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作成: 1999/12/17 下斗米 道夫

データ番号   :040206
中性子照射した金属中のボイドの陽電子消滅研究
目的      :中性子照射した金属材料の評価
放射線の種別  :中性子,陽電子
放射線源    :原子炉(高速中性子), 22Na線源(15 mCi), 64Co線源(600-800 mCi), 64Cu線源(600 mCi)
フルエンス(率):高速中性子1x1020-3x1022 n/cm2,
利用施設名   :Dounreay high flux reactor, UK; High Flux Isotope Reactor, Oak Ridge National Laboratory; 材料試験炉JMTR, 日本
照射条件    :55-680℃
応用分野    :原子炉材料、原子炉非破壊検査、陽電子消滅物理

概要      :
 高速中性子を金属に重照射して導入したボイドにおける陽電子消滅をモリブデン、アルミニウム、ニオブ、バナジウムについて解説した。消滅ガンマ線の角度相関とドップラー幅広がりの測定では、電子-陽電子対の運動量が小さい消滅が観測され、寿命測定では空孔での消滅より長い500psの消滅成分が観測される。これは、試料に入射した陽電子が減速しボイド界面で捕獲された後に試料金属の価電子と対消滅することによる。ボイド界面が酸素などの不純物原子で覆われているとポジトロニウムが形成される。

詳細説明    :
 原子炉からの高速中性子を金属に重照射して導入したボイドで陽電子が優先的に消滅することが、モリブデンについて、二つのグループからNature誌に同時に報告されたのは1972年であった。いずれもデンマークの研究者によって行われたのであるが、中性子照射は英国のハーウェル原子力研究所で行われた。平均直径3-4nmのボイドが1017 cm-3の密度で導入され、陽電子消滅は消滅ガンマ線の角度相関とドップラー幅広がり及び陽電子寿命の三つの方法で測定された。前二者の方法では、電子-陽電子対の運動量が小さい消滅が観測され、寿命測定では、空孔での消滅よりはるかに長い500psの寿命で消滅することが観測された。
 図1に、陽電子寿命測定の時間スペクトルを示す。陽電子源から試料内部に入射した陽電子は熱エネルギー程度にまで減速した後、ボイド界面で捕獲されてモリブデンの価電子と対消滅する。ボイド径とともに寿命が長くなる傾向がある。2Tの磁場を印加して陽電子消滅の角相関を測定して三重項成分と一重項成分が混じるか否かを調べた実験では、ポジトロニウムの形成は無いと結論された。なお、ボイドが地の結晶と同じ構造の格子を形成(ボイド格子)していることが陽電子消滅挙動に及ぼす効果については知見が得られなかった。


図1 Positron annihilation time spectra observed in specimens of molybdenum. a: Instrument resolution function. b: Annealed specimen. c: Void specimen irradiated at 465℃. d: Void specimen irradiated at 680℃. (原論文2より引用。 Reprinted by permission from Nature, vol.239, 99 (1972.9.8), (Data source 2, Figure 1, pp.100). Copyright: Macmillan Magazines Ltd.)

 アルミニウムのボイドを陽電子消滅で測定した研究は、1974年にドイツのユーリッヒ原子力研究所のグループによって報告された。高速中性子を1021 n cm-2までアルミ単結晶に照射して、13-50nm径のボイドを4x1014 cm-3の密度まで導入して角相関を測定したもので、やはり、電子-陽電子対の運動量が小さい消滅が観測された。実験結果は、陽電子がボイド界面でアルミの価電子と対消滅するとした簡単な理論計算とよく一致し、ポジトロニウムの形成は無い。照射試料を325℃で焼鈍してから測定すると、ボイドでの消滅は観測されず、非照射の試料と同じ測定結果になった。
 遷移金属の超微粉や金属表面においてポジトロニウムが形成されることが報告されている。金属中のボイド表面という内部界面におけるポジトロニウムの形成を調べる実験を、400appmの酸素を不純物として含有するニオブ中のボイドについて行った。中性子照射は材料試験炉JMTRを用いて行い、490℃で高速中性子を6x1020 n cm-2まで照射した。電子顕微鏡観察によれば、8nm径のボイドが9x1015 cm-3の密度で存在する。転位ループも観察された。照射試料の陽電子消滅角相関曲線は、非常に小さい半値幅を持つ成分を示す。陽電子の32%はその狭い成分で消滅する。これはポジトロニウムの形成を示唆しているが、オルトポジトロニウム存在の証拠となるγ線を3本形成する3-γ消滅は観測されなかった。陽電子消滅の寿命測定では、477psの長寿命成分が存在するが、オルトポジトロニウム存在の証拠となるもっと長い寿命の成分は存在しない。これは、ボイド界面で形成されたオルトポジトロニウムが界面から放出されて後、何度も界面で衝突してパラポジトロニウムに変換されて一重項状態で消滅するためであろう。しかし、自由陽電子状態からの消滅も否定出来ない。
 ボイドでのポジトロニウム形成におよぼす酸素不純物の影響については、バナジウムについて系統的に研究されている。すなわち、固溶酸素濃度が10-1600appmのバナジウムの試料をJMTRの高速中性子を用いて430℃で1x1020 n cm-2照射して陽電子消滅の角相関曲線を測定したものである。その結果を図2に示す。


