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作成: 2002/10/25 俵 裕子

データ番号   :040270
積算型線量計による宇宙放射線場の線量計測法
目的      :積算型線量計の宇宙線量計測への応用
放射線の種別  :陽子,中性子,軽イオン,重イオン
放射線源    :宇宙環境放射線(陽子、He核〜Fe核、数MeV/n〜1GeV/nかそれ以上)、重イオン加速器(Hイオン〜Feイオン、数MeV/n〜数百MeV/n)
フルエンス(率):1〜1010/cm2/s
線量(率)   :国際宇宙ステーション:〜1mSv/day
利用施設名   :(独)放射線医学総合研究所HIMAC加速器
応用分野    :宇宙放射線計測、中性子計測、重イオン計測

概要      :
 宇宙放射線場には異なるLETをもつ多種の粒子があり、宇宙船の乗員の被ばく線量を評価するためには、それらの分布を測定することが重要である。この計測に使用される熱蛍光線量計(TLD)やCR-39プラスチック固体飛跡検出器は、受動型の積分型線量計であり、LETに対する応答特性は、重イオン加速器等を使用して予め調べることができる。

詳細説明    :
 宇宙での放射線の量は地上における自然放射線に比べてはるかに多く、太陽活動や地球磁場などの影響を受けて大きく変動する。地上の自然放射線による年間被ばく線量は世界平均で2.4mSvと推定されているが、約400kmの高度で地球を周回している国際宇宙ステーション(ISS)では船内で一日当たり1mSv程度被ばくする。
 
 また、火星探査などで惑星間宇宙に滞在しているときに大型の太陽フレアが起こると数時間から数日という短い期間に1Svを超える被ばくが生じる可能性がある。宇宙での一次放射線源には、超新星爆発が起源といわれる銀河宇宙線、宇宙放射線が地球磁場で捕捉されてできた放射線帯、太陽フレアなどの太陽粒子現象がある。一次放射線は主に、電子や、陽子から鉄核までの重荷電粒子(数MeV/n〜数GeV/n以上)である。これらは、さらに船体などとの相互作用し、光子、電子、陽子、中性子、α粒子、反跳原子核などが二次宇宙線として発生する。
 
 宇宙船乗員の被ばく量は、線量当量H[Sv](=吸収線量D[Gy]×線質係数Q)の関係により計測されてきた。国際放射線防護委員会 (ICRP) は放射線のQを水中での線エネルギー付与(LET[keV/μm-water])の関数として与えている。線エネルギー付与とは、放射線がその飛跡に沿って単位長さ当たりに物質に与えるエネルギーのことであり、以下の記述では物質として常に水を仮定している。
 
 1990年のICRP勧告(ICRP60)によればLETが10keV/μm-water以上の放射線のQは1より大きな値を取る(図1参照)。図1に示したのは1998年6月のSTS-91ミッションで、ISSとほぼ同じ軌道(高度400km前後、傾斜角51.6°)で飛行したスペースシャトル・デスカバリー号船内の宇宙放射線微分フラックス(1/cm2/sr/s/(keV/μm))のLETに対する分布(LET分布)の測定例である。実時間型放射線モニタ(RRMD-III)は船内でリアルタイム測定を行い、CR-39は地上に帰還後解析された。
 
 10keV/μm-water 以上の宇宙放射線は、低エネルギー陽子やα粒子、炭素から鉄核までのHZE粒子(高原子番号高エネルギー粒子)、核反応による反跳原子核などが主である。宇宙放射線では、Qの大きな放射線の寄与が大きく、過去にISS軌道のスペース・シャトル船内で測定された宇宙放射線場の実効的線質係数(=H/D)は1.5〜2.5であった。


図1 スペース・シャトル実験(STS-91、高度400km、傾斜角度51.6°)で測定された宇宙放射線のLET分布(縦軸目盛り左側)と、1990年のICRP勧告で採用された線質係数QとLETの関係(縦軸目盛り右側)。点線は宇宙放射線実時間計測装置(RRMD-III)、黒丸はCR-39による測定値である。

このように宇宙放射線計測では放射線防護の観点からLET分布を測定することが重要である。
 
 粒子フルエンス(率)をLETの関数として測定する能動型検出器としてRRMD-IIIのようにシリコン半導体検出器を利用したものや、組織等価型比例計数管が宇宙用に実用化されている。また、熱蛍光線量計(TLD)や固体飛跡検出器などの積算線量を計測する受動型素子には、能動型に比べると小型軽量、電源不要で経済的などの利点があるため、宇宙開発の初期から頻繁に使用されてきた。しかし、TLDは吸収線量の読み出しが容易であるがLET分布測定ができないという欠点がある。さらに、高LET放射線に対して熱蛍光効率が低下する(図2参照)ので高LET成分の多い宇宙放射線場では吸収線量を過小評価する。
 
