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作成: 2000/01/01 河裾 厚男

データ番号   :040204
陽電子消滅法によるシリコン中の単一原子空孔の研究: - 低温電子線照射によるアプローチ -
目的      :低温電子線照射で誘起されるシリコン中の単一原子空孔の陽電子消滅測定による検出
放射線の種別  :陽電子,電子
放射線源    :22Na(普通1MBq程度)
フルエンス(率):電子線照射量については1016-1019/cm2
利用施設名   :Van de Graaf accelerators, Centre d'Etudes Nucleaires de Grenoble and Centre d'Etudes Nucleaires de Fontenary aux Roses; Van de Graaf accelerator, Forschungszentrum Julich (以上,低温電子線照射の可能な施設として)
照射条件    :液体ヘリウム温度
応用分野    :結晶欠陥評価,バンド構造解析,量子力学検証

概要      :
 陽電子消滅法によるシリコン中の単一原子空孔に関する従来の研究は、次の二つに大別される。一方は、高温で生成する熱平衡原子空孔をその場測定により検出するもので、他方は極低温の照射で生成した単一原子空孔を低温測定により検出するものである。本データベースでは,後者による単一原子空孔の検出とそのアニール特性の研究結果について述べる.

詳細説明    :
 原子空孔の熱力学的性質を特徴づける物理量は、その形成エンタルピー、形成エントロピー及び移動エネルギーである。形成エンタルピーと形成エントロピーは、高温熱平衡で誘起される原子空孔の濃度を、移動エネルギーは単一原子空孔のジャンプ頻度(又は拡散係数)を決定する重要な物理量である。シリコン(Si)中の格子欠陥の研究は精力的に行われて来たが、実はこれらの物理量が正確に求まっていないのが現状である。陽電子消滅測定では、結晶中の原子空孔を選択的に検出することができることから、シリコン中の単一原子空孔についても幾つかの研究が行われている。シリコン中の単一原子空孔は室温以下で移動可能となるので、それを観測するためには,極低温での照射を行う必要がある。以下、低温照射によってシリコン中に生成した単一原子空孔の陽電子消滅法による研究について述べる。
 1978年,Fuhs等は,液体ヘリウム温度で1MeVの電子線照射した帯溶融育成FZ-Si(照射量:7x1018/cm2)に対して陽電子寿命及びドップラー拡がり測定(測定温度12K)を初めて行った.アンドープの試料では,照射による陽電子寿命とドップラーパラメータの増加が見出された.これは,照射によって生成した原子空孔による陽電子捕獲を示している.陽電子寿命スペクトルの成分解析により,原子空孔に起因する二つの成分(266ps, 40%及び318ps, 5%以下)が見出された.これらの寿命成分は,各々単一原子空孔と複原子空孔に起因すると考えられ,1MeVの電子線照射でも複原子空孔が生成し得ることが明らかになった.ただし,これらの強度から,単一原子空孔が数的には優勢であると言える.また,アンドープのSiでは,フェルミ準位が禁制帯のほぼ中央にあることから,これらの原子空孔は電気的に中性であるとされた.照射後の等時アニール実験によって(図1),150〜200Kの温度域で,単一原子空孔に由来する陽電子寿命と強度が各々266から235ps,40%から約15%へと減少し,同時に複原子空孔に由来する寿命成分(318ps)の強度が増加することが見出された.これより,まずこの温度域で,単一原子空孔が移動し,互いに結合することで複原子空孔が生成したものと考えられた.また,230psの寿命成分は単一原子空孔と不純物の複合体によると推察された.一方,ボロンをドープしたp型Siでは照射による陽電子寿命とドップラーパラメータの増加は認められなかった.これは,p型Si中では,原子空孔が正の荷電状態となるため,陽電子を捕獲しにくくなるためと結論された.


図1 Lifetimes and intensities decomposed from the lifetime spectra of undoped FZ-Si after 1 MeV electron irradiation at 4.2 K at a dose of 7x1018/cm2 as a function of annealing temperature. All the spectra were obtained at 12 K.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the copyrighter and the authors, from Phys. Stat. Sol.,(b), vol.89, 69 (1978), W.Fuhs et al., Figure 4 (Data source 1, pp.72), Copyright (1978) by WILEY-VCH Verlag Berlin GmbH.)

