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作成: 2003/03/10 楢本 洋

データ番号   :040287
超微細加工のための原子線ホログラフィ
目的      :リソグラフィー技術では不可能なナノレベルでの微細加工、物質構築
放射線の種別  :中性粒子
放射線源    :ボースアインシュタイン凝縮体(106個程度)。
フルエンス(率):106/ショット、10ショット/秒程度
利用施設名   :日本電気(株)基礎研究所の干渉計など。
応用分野    :次世代素子形成技術、原子線リソグラフィー、原子干渉計、原子光学素子

概要      :
 原子集団をレーザーの輻射圧により冷却して、ボース・アインシュタイン凝縮を起こさせて光の波長程度の物質波の源を作成した後、重力方向に自由落下させる。この物質波を予め設計したホログラム(回折点の集合体)を通過させ、好みのパターンを形成する。最近では、ホログラムを形成する要素に電場を印加して、時間とともに変動するパターン形成が可能になっている。

詳細説明    :
 電子的機能の高度化に対する要求は究極にまで達し、集積回路素子などに対する更なる微細化への挑戦が始まりつつある。一方、それと並行して、従来の素子設計の枠を越えた新しい概念に基づく動作原理を利用する量子素子などの実現も期待されている。
 
 これらの素子類の実現に共通に必要とされるのは、ナノメートルレベルの精度を持った加工技術であると考えられている。従来のリソグラフィー技術のように露光と化学エッチングを何度も繰り返す手法では、ナノメートルの精度の加工は困難になっている。このため、時間とともにパターンを変えながら原子・分子を堆積して、好みの3次元構造を構築するような、新しい発想に基づく超微細加工技術の開発が期待されている。そこで、この様な要求を実現するために現状で最も相応しい技術と考えられる原子線ホログラフィ法について、以下に詳説する。


図1  原子線ホログラフィの実験配置概略。Ne原子は、トラップ中で準安定のJ=2の状態とJ=3の間を行き来しているが、解放レーザーでもうひとつの準安定状態(J=0)に遷移させて、トラップから解放し自由落下する物質波ビームとして利用する。この物質波を電圧駆動可能なホログラムで干渉させ、そのパターンをスクリーンに対応するマルチチャンネル板(MCP)上に記録する。(図は「第4章 原子線ホログラフィー」」(森永実)より、p.58(図4-3)を転載。)(原論文1より引用)

 この総合的で革新的な技術を完成させるためには、図1に例示するように、以下の二つの要素技術の開発・実現が本質的に必要となる。
 
[I]高強度原子源の実現:レーザー照射による輻射圧を利用して、中性原子の集団を同一の極低エネルギー状態に揃えて、高い強度の物質波として形成・取出す技術の開発が本質的に重要である。
 
[II]動的条件下で動作する干渉・結像システムの実現:重力方向に伝播する物質波を干渉させて、任意のパターン形成が可能なホログラムの作製と記録技術の開発が中心課題である。
 
 [I]に関しては、原子分子物理学の分野で高度に発達した、レーザーの輻射圧と磁気勾配を利用した磁気光学的トラップ(MOT)の利用による原子集団の冷却技術を利用する。全ての原子を同一の最低エネルギー状態にまで下げることにより「ボースアインシュタイン凝縮状態(BEC)」を実現すると、物質波としての波長も光の波長と同程度になり、光学分野で発達したホログラフィ技術を物質波にも適用可能になる。
 
 まず、このBECの形成を実現するためには、原子のスピン状態も精密に制御する必要がある。例えば、冷却中には準安定状態でしかも原子スピンを持つ状態を利用して磁場の利用を有効にする。しかし、冷却後に原子源から取出して自由落下させてビームとして利用するためには、解放レーザーで原子スピンを持たない他の準安定状態(J=0)に遷移させる。この様にして、自由落下中に磁場による擾乱などを避けることができる。一方で準安定状態の利用は、ホログラムを通過する時に物質波として干渉し合って形成された二次元像をマルチチャンネル板(MCP)上で記録するために重要である。今後、レーザー光などと同様な意味合いでこの物質波状態を利用するには、このBECを、パルス状態であろうとも、高強度で長時間取出す技術の開発が、基礎的にも、応用上も重要な点となる。一方、基礎科学の分野でも、BEC自身も相転移と量子揺らぎに関係する理論と実験とを直接的に対比できる理想的な体系として考えられ、輝かしい成功例も見られるようになってきた。


図2  Switching between atomic images “φ” and “π” obtained by a hologram with a random electric field pattern. The upper figure is without an electric-field, and the lower figure is with a field that produces a “π” phase shift. (原論文3より引用)

 [II]に関しては、物質波としての原子の波長は短いため、スリット系の加工精度及び揺らぎなどに対して、かなりの精度が要求される。図2には、計算機で作製した櫛型構造を持ったホログラム乾板へ供給する電圧を制御することにより、その場で、「φ」と「π」の字を入れ替え・記録することに成功例を示す(原論文2,3)。ホログラフィに関する技術では、従来の光や電子に関する技術の延長で実現可能なように思われるが、分解能の向上や色収差の除去などは、今後解決すべき物質波特有の問題点でもある。
 
 この物質波を用いたホログラフィの技術は、BEC形成手法の発展に大きく依存している。BECは言わば物質波のレーザーであり、冷却した原子集団を連続、或いは現実的な周波数で供給できるようになれば、基礎と応用が直結した、マスクレスの斬新な物質構築技術として、大きな発展が期待できる。

原論文1 Data source 1:
レーザー冷却がひらく原子波の世界
勝本信吾(責任編集);第1章−第4章中で、例えば森永実「第4章原子線ホログラフィー」
電気通信大学レーザー新世代研究センター
パリティブックス、丸善、2003、pp.1-66

原論文2 Data source 2:
Manipulation of an atomic beam by a computer-generated hologram
J. Fujita, M. Morinaga*, T. Kishimoto*, M. Yasuda*, S. Matsui & F. Shimizu*
NEC Fundamental Research Laboratories
*Department of Applied Physics, University of Tokyo
Nature, 380, 691-694 (1996)

原論文3 Data source 3:
Interferometric Modulation of an Atomic Beam by an Electric Field: A Phase Hologram for Atoms
J. Fujita, S. Mitake*, and F. Shimizu*
NEC Fundamental Research Laboratories
*Institute for Laser Science and CREST, University of Electro-Communication
Physical Review Letters, 84, 4027-4030 (2000)

キーワード:ボースアインシュタイン凝縮、物質波、干渉、ホログラフィ、超微細構造構築
Bose-Einstein condensation, matter wave, interference, holography, fine structure fabrication
分類コード:040106, 040501

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