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作成: 2003/12/17 小田啓二

データ番号   :040283
放射線飛跡を可視化する測定器とその応用
目的      :放射線飛跡の可視化とその応用
放射線の種別  :アルファ線,電子,中性子,中間子
放射線源    :自然放射線、宇宙線、Am-Be
フルエンス(率):自然放射線レベル、102-103/cm2/s
線量(率)   :自然放射線レベル、0-0.2mSv, 0.1mSv/day
利用施設名   :スペースシャトル、放医研HIMAC
照射条件    :大気中、宇宙空間
応用分野    :個人中性子線量計、自然放射線・宇宙線計測や放射線教育への応用

概要      :
 通常見えない放射線を目に見える形にする「可視化」による放射線計測技術の開発が行われている。精密計測では各種計数管などリアルタイムで電気シグナルに変換して処理する技術が主流となっているが、自然環境・宇宙環境での積算線量計測では、「飛跡検出器」や「過熱液滴型検出器(バブルディテクタ)」がそれらの特徴を発揮している。また、「目で見る」という意味で、霧箱やスパークチェンバーは最も効果的な放射線教育の教材である。

詳細説明    :
 放射線計測とは、五官に感じない放射線を目に見える形に変える技術であるとも言える。種々の測定器の中で、光や画像として可視化するものに、スパークチェンバー、霧箱、泡箱、過熱液滴型検出器、飛跡検出器などがある。精密な放射線計測では、アクティブ型カウンタなど電気シグナルに変換して処理する技術が支配的であるが、可視化という観点からこれらを補完する形で上のような可視化測定器が利用されている。
 
 応用分野のひとつは、自然放射線レベルの低線量率場や宇宙空間における積算線量測定である。「飛跡検出器」では、記録された重荷電粒子の潜在飛跡をその後の化学エッチングによってエッチピット画像として測定する。図1はCR-39と呼ばれるプラスチックに記録されたリチウムイオンと炭素イオンをアルカリ溶液でエッチングした後のエッチピットの断面画像である(原論文3)。エッチング条件が一定の下では、ピット径が粒子の種類やエネルギーによって変わることを利用し、粒子の種類を同定する。この原理を用いて、宇宙空間での荷電粒子測定(原論文5)や環境中ラドン(及び娘核種)測定などに応用されている。


図1  リチウムおよび炭素イオンのエッチピットの断面写真(原論文3より引用)

 熱的非平衡状態を利用した「過熱液滴型検出器(バブルディテクタ)」は、放射線のエネルギー付与により誘導される沸騰現象を泡として観測する(原論文1)。バブル形成にはある臨界サイズの中に臨界値以上のエネルギー付与が必要であるが、実用上は、液体材料だけでなく温度や圧力など諸条件による感度依存性を制御することが不可欠である。エックス線やガンマ線用のポケット電離箱に対応する直読式中性子線量計としての役割が期待されている(原論文3)他、中性子エネルギー依存性の異なる複数素子を用いたスペクトロメータとしての利用、宇宙空間でのモニターや個人線量計としての実績も重ねつつある(原論文4)。また、特殊な用途として、使用済核燃料の管理測定の試みも報告されている(原論文2)。
 
 もうひとつの重要な利用は、一般の方々への知識普及活動における教材である。放射線の検出を音で知らせるよりは、自然放射線の存在を具体的に目で見てもらう方がはるかにインパクトが大きい。その代表例がスパークチェンバーと霧箱である。
 
 「霧箱」は20世紀前半では、核物理学や素粒子物理学の発展に大きく寄与した測定器である。その後、写真乾板、液体泡箱から計数管などの検出器へと移っており、これら分野における霧箱の使命は果たされたと言える。しかしながら、物理導入教育や放射線教育という観点から、発泡スチロールとプラスチック材料などで簡単に作製することができる簡易型霧箱は、最も重要な教材のひとつとなっている。霧箱工作実験と自然放射線源からのアルファ線飛跡(図2)の観察は、最も効果的な放射線教育実験のひとつである。アルファ線源としては、通常、放射能の強さや扱いやすさの観点から、マントル(ランタンの芯、トリウムが含まれている)が使われている。なお、いくつかの科学館に設置されている大型霧箱では、多くの宇宙線シャワー(電子線)の飛跡も観察することができる。


