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作成: 2003/10/30 小林 育夫

データ番号   :040284
DIS(Direct Ion Storage)線量計
目的      :個人被ばく線量の電子式積算測定
放射線の種別  :エックス線,ベータ線,ガンマ線,中性子
線量(率)   :1cm線量:1μSv−10Sv、70μm線量:0.01mSv−10Sv
応用分野    :原子力、医療、教育、研究

概要      :
 DIS線量計はボイスメモなどに利用されているAnalog-EEPROM(Analog Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)を応用した電子式線量計である。基本的構造は空気槽を持った電離箱であり、エネルギー特性に優れている。記憶された線量値は読み取り過程で消滅することなく繰り返し読み取ることができるとともに、低線量域においては簡便な操作により繰り返して測定することが可能である。

詳細説明    :
 DIS(Direct Ion Storage)線量計は1990年代の初め電気的に書き換え可能な金属酸化皮膜電界効果トランジスター(MOSFET)構造を持ったメモリーであるAnalog-EEPROM(Analog Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)の応用として開発された。EEPROMは当初0と1を記憶するデジタメモリーであったが、フローティングゲートとコントロールゲートを設けることにより中間値を持ったアナログ量の記憶が可能となった。これらはフラッシュメモリーとしてよく知られ、ボイスメモなどに広く利用されている。
 
 EEPROM及びDIS線量計の構造を図1に示す。EEPROMではフローティングゲートにトンネル効果を利用して電荷を蓄積し、ソースとドレイン間に形成されるチャンネルの増幅率(導電率)の変化としてデータを読み出す。DIS線量計では、このコントロールゲートを取り除きフローティングゲートを露出させ、メモリー素子全体を導電性の器壁で囲む事により、器壁とフローティングゲートで電離箱を形成する。EEPROMではコントロールゲートからフローティングゲートに電荷を供給するのに対し、DIS線量計では電離箱の器壁内部で発生した電子による電離箱内の空気のイオン化で生じた電子を直接フローティングゲートに集めて電荷を供給する。この電荷により、既にフローティングゲートに蓄積されていた電荷を緩和し、ソースとドレイン間の増幅率を変化させる。


図1 EEPROM及びDISの構造*

 DIS線量計の初期化は、ソースとドレインに高電圧を印加することによるトンネル効果でフローティングゲートへの電荷の蓄積により行われる。この電荷を蓄積された状態でソースとドレイン間に流れる電気量を測定し、この値を放射線量に変換し初期値として別途内蔵されているデジタルメモリーに書き込む。放射線が入射すると、器壁材との間で相互作用を起こした二次電子が器壁内のガスを電離させる。電離箱内部で発生した電子は、フローティングゲートに引き寄せられ、フローティングゲートの電荷の蓄積を緩和させる。この結果、ソースとドレイン間のチャンネルの増幅率は変化する。
 
 吸収線量の測定は、被ばく後に読み取ったソースとドレイン間の増幅率の変化を線量に変換した値と、その被ばく前にデジタルメモリーに記憶された線量の差として求める。このため線量の読み取りは数秒で終了する。線量の読み取りに際し、被ばくデータを記憶したフローティングゲートに直接関与しないため、何度でも繰り返し読み取りが可能である。また、器壁内部は高い絶縁性が保たれており、フローティングゲートの電荷が漏れ出すことはなく長時間安定で、読み取り後の線量指示値の経時的変動は殆ど無視できる。
 一般的なMOSFET線量計が半導体内部の電離量により線量測定を行うため一回しか利用できないのに対し、DIS線量計は器壁内部のガスの電離を利用して線量測定を行っている。このため、1mSv以上の線量を記憶した場合は、ソースとドレインに再び高電圧を印加し、フローティングゲートに電荷を蓄積することにより記憶をリセットでき、再使用が可能である。それ以下の線量を記憶している場合は、最後の読み取り値を初期値として、これと測定後の読み取り値との差を用いることにより、短時間で線量の測定が継続できる。DIS線量計は電子式線量計に分類されるが、構造は小型の電離箱であるためエネルギー特性は良好で、医療現場のX線撮影など、パルス状放射線の場においても良好な線量応答特性を示す。図2にDIS線量計のエネルギー特性を示すが、広いエネルギー範囲でほぼ一定の感度を持っていることがわかる。