 一方、固体飛跡検出器は低LET放射線には不感であるが、高LET放射線の飛跡を記録する能力がある。個々の粒子の飛跡を解析することによりそれぞれの粒子のLETが測定できる。CR-39プラスチック飛跡検出器のLET検出下限は約4keV/μm-waterなので、宇宙放射線のLET分布測定用としては十分な機能を持つ。TLDの高LET側のLET応答関数(図2のf(LET))を予め求めておくことにより、CR-39で測定したLET分布を使って高LET側の見かけの吸収線量を算出し、これに基づき上述の過小評価分を補正して、正確な吸収線量Dを評価することができる。
 
 また、CR-39で測定したLET分布とICRPの定めるQ-LET関係からは10keV/μm-water以上の吸収線量D(LET>10keV/μm-water)と線量当量H(LET>10keV/μm-water)を計算できる。全LETにわたる線量当量は
 
 H(全LET領域)= D(全LET領域)−D(LET>10keV/μm-water) + H(LET>10keV/μm-water)
 
として求まる。種々の線量計を宇宙放射線計測に応用するためには重イオンビームによる地上特性試験が必要で、日本では放医研HIMAC重イオン加速器などが利用されている。


図2 放射線医学総合研究所HIMACの重イオンビームで測定されたTLD-MSO(Mg2SiO4:Tb)の熱蛍光効率のLET依存性。(原論文3より引用)



原論文1 Data source 1:
Estimation of dose equivalent in STS-47 by a combination of TLDs and CR-39
T.Doke, T.Hayashi, S.Nagaoka, K.Ogura, R.Takeuchi
Waseda Univ., National Space Development Agency of Japan, Nihon Univ.
Radiation Measurements, Vol.24, No.1, pp.75-82 (1995).

原論文2 Data source 2:
受動・積算型線量計による宇宙放射線計測技術の開発
俵裕子、上垣内茂樹、益川充代、永松愛子、中野完、熊谷秀則、正木道子、蔵野恵美子、保田浩志、安田仲宏
高エネルギー加速器研究機構、宇宙開発事業団、エイ・イー・エス、放射線医学総合研究所
放射線、Vol.27、No.4、pp.29-41 (2001)

原論文3 Data source 3:
積分型線量計素子CR-39/TLDによる宇宙放射線線量計測
俵裕子、益川充代、永松愛子
高エネルギー加速器研究機構、宇宙開発事業団
放射線、Vol.28、No.2、pp.181-194 (2002)

参考資料1 Reference 1:
Recommendations of the international commission on radiological protection
ICRP
ICRP Publication 60, Annals of the ICRP 21, Nos. 1-3, Pergamon Press, New York (1991)

参考資料2 Reference 2:
LET distributions from CR-39 plates on Space Shuttle missions STS-84 and STS-91 and a comparison of the results of the CR-39 plates with those of RRMD-II and RRMD-III telescopes
H.Tawara, T.Doke, T.Hayashi, J.Kikuchi, A.Kyan, S.Nagaoka, T.Nakano, S.Takahashi, K.Terasawa, E.Yoshihira
High Energy Accelerator Research Organization, Waseda Univ., Ibaraki Univ., National Space Development Agency of Japan
Radiation Measurements, Vol.35, pp.119-126 (2001)

参考資料3 Reference 3:
Measurements of LET-distribution, dose equivalent and quality factor with the RRMD-III on the Space Shuttle Missions STS-84, -89 and -91
T.Doke, T.Hayashi, J.Kikuchi, T. Sakaguchi, K.Terasawa, E.Yoshihira, S.Nagaoka, T.Nakano, S.Takahashi
Waseda Univ., National Space Development Agency of Japan
Radiation Measurements, Vol.33, pp.373-387 (2001)

キーワード:積算型線量計、受動型線量計、固体飛跡検出器、CR-39、熱蛍光線量計、Mg2SiO4:Tb、宇宙放射線、銀河宇宙線、地球磁場捕捉粒子線、太陽粒子現象、陽子、重荷電粒子、Q-L関係、線エネルギー付与、LET分布、吸収線量、線量当量、線質係数
integrating dosimeter, passive dosimeter, solid state nuclear track detector, CR-39, thermoluminescent dosimeter, Mg2SiO4:Tb, space radiation, galactic cosmic rays, trapped particles, solar particle event, proton, heavy charged particle, Q-L relation, linear energy transfer, LET distribution, absorbed dose, dose equivalent, quality factor
分類コード:040302,040301,040101

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