図2  手作り霧箱キットによるα線の観測(原論文6より引用)

 また、大阪大学の福井宗時教授によって開発された「スパークチェンバー」(図3)は、宇宙線の観察(デモンストレーション)として優れた測定器である。放電箱の上下のシンチレータと光電子増倍管からのシグナルの同時計測によって高電圧のトリガーを行い短時間に放電を起こさせるという原理である。このような電極対(パルス電源に並列に接続された各電極対に10kVを1μs間印加)を10〜20層重ねることにより、飛跡を直線的な放電光として観察できる仕組みである。ダイナミックな宇宙線飛跡は各地の科学館における目玉のひとつとなっている。


図3  スパークチェンバー(原論文6より引用)



コメント    :
 現在、宇宙空間における個人線量計測は、線エネルギー付与(LET)の情報取得が可能な飛跡検出器と全吸収線量評価用熱傾向蛍光線量計(TLD)の組合せが主流である。後者はガラス線量計などに置き換わる可能性があるが、前者は引き続き基本検出器として重要な柱となるであろう。バブルディテクタは温度依存性とダイナミックレンジなどの課題の克服が急務となっている。
 一方、放射線教育に用いられている検出器については、今後も放射線の可視化という観点から要望が多くなるであろう。一層の普及については大幅なコストダウンが不可欠である。

原論文1 Data source 1:
How Does a Bubble Chamber Work ?
D. Konstantinov, W. Homsi, J. Luzuriaga, C.K. Su, M.A. Weilert and H.J. Maris
Brown University, USA
Journal of Low Temperature Physics, 113, 485-490 (1998)

原論文2 Data source 2:
Monitoring Neutrons from Spent Reactor Fuel by Bubble Detectors
N.C. Tam, K. Baricza and L. Lakosi
Institute of Isotope and Surface Chemistry, Hungary
Radiation Measurements, 31, 463-466 (1999)

原論文3 Data source 3:
軽イオンに対するCR-39飛跡検出器の特性評価
一定弘毅、山内知也、小田啓二、ビルジット・ドルシェル*、デートリッヒ・ヘルムスドルフ*、カリン・カドネル*、フランソワ・バジニ**、ミッシェル・フロム**、アライ・シャンボデ**
神戸商船大学、*ドレスデン工科大学(独)、**フランシュコンテ大学(仏)
放射線, 27, No.4, 7-18 (2001)

原論文4 Data source 4:
Neutron Measurement Using Bubble Detectors − Terrestrial and Space
H. Ing
Bubble Technology Industries Inc., Canada
Radiaton Measurements, 33, 275-286 (2001)

原論文5 Data source 5:
受動・積算型線量計による宇宙放射線計測技術の開発
俵裕子、上垣内茂樹*、益川充代*、永松愛子*、中野完*、熊谷秀則**、正木道子**、倉持恵美子***、保田浩志***、安田仲宏***
高エネルギー加速器研究機構/宇宙開発事業団、*宇宙開発事業団、**エイ・イー・エス、***放射線医学総合研究所
放射線, 27, No.4, 29-41 (2001)

原論文6 Data source 6:
放射線の飛跡を観察する
大野新一
放射線教育フォーラム
放射線と産業, No.98, 49-54 (2003)

キーワード:霧箱、泡箱、過熱液滴型検出器、スパークチェンバー、飛跡検出器、宇宙線、中性子、自然放射線、放射線教育
cloud chamber, bubble detector, super-heated drop detector, spark chamber, track detector, space radiation, neutron, natural radiation, education on radiation science
分類コード:040301

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