 次いで,1989年にMakinen等は,20Kにおいて1.5MeVの電子線照射をアンドープのFZ-Siに対して行い,原子空孔に起因する約270psの寿命成分を見出した.そして,上述のFuhs等と同様に,この成分が単一原子空孔によるものと結論した.彼らは,このようにして同定した単一原子空孔について,その陽電子捕獲率の温度依存性を研究した.その結果,4.2Kから120Kの温度範囲で,低温になるに従い,陽電子捕獲率が急激に増加することを見出した(図2).彼らは,単一原子空孔が負の荷電状態にあり,陽電子との間でクーロン引力が作用すると仮定し,陽電子捕獲率の温度依存性を説明した.この点は,Fuhs等の解釈と異なっている.


図2 Positron trapping rate due to monovacancies in pure FZ-Si irradiated with 3.0 MeV electrons at 20 K up to doses of 1016/cm2 and 1017/cm2 as a function of measuring temperature. (原論文2より引用。 Reprinted, with permission of the copyrighter, from Phys. Rev., B, vol.39, No.14, 10162 (1989), J.Makinen et al., Figure 6 (Data source 2, pp.10167), Copyright (1989) by the American Physical Society.)

 上記の2つの研究では,もっぱらFZ-Siが用いられたのに対し,Polity等はFZ-Siに加え,酸素を過飽和に含むチョクラルスキー(Cz)Siについても,2MeVの電子線照射を4Kで行い,単一原子空孔の振る舞いを調べた.また,各種のドーピングレベルのn,p型Siを用いて,単一原子空孔のアニール特性のフェルミ準位依存性を調べた.その結果,p型Siではドーピングレベルに依らず,150K付近に単一原子空孔の移動によると考えられるアニールステージが現れることを見出した.しかし,n型Siの場合には,150K付近のステージが現れないことを見出した(図3).過去のESR等による研究では,単一原子空孔の移動エネルギーはその荷電状態によって異なると提案されていたことを考慮すると,単一原子空孔の移動温度は伝導型及びドーピングレベルに依存すると結論される.


図3 Average positron lifetime obtained for pure FZ-Si and Cz-Si irradiated with 2 MeV electrons at 4 K up to a dose of 1018/cm2 as a function of annealing temperature. (原論文3より引用。 Reprinted, with permission of the copyrighter, from Phys. Rev., B, vol.58, 10363-10377(1998), A.Polity et al., Figure 12 (Data source 3, pp.10373), Copyright (1998) by the American Physical Society.)



コメント    :
 低温電子線照射したSiに対する陽電子消滅測定は,単一原子空孔の検出とその熱的挙動を明らかにする上で,有用である.

原論文1 Data source 1:
Annihilation of positrons in electron-irradiated silicon crystals
W.Fuhs, U.Holzhauer, S.Mantl, F.W.Richter and R.Sturm
Fachbereich Physik der Universitat Marburg and Institut fur Festkorperforschung der Kernforschungsanlage Julich
Phys. Stat. Sol., (b)89, 69-75 (1978).

原論文2 Data source 2:
Positron trapping at vacancies in electron-irradiated Si at low temperatures
J.Makinen, C.Corbel, P.Hautojarvi, P.Moser and F.Pierre
Centre d'Etudes Nucleaires de Grenoble, Departement de Recherche Fondamentale, Service de Physique, 38401 Grenoble CEDEX, France
Phys. Rev., B 39, 10162-10173 (1989).

原論文3 Data source 3:
Defects in electron-irradiated Si studied by positron-lifetime spectroscopy
A.Polity, F.Borner, S.Huth, S.Eichler and R.Krause-Rehberg
Fachbereich Physik, Universat Halle, D-06099 Halle (Saale), Germany
Phys. Rev., B 58, 10363-10377 (1998).

キーワード:陽電子消滅、シリコン、単一原子空孔、電子線照射
positron annihilation, silicon, single vacancy, electron irradiation
分類コード:040503,040203,040102

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