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作成: 2001/01/24 喜多尾憲助

データ番号   :040234
RI中性子捕獲γ線を利用するインビボ微量元素分析
目的      :体内微量元素の同定
放射線の種別  :中性子,ガンマ線
放射線源    :252Cf線源(4.8GBq), 238Pu-Be線源(1.48TBq)
フルエンス(率):104/(cm2・s)
利用施設名   :放射線医学総合研究所、自治医科大学、ウェールズ大
照射条件    :大気中
応用分野    :医療

概要      :
 RI線源からの中性子によって照射を受けている身体から二次的に放出されるγ線(捕獲γ線)を分析して、体内の特定の部位や臓器内に存在する微量元素の分析を行うための装置、 測定器、 さらに移動使用を可能にするための自動車積載型装置が報告されている。モンテカルロ法計算コードMCNPによる体内熱中性子分布の計算、さらに溶接作業者の腎臓及び肝臓中のカドミウム負荷量の測定例が報告されている。

詳細説明    :
 被験者の体外から速中性子を照射すると、中性子は体内で減速し熱中性子となる。このような場合、中性子のエネルギーによって多少異なるが入射側表面から数cm入ったところで熱中性子フルエンス率は最大となる(図1)。


図1  Relative thermal neutron fluence versus depth along the central axis of the water phantom.(原論文3より引用。 Reproduced from S.A.Natto, D.G.Lewis, S.J.S.Ryde, Applied Radiation and Isotopes, Vol. 49, 545-547 (1998), Figure 2(Data Source 3, pp.546), Copyright(1998), with permission from Elsevier Science.)

 熱中性子を吸収した元素の原子核は、瞬時的に捕獲γ線を放出する。このγ線は物質構成元素の核種に固有のエネルギーをもっている。従って、速中性子を照射しながら、身体から出てくる捕獲γ線をゲルマニウム検出器でスペクトル分析を行う(γ線スペクトロスコピー)だけで、その場で非破壊的に体内の元素(核種)を同定(インビボ分析)することができる。照射後に身体から放射化試料を採取したり、あらかじめ採取した試料を放射化し計測(インビトロ分析)する必要がない。熱中性子フルエンス率が最大値を示す場所に目的とする元素が蓄積していれば、検出の感度は高くなる。しかし現在のところ分析の対象微量元素はカドミウム及び水銀など、熱中性子捕獲断面積の大きいものばかりである。なおこの方法は、通常の放射化分析と異なり、中性子を吸収した励起状態の原子核から瞬間的に放出されるγ線を利用するため、即発γ線中性子放射化分析(prompt gamma-ray neutron activation analysis, PGNAA)と呼ばれることもある。
 速中性子源として使用されているものは、5GBq程度の自発核分裂線源、または、1.5TBq程度の(α,n )RI線源である。252Cf中性子源(原論文1,2:放医研=自治医大 4.76GBq, 原論文3:ウェ-ルズ大 放射能記載なし)、238Pu-Be中性子源(原論文3:バーミンガム大 1.48TBq、原論文5:マックマスター大 放射能記載なし)。これらの線源によって、被験者の身体表面で104/(cm2・s)程度の速中性子フルエンス率が得られるようになっている。
 γ線検出器としては固有検出効率25%程度のゲルマニウム検出器が使用されている。捕獲γ線は100keV〜6MeVのエネルギーをもつが、同定のために対象となるγ線は放出の割合が大きく、かつ他の核種や自然バックグラウンドからのγ線と重ならないものを選ぶ。カドミウムの場合対象となるのはエネルギー595.7keVのγ線である。図2 にこのピーク付近のγ線スペクトルを抜き出して示す。


図2  カドミウム入り肝臓ファントムを浸した水ファントムから生じたγ線のスペクトル。(原論文1より引用。 (社)日本アイソトープ協会と著者のご承認に基づき、喜多尾憲助、Isotope News 1984年1月号 pp.10-11、Figure 1(pp.10) から転載したものです。)

