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作成: 2001/3/12 岸 徹

データ番号   :040260
イオンモビリティースペクトル法による微量薬物・爆薬等の検知
目的      :揮発性成分の高感度分析
放射線の種別  :ベータ線
放射線源    :63Ni線源(370MBq)

概要      :
 不法に扱われる爆薬・薬物、さらにサリン等の化学兵器用剤は、犯罪現場においてすみやかに検出確認する必要があり、そのための方法が種々開発されている。これらの物質を荷物を開けずに迅速に検査するためには、それぞれの物質から発生している蒸気や、微量に付着している微粒子を高感度で検査するのが一般的であり、分子をイオン化してその分子の化学構造情報を簡便に知ることができ、装置の小型化も可能なIMS(Ion Mobility Spectrometer)が開発されている。 

詳細説明    :
 1970年に紹介されたイオンモビリティスペクトル法は、装置の小型化が可能であり、大気圧下での分析で分子量に関係する構造情報が得られる。高感度であるため、1990年代にフィールド用分析機器として環境及び軍事分野で環境汚染物質、爆薬、化学兵器の探知に応用されるようになった。さらに、近年社会的に問題となっている乱用薬物の探知機材としても開発されている。
 
 IMSは、図1に示すような構造をしており、イオン化領域で分子を大気圧下、63Ni等のベータ線源を用いてイオン化し、ドリフト領域を通過させることにより、移動時間とシグナル強度のグラフであるプラズマグラムを測定し、その移動度から分子を検出同定するものである。その際、目的に応じてドーパントを加えて分子のイオン化を助ける。例えば、爆薬分子の場合には、ドーパントとしてジクロロメタンを加え陰イオンを測定し、薬物分子の場合には、ドーパントとしてアンモニアを加え、陽イオンを測定する。また、ニコチンアミドをドーパントとして使っているものもある。その結果、プロトン付加分子イオン等が検出されるため、大気圧下の簡易質量分析ともいえる。そのため、IMSでは複数の分子の検出同定が可能であり、さらに、モードを切り替えることにより、同じ機材で爆薬及薬物を検出することが可能である。市販の機材では、プラズマグラム上の移動時間のライブラリーを作成し、爆薬や薬物の種類を自動的に同定して数種の特定化合物に対してアラームを鳴らすことのできるシステムも開発されている。検査時間も1試料あたり、30秒程度と迅速に結果を得ることができる。


図1 イオンモビリティースペクトロメーターの概要(原論文1より引用。  Reproduced from T.Keller, A. Schneider, E. Tutsch-Bouer, J. Jaspers, R. Aderjan and G. Skopp, Int. J. IMS, 2, 22-34(1999), Figure 1 (Data source 1, p.23), Copyright 1999 by International Society for Ion Mobility Spectrometry)


 IMSは、使用目的により空港などに設置して手荷物検査に活用する据え置き型のものからフィールドで検査を行うことのできる携帯型のものまで様々である。一般に据え置き型のほうが高感度であるが、いずれにしろ数pgから数ngの爆薬や薬物を検知する能力を持っている。しかしながら、訓練された犬に比べると感度はまだ足りないようである。
 
 IMSによる探知は、分析機器に薬物等の分子を導入する必要がある。そのためのサンプル採取、濃縮等のサンプリング法が重要な課題となる。蒸気圧の高いニトログリセリン等に関しては直接空気を装置に吸引することにより探知することができる(ガス検知、Vapor Detection)。また、蒸気圧の低い薬物や爆薬等は、微粒子を大気とともにろ紙上に吸引・捕集したり、検査対象物の表面をろ紙で拭いたりして目的成分をろ紙上に付着させそのろ紙をIMSの資料導入口で加熱して探知器本体に導入することにより、プラズマグラムを測定し、探知することができる(粒子探知、Particle Detection)。
 
 IMSを用いた薬物検査の一例として、ドライバーの鼻を拭き取ったものからコカインを検出した例を図2に示す。


図2 IMSによるコカイン検出例(原論文1より引用。  Reproduced from T.Keller, A. Schneider, E. Tutsch-Bouer, J. Jaspers, R. Aderjan and G. Skopp, Int. J. IMS, 2, 22-34(1999), Figure 2 (Data source 1, p.26), Copyright 1999 by International Society for Ion Mobility Spectrometry)


 最近では、薬物等を多量に扱っている人を見つけるために、人を簡易ブースに入れ、100L/s程度の空気を送り込むことにより、衣服などを含めて微量に付着している薬物を補集濃縮し、人全体を検査して、その薬物汚染の有無により薬物取扱の有無を判定するための前濃縮装置とIMSを組み合せた装置も提案されている。また、ガスクロマトグラフとIMSを組み合わせることにより、さらに選択性を上げた装置も開発されている。

コメント    :
 IMSの感度は、未だ犬によるものと比べて低いといわれており、特に携帯型のものについては、感度の面で更に性能の向上が必要である。市販の装置は、前述のとおり、63Ni線源を用いているため、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」による規制があるため、法律規制を受けない3.7MBq以下の線源を用いた機材の開発が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Ion Mobility Spectrometry for the Detection of Drugs in Cases of Forensic and Criminalistic Relevance
T.Keller, A. Schneider, E. Tutsch-Bouer, J. Jaspers, R. Aderjan and G. SkoppInt. J. IMS, 2, 22-34(1999)

原論文2 Data source 2:
Trace Detection of Narcotics Using a Preconcentrator/Ion Mobility Spectrometer System
National Institute of Justice, Law Enforcement and Corrections Standards and Testing Program
NIJ Guide 602-00. http://www.ncjrs.org/pdffiles1/nij/187111.pdf

原論文3 Data source 3:
Guide for the Selection of Drug Detectors for Law Enforcement Application
National Institute of Justice, Law Enforcement and Corrections Standards and Testing Program
NIJ Guide 601-00. http://www.ncjrs.org/pdffiles1/nij/183260.pdf

原論文4 Data source 4:
Guide for the Selection of Commercial Explosives Detection Systems  for Law Enforcement Application
National Institute of Justice, Law Enforcement and Corrections Standards and Testing Program
NIJ Guide 100-99. http://www.ncjrs.org/pdffiles1/nij/178913-1.pdf,http://www.ncjrs.org/pdffiles1/nij/178913-2.pdf

キーワード:イオンモビリティースペクトロメータ、薬物、爆薬、爆発物、微量薬物、化学兵器、 Ni-63
ion mobility spectromete, abused drug, explosive, trace abused drug, chemical weapon
分類コード:040202, 040206

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