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作成: 2004/01/26 山内良麿

データ番号   :040281
反ニュートリノ検出装置カムランド(KamLAND)
目的      :ニュートリノの検出とその応用
放射線の種別  :ベータ線,ガンマ線,陽電子,中性粒子
放射線源    :柏崎、敦賀、高浜原子力発電所等 総熱出力 約80GW
利用施設名   :東北大学ニュートリノ科学センター・カムランド
照射条件    :地下1,000m
応用分野    :素粒子物理、核物理、天体物理、放射線計測

概要      :
 KamLANDは神岡に設置された1,000t 液体シンチレータ検出器である。その目的の第一は原子炉からの反電子ニュートリノを数百km 飛ばして その間の変化を見ることにより、ニュートリノの性質を調べることである。液体シンチレータ中で反電子ニュートリノと陽子が反応して生成される陽電子 と引き続いて発生するγ線を検知して、遅延同時計数による測定を行う。2002年に実験を開始し、ニュートリノ質量に関する情報を得た。

詳細説明    :
 神岡鉱山の地下1,000mの位置に置かれた水チェレンコフ検出器カミオカンデの跡に、新たに液体シンチレータ反ニュートリノ検出装置:KamLAND (Kamioka Liquid scintillator Anti-Neutrino Detector) が2002年1月に完成し、データ収集を開始した。KamLANDによる研究目的の第一は原子力発電所で生成される反電子ニュートリノの振動現象を検出してニュートリノ質量を測ることである。ニュートリノ振動とは、ニュートリノが質量を持つ結果、飛行中に他の種類のニュートリノに転換する現象をいう。この転換確率は飛行距離によって振動する。原子炉では、核分裂によって生成される不安定核がβ崩壊を起こして、反電子ニュートリノを放出する。神岡は周りに柏崎、敦賀、高浜等の原子力発電所があり、それぞれ神岡からほぼ180km 離れていて、振動実験に適した位置にある。


図1 Schematic diagram of KamLAND detector (原論文1より引用。 Reprinted figure from: K. Eguchi et al. First Results from KamLAND: Evidence for Reactor Antineutrino Disappearance. Physical Review Letters, 90, 021802 (2003). Figure 1. Copyright 2003 by the American Physical Society.)

 KamLAND では、100keV領域までの低エネルギー・ニュートリノを検出することにより、多目的なニュートリノ研究を目指している。低エネルギーによる反応信号の微弱化を補うために、KamLAND には水チェレンコフ光の約100倍の発光量を持つ液体シンチレータを使用している。kamLAND 検出器の概略を図1に示す。中央部に直径13mの透明なナイロン膜バルーンに入った1,000tの 液体シンチレータがある。液体シンチレータはドデカン80%、1,2,4-トリメチルベンゼン20%、2,5-ジフェニールオキサゾール1.52g/103cm3の割合の混合液である。液体シンチレータの入ったバルーンは、直径18mの球形ステンレス製タンクの中に吊されている。タンク内はドデカンとイソパラフィンの混合液が充填され、液体シンチレータの重量がバルーンにかからないようにしている。タンクの内壁には1,325本の17インチ光電子増倍管(PMT)と、554本の20インチPMTが並べられ、全立体角の34%を覆っている。最外層は宇宙線検出用の水チェレンコフ検出器である。
 
 反電子ニュートリノは液体シンチレータ中で(反電子ニュートリノ + 陽子 → 陽電子+中性子)反応を起こし、陽電子による先発シンチレーション光と、引き続いて起こる熱中性子捕獲反応(中性子+ 陽子 → 重陽子 + γ線)による遅発シンチレーション光との遅延同時計数によって検出される。
 ニュートリノを検出する場合は、弾性散乱(ニュートリノ + 電子 → ニュートリノ + 電子)による反跳電子のシンチレーション光のみを計測する単一事象計測になる。

 測定の結果、バックグラウンドを差し引いた検出値は予測値の6割で、原子炉反電子ニュートリノ消失が検出された。ニュートリノ振動の転換確率から転換前後のニュートリノの質量差Δm2=m22 - m12 が得られるが、その値はΔm2=6.9x10-5eV2であった。これは重い方のニュートリノの質量が0.008eVより大きいことを示し、電子の質量の6,000万分の1に当たる。
 
