278, 1771-1774 (1997)

原論文4 Data source 4:
Mars Pathfinder Instrument Descriptions
NASA
http://mars.sgi.com/MPF/mpf/sci_desc.html#APXDEP

キーワード:化学分析、X線、アルファ線、陽子、244Cm、スペクトル計、惑星、火星、 地質調査
chemical analysis, X-ray, α-ray, proton, 244Cm, spectrometer, planetary, Mars, geological survey
分類コード:040401,040402

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