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作成: 2000/02/25 大岡 紀一

データ番号   :040210
コンプトン散乱利用ラジオグラフィ
目的      :散乱光子を利用した装置の開発と工業分野への適用
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線
放射線源    :X線(160kV)、放射性同位元素
線量(率)   :300msV/min at 160kV-18mA (X線)
照射条件    :大気中
応用分野    :複合材料の検査、腐食状況の検査、壁画の状況調査、溶接部の欠陥検査

概要      :
 コンプトン散乱利用ラジオグラフィは、光子と物質との相互作用で生ずるコンプトン散乱のうちの1回散乱では、散乱線強度が材料の電子密度の変化にほぼ比例することを利用する手法である。コンプトン後方散乱の原理に基づき、内部あるいは裏側にX線フィルムを配置することのできない場合の検査に有効で、低吸収材料の検査での微小空洞や層状欠陥の検出能力を向上させることができる。

詳細説明    :
 一般に透過X線(またはγ線)を用いるラジオグラフィでは、透過放射線が吸収・減弱される現象を利用しており、X線フィルム上に高コントラストの画像を得るため散乱線を極力低減させる技術が重要となっている。しかしながら、X線(γ線)と物質との相互作用において、図1に示すように、エネルギーが100keVを超えるあたりからコンプトン効果がX線(γ線)減衰メカニズムの支配的要素となる。原子核に強く束縛された電子との衝突で光子の全エネルギーが電子に吸収されてしまう光電効果とは異なり、コンプトン効果では一部のエネルギーは吸収されるものの、光子はもとのエネルギーの一部を保ち、もとと概ね同じ方向に進む前方散乱線あるいは反対方向に進む後方散乱線のようにあらゆる方向に進み得る。さらにほとんどの散乱線は、物質を透過する間に何回ものコンプトン散乱を起こすことになる。


図1 アルミと水に対する光電効果とコンプトン効果の相対的支配性のグラフ。縦軸は光子の線吸収係数、横軸は光子のエネルギー、また、図中実線は光電効果、破線はコンプトン効果を示す。 (原論文1より引用。 (社)日本原子力産業会議及びエクスロン・インターナショナル株式会社のご承認に基づき、第20回日本アイソトープ・放射線総合会議報文集:身近な放射線利用−その成果と発展の可能性(平成3年11月12-14日), 図2 (p.312)から転載したものです。)

 コンプトン散乱線のうちコリメータを用いて1回散乱線のみを検出する機構を採用することにより、これを有効に利用し画像を得ることができる。コンプトン散乱を用いるラジオグラフィにおいて、コリメータによる画像技術は、限定された部位からの1回散乱光子が像を作るうえで必要かつ重要である。
 Tartariらは、図2に示すように、比較的大きな体積のサンプルを用い、入射線と検出器の位置関係で決まる散乱体積をもとに、実験とモンテカルロ・シミュレーション計算との比較を行い、良い一致を得た。また、複数回散乱線の割合は高精度のコリメーションによって低減することができ、新しい技術としてのコンプトン散乱トモグラフィが実現可能なことを示している。


図2 Outline of the experimental and Monte Carlo geometry. Zone 1, 2 and SV indicate the volumes from which the last scattered photons are going out to the detector. (原論文2より引用。 Reprinted from Nucl. Instr. Meth. Phys.Res., B117, 325 (1996), A.Tartari, C.Bonifazzi, J.Felsteiner, E.Casnati: Detailed multiple-scattering profile evaluations in colimated photon scattering techniques; Figure 1 (Data source 2, pp.326), Copyright (1996), with permission from Elsevier Science.)

 フィリップス社(現在、エクスロン・インターナショナル社)で開発されたコムスキャンと呼ばれるシステムは、X線源とスキャンコリメータ、固体検出素子アレイとそのコリメーションシステムの組合せからなり、0.4×0.4mmの解像力を有している。走査範囲は50×100mmで、何種類かの検出器アレイプレートによって、検査する深さを変えることができる。
 またこのシステムは、高安定型X線発生システムとして、メタルセラミックX線チューブヘッドを組み込んだコンスタントポテンシャル工業用X線発生システムを用いている。チューブヘッドから出たX線ビームは図3に示すように、まず、高吸収材料で作られたスリットコリメータでファンビームにコリメートされ、次に螺旋スリットに加工された回転する円筒型コリメータにより、前後にスキャンするペンシルビームへとコリメートされる。


図3 X線管とコリメータの配置(エクスロン・インターナショナル株式会社のご承認に基づき、同社のカタログより転載したものです)。

 さらに具体的には、22個の検出器アレイとコリメータは、コンパクトなスキャナーを構成するため、X線ビームコリメータの中に組み込まれ、X線のファンビーム面の両側に11個の検出素子が配置されている。X軸の走査はX線ビーム自身の走査が受け持ち、Y軸はスキャニングヘッドに組み込まれたY軸インデックスメカニズムに依っている。画像データでのスライスデータはX軸に256ピクセル、Y軸に512ピクセルで8ビット深さである。ディスプレイには同時に2枚のスライス(256×512×8ビット)画像を表示できるほか、画像処理機能を有している。
 コンプトン散乱利用ラジオグラフィの工業分野における応用対象は、主としてアルミニウム、複合材料あるいはプラスチックといった原子番号の小さい材料の検査である。
 一方、Yacoutらは、航空機事故の原因としてみられる腐食損傷において、腐食生成物の密度の違いを利用し、後方散乱線技術が腐食の検出に有用であるとしている。

コメント    :
 コンプトン散乱利用ラジオグラフィ装置として、フィリップス社がコムスキャンシステムを実用化している。検査対象物が大きくても片側からの接近のみで検査可能な長所を有するこのラジオグラフィ技術は、より高エネルギーのX線源あるいはγ線源との組合せによるシステムの開発によって一層利用範囲が拡大されるであろう。
 これにより、例えばトンネル構造物におけるコンクリートの健全性確認、さらには安全性確保が飛躍的に向上することが期待される。また一方、構造物の機器配管類の現場における検査を可能にするため小型軽量装置の開発が望まれる。

原論文1 Data source 1:
コンプトン散乱CT装置(コンプトン後方散乱X線検査装置)
H.Boerner, 相田 健二, 山下 充
日本フィリップス(株)(現:エクスロン・インターナショナル(株))
第20回日本アイソトープ・放射線総合会議報文集, p. 311-320 (1991)

原論文2 Data source 2:
Detailed Multiple-Scattering Profile Evaluations in Collimated Photone Scattering Techniques
A.Tartari, C.Bonifazzi, J.Felsteiner*) and E.Casnati
University of Ferrara, 1-44100, Ferrara, Italy; *)Israel Institute of Technology, 32000 Haifa, Israel
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B117, p. 325-332 (1996)

原論文3 Data source 3:
A Limited-Scan Backscatter Technique for Detection of Hidden Corrosion
A.M.Yacout, M.H.V.Haaren*) and W.L.DUNN
Quantum Research Services, Inc., 5410 W Apex Highway, Durham, NC 27713-9434, U.S.A.; *)Process Equipment Company, 6555 S. State Route 202, Tipp City, OH 45371, U.S.A.
Appl. Radiat. Isot., Vol. 48, No. 10-12, 1313-1320 (1997)

キーワード:コンプトン散乱、ラジオグラフィ、コリメーション、一回散乱、腐食の検出、断層写真
compton scattering, radiography, collimation, single scattering, detection of corrosion, tomography
分類コード:040303

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