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作成: 1999/10/23 鈴木 章悟

データ番号   :040191
コンプトン低減測定法を用いる中性子放射化分析-環境試料分析への応用-
目的      :環境試料中の微量元素の分析
放射線の種別  :中性子,ガンマ線
放射線源    :原子炉
フルエンス(率):2x1011-4x1012n/(cm2・s)
利用施設名   :イリノイ大学原子炉(TRIGA型)、立教大学原子炉(TRIGA-II型)
照射条件    :空気中
応用分野    :環境科学、分析化学、材料科学、非破壊分析

概要      :
 中性子放射化分析(NAA)で,放射化試料からのγ線測定において,コンプトンバックグラウンドを低減させて,微量元素の検出感度を上げる試みがなされている。このGe検出器の周りをNaI(Tl)検出器などで取り囲んで反同時計数を行うコンプトン低減測定法を,河川底質,海底質,フライアッシュなどの環境試料分析に応用して,微量元素を定量した例について紹介する。

詳細説明    :
 γ線測定時のコンプトンバックグラウンドを低減させるために,Ge検出器の周りをNaI(Tl)検出器で取り囲んで反同時計数を行うコンプトン低減測定法がLandsbergerやSuzukiらにより試みられている。そして,環境試料の中性子放射化分析(NAA)に応用されている。図1にコンプトン低減システムのブロック図を示す。相対効率18%の同軸型高純度Ge検出器の周りをNaI(Tl)検出器(12inφ×12in)で取り囲んでいる。


図1 Compton suppression system.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from J. Radioanal. Nucl. Chem. Articles, vol.179, No.1, S.Landsberger, Figure 3 (Data source 1, pp.70), Copyright (1994) by Akademiai Kiado. )

 このシステムにより,137Cs線源の662keVピークのコンプトンエッジ部分においてコンプトン低減測定では通常のノーマル測定に比べて,1/7.9にコンプトンスペクトルが低減した。
 環境試料のうち,河川と海の底質の分析が立教大学原子炉と武蔵工大のコンプトン低減測定システムであるGAMAシステムで行われた。国立環境研究所(NIES)の環境標準物質である河川底質(230mg)と海底質(50-430mg)は10秒間または30秒間照射と6時間または12時間照射を行った。γ線測定は,通常の同軸型Ge検出器を使ったγ線スペクトロメトリー(ノーマル測定)のほか,井戸型NaI(Tl))検出器と同軸型Ge検出器を組み合わせたコンプトン低減測定法(反同時測定および同時測定γ線スペクトロメトリー)を併用した。
 河川底質では57元素の定量を試みて,42元素を定量した。HgとTmはノーマル測定では定量できず,反同時測定で定量できた。Seは同時測定でのみ定量できた。同時測定は,Seの測定核種である75Seがカスケード状にγ線を放出して壊変することを利用して,井戸型NaI(Tl)検出器のエネルギー範囲を限定してそれと同時測定したGe検出器のスペクトルを測定する方法であり,コンプトンバックグラウンドが1/20程度に大きく減少する。
 図2に海底質で定量できた54元素の定量値を周期律表で示す。希土類元素については,天然に存在しないPmを除いて全て定量できている。元素ごとに最適な測定法も示す。S,Te,Irの3元素は定量できなかった。


図2 NIES海底質標準物質の定量値 (単位: ppm) N:ノーマル, A:反同時, C:同時

 また,土壌の標準物質が熱外中性子放射化分析(Epithermal Neutron Activation Analysis, ENAA)とコンプトン低減測定法を組み合わせて分析された。米国標準技術研究所(NIST)の土壌標準物質(SRM2709, 2710, 2711)はイリノイ大学原子炉で5分間照射と1時間照射を行った。照射はCdカバー照射管での熱外中性子照射(熱外中性子束密度2.1x1011 n cm-2s-1)である。10元素が定量された。SRM2709土壌では,図3のγ線スペクトルに示すように,Iの定量に用いる128I443keVのピークは熱中性子照射・ノーマル測定ではほとんど検出できるなかったが,熱外中性子照射・コンプトン低減測定(反同時測定)では検出できるようになった。


図3 Spectral comparison for iodine.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission of the authors, from J. Radioanal. Nucl. Chem. Articles, vol.179, No.1, S.Landsberger, Figure 8 (Data source 1, pp.76), Copyright (1994) by Akademiai Kiado.)