図2 DIS線量計のエネルギー特性(RaDos社DIS-100カタログより引用)
 各曲線はDIS線量計内の個別DISの137Csγ線を基準としたエネルギー特性を示す。緑の線は高感度個人1cm線量当量[Hp(10)]測定用DIS線量計のエネルギー特性を示し、実効エネルギー40keV程度では若干感度が低下する。青い線は中感度個人1cm線量当量[Hp(10)]測定用DIS線量計、赤い線は個人70μm線量当量[Hp(0.07)] 測定用DIS線量計のエネルギー特性をそれぞれ示す。

 現在市販されているDIS線量計は、DIS線量計本体と読み取り装置からなる。線量計本体は、1cm線量測定用に感度の異なる2つのDIS線量計と1つのMOSFET線量計、および70μm線量測定用のひとつのDIS線量計とひとつのMOSFET線量計、合計5つの線量計により構成されている。各線量計の線量測定範囲を図3に示すが、この結果として1システム(線量計本体)により広い測定範囲をカバーできる。読み取り装置はいわゆる電流計であり、DIS線量計を読み取り装置に挿入すると数秒で1cm線量と70μm線量の値を表示する。また、小型の読み取り装置にDIS線量計を装着することにより常時線量を表示できる電子式線量計としても機能し、警報の発報や時系列データの蓄積等の目的への使用に有用である。
 DIS線量計は個人線量計として開発され、短時間で初期化ができること、線量の読み取りが線量計を読み取り装置に差し込むだけであること、及び誰でも容易に取り扱えることなどから、一時立ち入り者や緊急時作業者の線量管理に適している。また、1μSv単位の低線量まで測定できることから環境線量の測定にも利用されている。


図3 内蔵された各チェンバーの線量測定範囲(DIS線量計読み取り装置取扱説明書より引用)
 棒線は、個別DIS線量計の線量測定範囲を示す。SHは低感度の70μm線量当量測定用MOSFET、SLは70μm線量当量測定用DIS、DHは低感度の個人1cm線量当量測定用MOSFET、DLは中感度の個人1cm線量当量測定用DIS、DSは高感度の個人1cm線量当量測定用DISそれぞれの線量計を示す。なお、DIS線量計は再生利用できるが、MOSFET線量計は再利用できない。

 
*本図表は抄録者による自作

コメント    :
 過去において、一時的な放射線作業の際に広く用いられたポケットドジメーターを電子化し、測定レンジを広げると同時に、検出感度を向上させた測定器である。線量の蓄積部分と線量読み取り部分を分離することにより、余分な電気回路などを持たないため、堅牢で軽量な線量計測システムを構築している。現在中性子検出用の線量計を開発中であり、将来更に性能の向上が期待できる。

原論文1 Data source 1:
The Direct Ion Storage Dosemeter
J. Kahilainen
RADOS Technology Oy
Radiation Protection Dosimetry, 66, 459-462 (1996)

原論文2 Data source 2:
Basic characteristics examination of DIS (Direct Ion Storage) dosimeter
N.P. Dung, T. Murayama, K.Otuji, K. Obata, H. Murakami
日本原子力研究所
JAERI-Tech 2001-047 (2001)

原論文3 Data source 3:
Dosimetric characteristics of a novel personal dosemeter based on direct ion storage (DIS)
C. Wernli
Paul Scherrer Institute
Radiation Protection Dosimetry, 66, 23-28 (1996)

原論文4 Data source 4:
Testing of a TLD and a direct ion storage (DIS) dosemeter for use as a personal dosemeter
A. Kosunen, E. Vartiainen, H. Hyvonen, E. Rantanen, J. Kahilainen*
Finnish Centre for Radiation and Nuclear Safety
*RADOS Technology Oy, Finland
Radiation Protection Dosimetry, 66, 29-32 (1996)

原論文5 Data source 5:
The direct ion storage dosemeter for the measurement of photon, beta and neutron dose equivalents
C. Wernli, A. Fiechtner, J. Kahilainen*
Paul Scherrer Institute
*RADOS Technology Oy, Finland
Radiation Protection Dosimetry, 84, 331-334 (1999)

参考資料1 Reference 1:
OSL線量計とDIS線量計による環境線量測定
小林育夫
長瀬ランダウア株式会社
第5回放射線計測分科会、放射線施設、放射線・放射能モニタの最新計測機器、日本アイソトープ協会、2003、pp.45-52

キーワード:直接記憶型線量計、電離箱、アナログメモリー、個人線量計、環境線量計、金属酸化皮膜電界効果トランジスター、電子式線量計、受動型線量計
Direct ion storage type dosemeter, Ion chamber, Analog-EEPROM, Personal dosemeter, Environmental dosemeter, MOSFET, Electronic dosemeter, Passive dosemeter
分類コード:040302

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