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作成: 2002/11/19 永島圭介

データ番号   :040268
波長13.9nmのコヒーレント軟X線レーザー光源
目的      :コヒーレントX線光源の開発
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線(13.9nm)
フルエンス(率):パルス当り1013/cm2
線量(率)   :パルス当り20μJ
利用施設名   :日本原子力研究所光量子科学研究センターX線レーザー実験装置
照射条件    :真空中
応用分野    :X線分光、X線イメージング、X線顕微鏡、X線散乱、X線回折

概要      :
 次世代のX線光源として高輝度かつコヒーレントなX線源が期待されており、X線レーザーは軟X線領域におけるこの高性能光源を実現するものと考えられる。日本原子力研究所では、X線レーザーの高度化と本格的な応用研究の展開を目指して、超短パルスレーザーを励起源に用いたX線レーザーの研究開発を行っており、発振波長13.9nmにおいて空間コヒーレンスが高く飽和強度に達するX線レーザーの発生に成功した。

詳細説明    :
 SPring-8に代表される大型放射光装置による短波長X線光源が、物性研究から地球科学、生命科学、医療等の極めて広範囲の分野で利用されているように、高輝度のX線光源は多くの応用研究分野で切望されている。特に、小型コンパクトで、パルス当りのフォトン数が極めて多く、時間幅が短く、かつ、高いコヒーレンスを有する高性能な短波長光源が期待されており、X線レーザーは、軟X線領域におけるこの高性能光源を実現するものである。高輝度のX線レーザー装置は、表面物性研究、原子過程研究、リソグラフィー応用におけるナノスケール構造の製作と検査、生体細胞の観察、X線領域での非線形光学といった広範囲の応用分野に利用されることが期待される。
 
 X線レーザーの基本原理は、通常のレーザーと同様に物質中のエネルギー準位間で反転分布を生成し、誘導放射により光増幅するものである。但し、大きなエネルギー差の準位間で反転分布を作るために、多くの場合、レーザー媒質として多価に電離したプラズマを用いることが異なる点である。
 
 高出力レーザー光を励起源として用いた場合のX線レーザー発生の典型例を図1に示す。励起レーザー光を線状に集光してターゲットに照射し、ターゲット面に沿ってX線レーザー媒質となる線状の多価イオンプラズマを生成する。


図1  X-ray laser from solid target irradiated by high power laser. The pumping laser is focused with a line shape on the target and generates highly ionized plasmas.(原論文1より引用)

 日本原子力研究所の光量子科学研究センターでは、X線レーザーの高度化と本格的な応用研究の展開を目指して、過渡的衝突励起方式を主要方式としたX線レーザー専用の実験装置を整備し、平成11年から実験を開始している。図2に、過渡励起方式の励起用レーザーパルス生成法を示す。超短パルス発振器から得られたレーザー光は、パルス波形制御とエネルギー増幅を行った後に、最終的にプラズマ生成のための比較的長いパルス(〜1ns)と短時間に励起するための高強度超短パルス(〜1ps)としてターゲット上に照射される。パルス制御器によって、2つのパルスの時間間隔や強度比等のレーザー照射条件の最適化を行うことが出来る。


図2  Generation of the pumping laser pulse for transient collisional excitation.(原論文1より引用)

 この実験装置を用いて、現在までに8.8〜46.9nmの波長領域でレーザー発振に成功している。特に、ターゲット材として、銀(原子番号47)を用いた波長13.9nmのX線レーザーは、高い反射率の直入射ミラーが使用可能な波長領域であり、様々な分野への応用研究が期待されるため、集中的に開発を進めた。
 
 過渡的衝突励起方式の場合、誘導増幅の持続時間は数10ps程度であるため、X線レーザー光が増幅媒質を通過する時間(約20ps)より短くなる。従って、ターゲット面を同時に照射した場合は、レーザー光が増幅領域を伝搬する前に増幅が起こらなくなってしまうことになる。このため、レーザー光の伝搬と増幅媒質の生成のタイミングを同期させる進行波励起を用いている。ここでは、階段状のミラーを用いてX線の増幅方向へ光速の時間差をつけてターゲットを照射している。誘導増幅では、媒質長を長くすることによりレーザー強度は指数関数的に増加する。
 
 しかし、X線強度がある値(飽和強度)より高くなると増幅によって反転分布量が減少するため、指数関数的な増加は起こらなくなる。この領域を飽和領域と呼び、高い出力のレーザー光を効率良く取り出すことができる。ここでは、照射条件を最適化することにより、長さ4mm程度の小さなプラズマ媒質で、飽和強度のレーザー光を出力することに成功した。
 
 さらに、高い空間コヒーレンスを持つX線レーザーの生成を目的として、2つのレーザー媒質を用いる実験を行った。この実験では、第1媒質から得られるX線レーザーをシード光として用い、第2媒質を空間フィルターとして単一モード増幅を行う。この実験により、従来に比べて発散角が小さく(1ミリラジアン以下)、極めて指向性の高いX線レーザービームの生成に成功した。

コメント    :
 
 X線レーザー研究が開始されてから20年以上になるが、未だに実用段階には至っていない。これは、従来の実験設備の多くが大規模なレーザー装置を用いたものであり、また、定常的に利用できる安定なX線レーザー光源が実現されていないことによると考えられる。一方で、放射光による高品質のX線源は、比較的装置規模が大きいにもかかわらず、基礎科学の研究から医療等まで極めて広範囲の分野で実用段階にある。従って、実用的なX線レーザーが実現されれば、実験室規模でフレキシブルなX線利用の展開が可能になるとともに、その特長である高コヒーレンス、極短パルス、超高輝度等を生かした新しい応用分野も期待される。

原論文1 Data source 1:
過渡的衝突励起方式によるX線レーザー開発
永島圭介、他
日本原子力研究所、光量子科学研究センター
プラズマ・核融合学会誌Vol.78, No.3(2002), pp.248-255

キーワード:X線レーザー、超短パルスレーザー、過渡励起、プラズマ、コヒーレンス
x-ray laser, ultra-short pulse laser, transient excitation, plasma, coherence
分類コード:040105

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