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作成: 2002/10/29 山口 憲司

データ番号   :040273
荷電粒子を利用したナノ微細加工と評価
目的      :微細加工及び材料評価技術
放射線の種別  :電子,軽イオン,重イオン
照射条件    :超高真空下
応用分野    :ナノテクノロジー、エレクトロニクス、エネルギー・環境、バイオテクノロジー。

概要      :
 イオンや電子、あるいはプラズマなどは、ナノ微細加工に欠かせない荷電粒子線源として重用されており、その利用技術の代表格としてFIB(集束イオンビーム)法や電子線リソグラフィが挙げられる。また、最先端技術同士の融合により新たなブレークスルーも期待され、ナノ微細加工技術は今後もさらなる発展の可能性を秘めている。一方、ナノ微細構造の評価においては、nmレベルの高分解能の非破壊分析が可能になっている。

詳細説明    :
 元来「ナノテク」は、リソグラフィや自己組織化過程の利用などにより極限まで微細化した構造を実現することと、これらの微細構造から新機能を導出することを目的としている。その手段として、各種のイオンビームや電子線等の荷電粒子が活用される。広義には、プラズマも含まれる。
 
 近年のビーム照射技術の進展は目覚しく、なかでも集束イオンビーム(FIB)法では、nmオーダーにまで絞られた極細ビームを用いることで、pAオーダーの電流ながらも 105106 A m-2 級の高い電流密度が得られる。既に、FIB法は、微細加工や、透過電子顕微鏡(TEM)観察用薄膜試料の作製など、幅広く応用されている。
 
 電子線(イオン)リソグラフィ法は、サブµm程度の解像度しか有しない従来の光リソグラフィに代わる手法として期待が大きい。電子線リソグラフィを用いるプロセスは、レジストと呼ばれる層に目的の微細図形を作る描画と呼ばれるプロセスと、これを基板に写す転写と呼ばれるプロセスで構成される。電子線は、現在数nmのレベルまで絞ることができ、また荷電粒子であることから、ビーム径の他にも、電流密度やエネルギー等の照射条件が可変であるため、レジストとの反応性をnmレベルで制御でき、描画において図形を露光する際に用いられる。
 
 微細加工へのプラズマの利用においては、プラズマの構成粒子である加速されたイオンや電子が基板や薄膜に損傷を与える可能性がある。このような欠陥の存在がnmオーダーの積層膜を蒸着する上で、その特性に大きな影響を与えてしまうのは言うまでもない。しかし電子温度の低温化により蒸着される膜中の欠陥生成を抑えることができる。また、プラズマ中には、他にも多種多様の原子、分子種やラジカルなどが存在し、これを利用した材料創製も注目されている。例えば、希ガスと酸素の混合プラズマによる薄膜の酸化では、活性なラジカル種が酸化速度の促進に寄与する。
 
 入射粒子の低速化という点では、クラスターイオンも注目に値する。クラスターイオンの利用のメリットは、(1) クラスターを構成する一原子当たりのエネルギーが実効的に小さくなり、低エネルギーで照射した場合と同様の効果が期待できること、(2) 輸送される原子数に比べ電荷量が小さいので、絶縁物に照射した場合のチャージアップ効果が低減されること、(3) クラスターイオンが固体との衝突により平面方向に広範囲にかつ均一に散乱するため、衝突時の効果は表面と平行な方向に波及し、ごく浅い領域を広範にスパッタ洗浄できること、などが挙げられる。
 
 異なった最先端技術を組み合わせると、新しいナノ加工技術の創出に繋がる。例えば、金属クラスターをエッチングマスクの自己形成核として用い、これに電子線リソグラフィの手法を組み合わせることにより、所望する位置にナノ構造体を作製する方法が開発されている。これは、自己組織化過程のみに依存する従来プロセスでは困難であった位置の制御を、電子線リソグラフィを用いたプロセスにより克服すると同時に、後者のプロセスを超えた分解能を持った構造体の加工を可能にしている(図1参照)。
 