 Iの定量下限値は,熱中性子照射・ノーマル測定の5.0ppmが, 熱外中性子照射・コンプトン低減測定では0.39ppmと1/13に下がった。
 同様の熱中性子及び熱外中性子照射とコンプトン低減測定法の組み合わせで,種々の環境試料の分析が試みられた。NIST標準物質SRM2781ヘドロは6種類の照射時間で照射を行った。そのうち4種類はCdカバー照射管による熱外中性子照射である。7回の測定を行うことにより,48元素がノーマル測定またはコンプトン低減測定で定量された。また,廃棄物焼却炉のフライアッシュ,エアロゾルフィルター及びプラスチック製品が分析され32元素が定量できた。フライアッシュには,Ag, Cd, Cr, Cu, Hg, Sb, Se, Sr, Znが濃縮され,PETE製プラスチックには高濃度のSbが含まれていた。さらに,フィルターに捕集したタバコの煙中のCdも定量された。タバコの煙のある室内の空気中のCd濃度は通常の30倍も高かった。

コメント    :
 γ線測定において,通常の同軸型Ge検出器を使ったγ線スペクトロメトリーのほかに,井戸型NaI(Tl))検出器と同軸型Ge検出器を組み合わせたコンプトン低減測定法(反同時測定および同時測定γ線スペクトロメトリー)を併用するNAAにより,より微量な元素が多数分析できる。特に,希土類元素については全て定量できており,環境試料以外の様々な試料への応用が期待できる技術である。

原論文1 Data source 1:
Compton suppression neutron activation methods in environmental analysis
S.Landsberger
Nuclear Engineering Lab., Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 179, p. 67-79 (1994)

原論文2 Data source 2:
Determination of multielements in a NIES candidate river sediment certified reference material by instrumental neutron activation analysis
S.Suzuki, Y.Okada, S.Hirai
Musashi Inst. of Technol., Kawasaki, Japan
Anal. Sci., Vol. 15, p. 485-487 (1999)

原論文3 Data source 3:
機器中性子放射化分析による海底質標準試料の多元素定量
鈴木 章悟、平井 昭司
武蔵工大 原研
分析化学, Vol. 41, p. 163-166 (1992)

参考資料1 Reference 1:
Comparison of NAA methods to determine medium-lived radionuclides in NIST soil standard reference materials
D.W.S.Landsberger
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 179, p. 155-164 (1994)

参考資料2 Reference 2:
A comprehensive study for the determination of forty eight elements in the certification of a hazardous standard reference material
S.Landsberger, D.Wu
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 193, p. 49-59 (1995)

参考資料3 Reference 3:
Trace elements in municipal solid waste incinerator fly ash
S.Landsberger, B.A.Buchholz, M.Kaminski, M.Plewa
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 167, p. 331-340 (1993)

参考資料4 Reference 4:
Improvement of analytical sensitivities for the determination of antimony, arsenic, cadmium, indium, iodine, molybdenum, silicon and uranium in airborne particulate matter by epithermal neutron activation analysis
S.Landsberger, D.Wu
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 167, p. 219-225 (1993)

参考資料5 Reference 5:
Improved detection limits for trace elements on aerosol filters using Compton suppression counting and epithermal irradiation techniques
S.R.Biegalski, S.Landsberger
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 192, p. 195-204 (1995)

参考資料6 Reference 6:
Characterization of household plastics for heavy metals using neutron activation analysis
S.Landsberger, D.L.Chichester
Univ. Illinois, Illinois, USA
J. Radioanal. Nucl. Chem., Articles, Vol. 192, p. 289-297 (1995)

参考資料7 Reference 7:
Determination of airborne cadmiun in environmental tobacco smoke by instrumental neutron activation analysis with a Compton suppression system
S.Landsberger, S.Larson, D.Wu
Univ. Illinois, Illinois, USA
Anal. Chem., Vol. 65, p. 1506-1509 (1993)

キーワード:中性子放射化分析、環境試料、コンプトン低減、微量元素、原子炉、標準物質、反同時測定γ線スペクトロメトリ
neutron activation analysis,environmental sample,Compton suppression,trace element,reactor,standard material,anti-coincidence γ-ray spectrometry
分類コード:040404,010507

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