 観測されたγ線の数から、 体内あるいは臓器内に分布している対象元素の濃度を推定するには、体内における熱中性子の分布を知る必要がある。原論文3 はモンテカルロ法プログラムMCNPを用いて、水ファントム内の熱中性子分布を計算し、実験値をよく再現することを示した。原論文5 は、固有検出効率よりも、入射面積の大きいゲルマニウムの使用が、検出感度を向上することを示した。検出感度の向上は,結果において被験者の被ばく線量を低下させることになる。原論文1では、1回30分の測定で4mSvと評価している。
 測定実例としては、メッキ工場においてメッキ糟に入れる枠を製作する溶接工の腎臓及び肝臓内カドミウム量が報告されている(原論文4)。
 RI線源、特に252Cf線源は放射能量も小さく、線源容器も小型化できるため、自動車に積載することも可能で、その例が示されている(原論文2)。


図3 The Swansea IVNAA system. The sielding composite is boated wax.(原論文3より引用。 Reproduced from S.A.Natto, D.G.Lewis, S.J.S.Ryde, Applied Radiation and Isotopes, Vol. 49, 545-547 (1998), Figure 1(Data Source 3, pp.546), Copyright(1998), with permission from Elsevier Science.)



コメント    :
 この分析法では、身体全体がγ線源になり、そのγ線は中性子線源からの漏えいγ線、散乱γ線及び周囲の遮へい体からの捕獲γ線、 検出器に入射する中性子の非弾性散乱からのγ線などと共に妨害放射線を形成し、γ線のピークと連続部分との比を悪化し、検出感度を低下させる。このため現在は、中性子捕獲断面積の大きい元素が分析の対象になっている。しかし、カドミウムのようにきわめて大きい中性子捕獲断面積もつ場合には中性子に対する自己遮へい効果が現れ、正確な元素濃度決定に影響を及ぼすので、注意する必要がある。いずれにせよ、効果的な遮へい体の利用や検出器回りの遮へいに十分配慮することが望ましい。
 なお、ここでは中性子源としてRI線源を使用したものを紹介したが、原子炉でも加速器でも使用可能である。実際、小型原子炉を自動車に積載し、移動型の測定装置が発表されている。ただし、被験者の放射線被ばくを減らし、効率の良い減速を行わせるためには、速中性子のエネルギーは高くない方が良い。なお、被験者の被ばくを考えると照射時間は出来るだけ短くなければならない。従って、必要なγ線計数を確保するには線源強度はなるべく大きい方が望ましく、高いγ線分解能を維持するには高計数率測定の技術が要求されよう。

原論文1 Data source 1:
中性子捕獲γ線を利用する生体内Cd測定装置
喜多尾憲助
放射線医学総合研究所
Isotope News 1984年1月号 pp.10-11

原論文2 Data source 2:
移動型252Cf即発γ線中性子放射化分析装置
菊地透
自治医科大学RIセンター
Isotope News 1987年12月号 pp.8-9

原論文3 Data source 3:
Benchmarking the MCNP Code for Monte Carlo Modelling of an In Vivo Neutron Activation Analysis System
S.A.Natto, D.G.Lewis and S.J.S.Ryde
Univ. Wales, Swansea, UK, and Sigleton Hospital, Swansea, UK
Applied Radiation and Isotopes Vol. 49, pp.545-547 (1998).

原論文4 Data source 4:
Longitudinal Measurements of the Cadmium Burden of 'Jig Solderers' using IVNAA
B.Perrin, S.Green and W.D.Morgan
University Hospital Birmingham, Birmingham, UK
Applied Radiation and Isotopes Vol. 49, pp.701-702 (1998).

原論文5 Data source 5:
Imorovements to the IN Vivo Measurement of Cadmium in Kidony by Neutron Activation Analysis
F.E.McNeill and D.R.Chettle
McMaster Univ., Hamilton, Ontario, Canada
Applied Radiation and Isotopes vol. 49, pp.699-700 (1998).

キーワード:速中性子, 中性子捕獲γ線, 即発γ線, γ線スペクトロメトリ, 重金属, 放射化分析, RI中性子源, インビポ,臓器
fast neutron, neutron capture gamma-ray, prompt gamma-ray, gamma-ray spectrometry, heavy metal. activation analysis,
RI neutron source, in vivo, organ
分類コード:040404

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