 図に示された「Siナノ円柱」は、直径10nm、高さ100nm程度の大きさを有し、一つ一つが100nm間隔で規則的に配列しており、電子線リソグラフィのみによるプロセスでは限界とされたサイズ(数10nm)よりはるかに微小な構造体が形成されている。


図1  電子線リソグラフィーを利用した金属クラスターの配置制御により実現したシリコンナノ円柱の周期配列。(原論文4より引用)

 微細加工技術と相俟って、創製されたナノ微細構造を評価する手法も進展している。イオンビームや電子線は、既に質量分析や各種電子分光のプローブとして重用されている。オージェ電子や光電子の脱出深さは数nmオーダーであるので、オージェ電子分光法(AES)や光電子分光法(XPS)は、本質的にナノ領域の分析に適した手法である。しかも、イオンの照射条件を適切に選べば、イオンエッチングによるnmオーダーの高分解能をもった深さ方向分析が可能である。
 
 しかし、これらのプローブビームは通常keVオーダーのエネルギーで固体表面に入射するため、照射欠陥の導入、スパッタリングやイオン・電子励起脱離による表面状態変化などの問題が生じる。これを克服する一つの方法として、近年、放射光の特徴を利用して、波長をパラメータにした光電子の分光が可能となっている。この放射光光電子分光では、非破壊で、深さ方向に状態分析ができ、深さ分解能はnmオーダーに達する。この評価技術は、表面性状に関して原子レベルの情報を提供する走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)等とともに将来大きな発展が期待される。
 
 また、関連技術の進展も見逃せない。ナノ技術の発展は、超高真空技術に支えられた表面洗浄技術に負うところが少なくない。数原子層レベルの不純物の存在が成膜過程や被膜の特性に大きな影響を与えることは古くから知られており、現在では、極限まで清浄化された環境真空下(<10-8Pa)での薄膜プロセス技術の進展により、原子層レベルでの吸着層の制御も可能になりつつある。

コメント    :
 
 荷電粒子を用いた微細加工や評価技術は、近年飛躍が著しい「ナノテク」分野を支える重要な柱を形成しており、今後も単独の技術としてまだまだ発展していくと思われる。一方で、Si-ULSIに代表されるように微細化がほぼ限界に達したと言われる場合には、むしろ新素材の導入などデバイス加工方法そのものについての発想の転換が求められている。このように、「ハード」・「ソフト」の両面から技術としてのブレークスルーを見出していくところに「ナノテク」の特徴があり、21世紀社会に貢献し得る技術としてその進展に多くの期待や関心が寄せられる所以でもある。

原論文1 Data source 1:
特集「ナノテクノロジー」−技術動向と21世紀社会への貢献−
「応用物理」編集委員会
(社)応用物理学会
応用物理, Vol.71 No.8, 960-1032 (2002)

原論文2 Data source 2:
超高密度ストレージ用磁性薄膜成膜技術の動向と展望−ウルトラクリーンプロセス下での微細組織・界面制御−
高橋 研, 角田 匡清
(社)応用物理学会
応用物理, Vol.71 No.10, 1214-11226 (2002)

原論文3 Data source 3:
ガスクラスターイオンビームによるナノスケール表面プロセス
山田 公
(社)日本金属学会
まてりあ, Vol.35 No.8, 849-853 (1996)

原論文4 Data source 4:
金属クラスターを用いたシリコンナノ円柱の加工とフォトニック結晶の作製
多田 哲也, ウラジミール V. ポボロッチ, 金山 敏彦
(社)応用物理学会
応用物理, Vol.71 No.10, 1251-1255 (2002)

キーワード:イオンビーム、電子線、プラズマ、クラスターイオンビーム、ナノテクノロジー、微細加工、材料評価、集束イオンビーム(FIB)法、電子線リソグラフィー、非破壊分析
ion beam, electron beam, plasma, cluster ion beam, nanotechnology, nanofabrication, material characterization, focused ion beam, electron beam lithography, non-destructive analysis
分類コード:040101, 040102, 040403

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