 太陽での核融合反応でつくられる電子ニュートリノを地上で観測すると、観測値は理論値の1/3と少ないことが知られている。この太陽ニュートリノ欠損がニュートリノ振動によって引き起こされることが最近の測定の結果により明らかになった。太陽ニュートリノ測定データからΔm2=5.5x10-5eV2 が得られている。原子炉反電子ニュートリノ実験で得られたΔm2値は、太陽ニュートリノのΔm2値と矛盾しない。図2 はこれまでの原子炉実験から得られた反電子ニュートリノの検出数/予測数の値を、検出器までの距離に対して表したものである。図中の点線は、太陽ニュートリノ欠損パラメータによる予想曲線を示す。KamLANDの結果が予想曲線上にあることがわかる。


図2 The ratio of measured to expected anti-electron-neutrino flux from reactor measurements. The solid circle is the KamLAND result plotted at a flux-weighted average distance of 〜180 km. The dashed region indicates the range of flux prediction corresponding to the 95% C.L. LMA region from a global analysis of the solar neutrino data. The dotted curve, sin22θ= 0.833 and Δm2 = 5.5x10-5 eV2, is representative of a best-fit LMA prediction and the dashed curve is expected for no oscillations. (原論文1より引用。 Reprinted figure from: K. Eguchi et al. First Results from KamLAND: Evidence for Reactor Antineutrino Disappearance. Physical Review Letters, 90, 021802 (2003). Figure 3. Copyright 2003 by the American Physical Society.)

 KamLAND では、原子炉反電ニュートリノ実験データの蓄積を引き続き進めているが、さらに太陽ニュートリノの単独検出による太陽ニュートリノ生成機構の解明、超新星爆発ニュートリノの検出による星の進化機構の解明、地球内部で生成される反電子ニュートリノの検出による地球内部エネルギー生成機構の解明等の研究を目指している。

コメント    :
 太陽ニュートリノ欠損と原子炉ニュートリノ消失現象は、ともにニュートリノ振動に起因することを示唆しており、KamLAND による原子炉反電子ニュートリノ実験は、太陽ニュートリノ欠損現象を太陽に依存することなく解明する手段になる。KamLANDの弱点は、水チェレンコフ光が指向性を持つのに対して、シンチレータの発光は等方的であリ、方向の情報が得られない点である。しかしながらKamLANDの高発光特性の利点は大きく、今後特に低エネルギーのニュートリノ研究に威力を発揮することが期待される。

原論文1 Data source 1:
First Results from KamLAND: Evidence for Reactor Antineutrino Disappearance
K. Eguchi (Research Center for Neutrino Science, Tohoku Univ.) et al. (KamLAND Collaboration)
Physical Review Letters, 90, 021802 (2003)

原論文2 Data source 2:
Present Status of KamLAND
A. Suzuki (for the KamLAND Collaboration)
Research Center for Neutrino Science, Tohoku Univ.
Nuclear Physics B (Proc. Suppl.) 77, 171-176 (1999)

原論文3 Data source 3:
Determination of Solar Neutrino Oscillation Parameters using 1496 days of Super-Kamiokande-I data
S. Fukuda (Institute for Cosmic Ray Research, University of Tokyo) et al.
Physics Letters B, 539, 179-187 (2002)

原論文4 Data source 4:
特集:ニュートリノの物理ー小柴昌俊氏のノーベル物理学賞受賞を記念して
戸塚洋二(高エネルギー加速器研究機構)他
日本物理学会誌, 58, 313-366 (2003)

原論文5 Data source 5:
カムランド実験による原子炉ニュートリノ欠損の発見
末包文彦、中嶋 亨
東北大学大学院理学研究科ニュートリノ科学研究センター
日本原子力学会誌、45, 617-622 (2003)

参考資料1 Reference 1:
新しいニュートリノ研究領域を拓く KamLAND 実験
鈴木厚人
東北大学大学院理学研究科ニュートリノ科学研究センター
日本物理学会誌、55, 594-602 (2000)

キーワード:カムランド、液体シンチレータ、光電子増倍管、ニュートリノ、反ニュートリノ、反電子ニュートリノ、ニュートリノ振動、太陽ニュートリノ欠損、ニュートリノ質量
KamLAND, liquid scintillator, photomultiplier tube, neutrino, anti-neutrino, anti-electron-neutrino, neutrino oscillation, solar neutrino deficit, neutrino mass
分類コード:040103,040104,040301

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