図2 The curves of the angular correlation of annihilation radiation for irradiated vanadium specimens with different content of oxygen. (原論文5より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from M.Hasegawa et al., J. Phys. Condens. Matter, vol.1, SA77-SA81 (1989), Figure 2 (Data source 5, pp.SA79), Copyright (1989) by Institute of Physics Publishing.)

 角相関曲線は、半値幅が1mradのN成分、5mradのM成分、11mradのB成分に分けられる。N成分は酸素濃度が210appm以上の試料で観測されるので、酸素で被覆されたボイド界面からポジトロニウムが容易に脱離してボイド内で自由ポジトロニウムの消滅によると考えられる。M成分は界面に吸着したポジトロニウムによるものであり、B成分はバナジウム格子での陽電子消滅に帰せられる。ポジトロニウムの形成には、1原子層以下の厚みに酸素で覆われたボイド界面が重要な役割をすると結論される。

コメント    :
 原子炉材料の照射状態の非破壊検査法として陽電子消滅法を考えた場合、大きな測定システムを現場に持ち込むことになる角相関法は非現実的である。寿命法とドップラー幅拡がり法では、測定装置を持ち込むことは可能である。しかし、陽電子線源を検査対象の構造物と陽電子寿命が既知の物質の間にはさんで測定して、その配置を考慮した解析モデルで測定結果を解析することになる。ポジトロニウム形成の有無を測定するには、分解能からみてドップラー幅拡がり法では無理で、寿命法を採用するしかなかろう。

原論文1 Data source 1:
Effect of Voids on Angular Correlation of Positron Annihilation Photons in Molybdenum
O.Mogensen, K.Petersen, R.M.J.Cotterill, and B.Hudson
Danish Atomic Energy Establishment Riso; Technical University of Denmark; AERE, Harwell
Nature, Vol. 239, p. 98-99 (1972)

原論文2 Data source 2:
Corralation of Void Size and Positron Annihilation Characteristics in Neutron-Irradiated Molybdenum
R.M.J.Cotterill, I.K.MacKenzie, L.Smedskjaer, G.Trumpy, and J.H.O.L.Traff
Technical University of Denmark
Nature, Vol. 239, Pub. Date 72/9/8, p. 99-101 (1972)

原論文3 Data source 3:
Positron-Annihilation Studies of Voids in Neutron-Irradiated Aluminum Single Crystals
W.Triftshauser, J.D.McGervey, and R.W.Hendricks
Institut fur Festkorperforschung, Kernforschungsanlage Julich, Germany
Physical Review, Vol. 9, p. 3321-3324 (1974)

原論文4 Data source 4:
A New Positron State in Niobium Containing Voids
E.Kuramoto, K.Kitajima, and M.Hasegawa
Research Institute for Applied Mechanics, Kyushu University; The Oarai Branch, The Research Institute for Iron, Steel and Other Metals, Tohoku University
Physics Letters, Vol. 86A, p. 311-314 (1981)

原論文5 Data source 5:
Effect of Oxygen Impurities on Positronium Formed in Voids of Vanadium
M.Hasegawa, O.Yoshinari, H.Matsui, and S.Yamaguchi
Institute for Materials Research, Tohoku University
J. Phys.,: Condens. Matter, Vol. 1, p. SA77-SA81 (1989)

キーワード:陽電子消滅、中性子照射、ポジトロニウム、γ線、モリブデン、アルミニウム、ニオブ、バナジウム、ボイド
positron annihilation, neutron irradiation, positronium, gamma ray, molybdenum, aluminum, niobium, vanadium, void
分類コード:040103, 040504, 040203

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