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作成: 1999/12/05 下斗米 道夫

データ番号   :040207
アルミニウム中のヘリウムバブルにおけるポジトロニウム形成
目的      :アルミニウム中のヘリウムバブルの陽電子消滅法による評価
放射線の種別  :陽子,陽電子
放射線源    :陽子加速器(600MeV, 4μA/mm2), 22Na線源
フルエンス(率):3x10-6(DPA/s)
利用施設名   :SIN (Switzerland) PIREX施設
照射条件    :375-728 K
応用分野    :原子炉材料、放射線材料学、放射線物理

概要      :
 アルミニウムに600MeVの陽子線を照射すると、点欠陥の他に核変換によってヘリウム、マグネシウム、ナトリウムが導入される。485K以下の温度での照射によって形成されるヘリウム気泡について陽電子寿命の測定を行った。気泡のサイズと密度、ガス密度を陽電子消滅法で求めることが出来ることを確認した。照射温度が高い(655-728K)試料では、陽電子は気泡界面に吸着されたポジトロニウムを形成して、450-480ピコ秒の寿命で消滅することが分かった。この消滅は角度相関曲線の非常に鋭い成分として観測される。

詳細説明    :
 金属に放射線を照射してヘリウムが発生すると、金属内部にバブル(気泡)が発生する事態が核融合炉のプラズマ第一壁で予想されている。したがって、第一壁を診断する技術が必要である。バブルの形成を非破壊的に評価する手法として陽電子消滅法がある。陽電子が金属中のボイドやバブルで消滅することが発見されたのは1972年であった。しかし、陽電子の消滅機構としては、界面で消滅するとするモデルとヘリウム原子とポジトロニウムを形成してから消滅するとするモデルの二つが提唱されていて、決着がついていない。実際、一部の金属においては、ボイドやバブルで陽電子がポジトロニウムを形成して長い寿命を持つことが実験的に知られている。
 本研究では、スイスにあるSINのPIREX施設を用いて、600MeV陽子線を高純度のアルミニウムに照射してバブルを導入して、陽電子消滅の寿命の測定を行って、上記モデルの検証と陽電子によるアルミニウムのバブル評価法を確立することを試みた。陽電子源としてはアルミニウムに核変換で導入された22Naを利用した。研究は低温照射実験と高温照射実験とに大別される。
 低温照射(375-485K)においては、2.3DPA(原子あたりの変位数)まで照射し、陽電子の寿命測定のほかに陽電子消滅の角度相関の測定や電子顕微鏡観察も行った。900Kまでの等時焼鈍を行ってヘリウム気泡を粗大化させる実験も行った。
 図1に照射直後の試料について、バブルで消滅した陽電子の強度・寿命とDPAで表した照射量の関係を示す。


図1 Lifetime and intensity of the long-lived (He bubble) component as a function of the irradiation dose for samples irradiated at 418 K or below in the as-irradiated state. Circles indicate samples cut from the foil with central irradiation temperature 395 K, while triangles indicate samples from the 418 K foil. (原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from K.O.Jensen et al., J. Phys. F.,: Met. Phys., vol.18, 1069 (1988), Figure 1 (Data source 1, pp.1075), Copyright (1988) by Institute of Physics Publishing.)



図2 The Helium density inside bubbles as determined from the positron lifetime plotted against the density as determined from TEM and the total He concentrationon on the same or equivalent samples. The straight line has the slope of one. (原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from K.O.Jensen et al., J. Phys. F.,: Met. Phys., vol.18, 1069 (1988), Figure 5 (Data source 1, pp.1080), Copyright (1988) by Institute of Physics Publishing.)

0.4DPA以上ではほとんどの陽電子はバブルで消滅し、二成分トラッピング解析によればその寿命は385ピコ秒である。この値は、陽電子がバブル界面でアルミ原子とヘリウム原子の電子と対消滅するモデルを支持する。
 そのモデルに基づいて、理論的に陽電子寿命から予想されるヘリウムガス密度と電子顕微鏡観察から算出したガス密度が等しいことを示したのが図2である。従って、陽電子寿命の測定によってガス密度を定量的に得ることが出来る。半径が1nm以上のバブルについては、そのサイズと密度を陽電子消滅法で求められる。核変換によって導入される不純物の影響については、マグネシウムはアルミニウムに固溶するのでなんらの影響は与えず、照射温度が高くない限りナトリウムの影響も無いとして良い。
 高温照射の実験では、アルミニウムに600MeVの陽子線を655-728Kで照射して、陽電子消滅を角度相関法(室温)と寿命法(10-300K)で測定して、ポジトロニウム形成の有無を調べた。
 図3に得られた角相関曲線を示す。


図3 The AC curve for sample 728b at room temperature. The angular resolution is 0.4 mrad. The lower curve shows the broad component of the spectrum determined by this analysis. (原論文2より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from K.O.Jensen et al., J. Phys. F.,: Met. Phys., vol.18, 1091 (1988), Figure 1 (Data source 2, pp.1093), Copyright (1988) by Institute of Physics Publishing.)

中央に非常に鋭い成分が存在する事が分かる。その半値幅(1.6mrad)は気泡内部の電子-陽電子対の自由ポジトロニウムにしては小さく、気泡界面に物理吸着的に局在したポジトロニウムでないかと考えられる。その状態の寿命は450-480ピコ秒である。このポジトロニウム的状態は気泡界面に水平と垂直な方向で異なった運動量分布を持つと解釈される。この鋭い成分は低温照射の試料では観測されない。アルミ中でのナトリウム原子の拡散定数を考慮すると、高温での照射時にはバブル界面にナトリウムが偏析する。その結果、ポジトロニウム的状態が形成されると思われる。このモデルが正しいならば、バブル界面と同様の外部表面を作って角相関を測定すれば、異方性の強い曲線が得られる筈である。
 以上の研究により、アルミニウムのバブルにおいては、陽電子は界面電子と通常の対消滅を行うが、界面にナトリウム原子が存在するとポジトロニウムを形成して消滅すると結論される。また、アルミニウムについては、陽電子消滅でバブルの性状を定量的に評価することが可能となった。

コメント    :
 陽電子消滅法による金属中のヘリウムバブルの評価は、電子顕微鏡によってバブルのサイズや密度などの諸パラメーターが十分調べられているアルミニウムのケースについては本研究で確立された。他の金属については、両法の対応関係を文献で吟味することが必要である。ポジトロニウム形成については陽電子消滅の物理として興味深いテーマである。界面研究の一般的手段として陽電子消滅法が強力な方法として定着するのは難しいが、低速陽電子を利用した吸着表面の研究においては、ポジトロニウム形成のテーマは発展性があろう。

原論文1 Data source 1:
Helium Bubbles in Aluminium Studied by Positron Annihilation: Determination of Bubble Parameters
K.O.Jensen, M.Eldrup, B.N.Singh, and M.Victoria*)
Metallurgy Department, Riso National Laboratory, DK-4000 Roskilde, Denmark; *)Swiss Federal Institute for Reactor Research, Wuerenlingen, Switzerland
J. Phys. F: Met. Phys., Vol. 18, p. 1069-1089 (1988)

原論文2 Data source 2:
Positronium-Lile Positron States in He Bubbles in 600 MeV Proton-Irradiated Al
K.O.Jensen, M.Eldrup, B.N.Singh, S.Linderoth*), and M.D.Bentzon*)
Metallurgy Department, Riso National Laboratory, DK-4000 Roskilde, Denmark; *)Laboratory of Applied Physics II, Technical University of Denmark, DK-2800 Lyngby, Denmark
J. Phys. F: Met. Phys., Vol. 18, p. 1091-1108 (1988)

原論文3 Data source 3:
Positronium Formation in Helium Bubbles in 600 MeV Proton-Irradiated Aluminum
K.O.Jensen, M.Eldrup, and B.N.Singh
Metallurgy Department, Riso National Laboratory, DK-4000 Roskilde, Denmark
J. Phys. F: Met. Phys., Vol. 15, p. L287-L293 (1985)

キーワード:アルミニウム、ポジトロニウム、陽子照射、陽電子消滅、気泡、ヘリウム
aluminium, positronium, proton irradiation, positron annihilation, bubble, helium
分類コード:040504, 040101, 040203

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