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作成: 2000/1/20 小嶋 拓治

データ番号   :040180
輸血用血液の放射線照射処理における線量評価
目的      :血液照射処理における品質管理
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子
放射線源    :137Cs, 60Co, 自己遮蔽型X線源, 自己遮蔽型電子線照射装置
線量(率)   :15-50Gy
利用施設名   :例えば、日本赤十字センター
照射条件    :大気中
応用分野    :臨床医学、免疫学、輸血技術

概要      :
 輸血用の血液中のリンパ球の働きが強いと、それを輸血された患者が死に至ることがある。この防止に唯一有効な方法として、輸血用血液の放射線照射処理がある。この方法では、放射線照射量を制御することにより血液中の他の成分の機能を落とさずにリンパ球の活性のみを低下させることができる。この放射線処理においては、線量測定に基づく品質管理が特に重要である。

詳細説明    :
 輸血用血液は増殖可能なリンパ球を含有しており、輸血により、場合によっては、患者の体組織を攻撃、傷害することがある。これを輸血後GVHD(Graft versus host disease:移植片対宿主病)といい、一度発症すると有効な治療手段はなく95%以上は致死的な経過をたどる。このため、難しい手術が成功しても無為に帰してしまうことになる。1985年の調査によれば開心手術症例で659件に1件の割合で発現しており、また、1993年からの3年間で輸血用血液によるGVHD発現が29例も報告されている。この疾患発症確率は、島国で遺伝的偏位の少なかった日本人に特に多く米国白人の約8倍である。
 この疾患については未だ科学的な病因の解明がなされていないため、発症すると有効な治療手段がなく、輸血液中のリンパ球の除去または失活による予防策が採られている。これまでは遠心分離やフィルター利用による除去が行われていたが、効率や確実性の点で不十分であった。これに対し、リンパ球を含む全ての輸血用血液に放射線を照射すると、リンパ球の放射線感受性が赤血球や血小板等よりもやや高いため、照射量の制御により他の成分の機能を落とすことなくリンパ球のみを失活させることができる。このような経緯から、現在では血液の放射線照射が普及拡大しつつある。
 照射した血液の品質管理は患者の生命に係わるため非常に重要であり、放射線照射に関するガイドラインが国際的にも策定されつつある。国内では1992年より日本輸血学会が策定を進めており、1999年に「輸血によるGVHD予防のための血液に対する放射線照射ガイドラインIV」が出されている。
 一般的に、血液照射に使用される線源はX線源とガンマ線源である。前者については、X線管球の電圧が150及び210kVのX線発生装置、後者については主として137Cs(半減期30.07年、662keV)及び60Co(半減期5.27年、1.17MeVと1.33MeV)を自己遮蔽型セルに収納したものまたは放射線治療用ビーム状照射装置がある。図1に自己遮蔽型セルの例を示す。血液バッグは、セル外部にある投入口に置き、この部分が回転することにより装置内部の照射野に導入され照射される。収納放射能は200TBq(5,405Ci)が上限で、照射所要時間は数分から数10分である。
 放射線照射線量は、輸血後GVHDの原因とされているT-リンパ球の増殖を抑制するために必要な15Gyを下限とし、赤血球、血小板、顆粒球の機能や寿命を損なわない50Gyを上限としている。この線量範囲決定の根拠となる血液細胞に及ぼす放射線照射の影響を表1に示す。

表1 血液細胞に及ぼす放射線照射の影響.(原論文4より引用。 螢瓮妊カルメサイエンス・インターナショナルのご承認に基づき、比留間潔、浅井隆善、星順隆 共著:「一目でわかる輸血」(株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル, 1998) p.72-75、表36-1 (Data source 4, pp.74)から転載したものです)
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 血液細胞                               照射線量(Gy)
            ----------------------------------------------------------------------------
             10          15          30          50          50〜100         <100
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  赤血球                 K+濃度増加              半寿命30%低下               pH,ATP正常
                                                 遊離Hb不変                  遊離Hb正常
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  血小板                                         半寿命不変  凝集能不変
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         PHA 20〜30%に低下           10〜15%に低下           0〜5%に低下
リンパ球 -------------------------------------------------------------------------------
         MLC             10%以下に低下                       消失
         -------------------------------------------------------------------------------
顆粒球                                           走化能不変  貪食能20%低下
                                                             酸素消費量30%低下
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 血液の照射における品質管理は線量測定に基づいて行う必要がある。したがって、照射血液のいずれの部分も上記の線量範囲内になるように、下記の手順が重要である。なお、前述のガイドラインの付属「血液照射装置管理マニュアル」にもこれらに関する同様の記述がある。
 1)照射野の固定位置における線量測定に基づく出力特性の確認
 2)照射装置内空間の線量率分布及びファントム(アクリル板または廃棄血液バック等)を充填した状態における線量率分布(均一性)のバリデーション
 3)上記のデータに基づき定めたある特定位置における線量測定結果による基準線量照射達成の確認
 線量計には、予め国家標準等で60Coγ線に対して校正したものを使用する。線量及び線量分布測定において、十分な空間がある場合は電離箱を用い、狭い空間の場合では熱ルミネセンス(TLD)線量計やアラニン線量計等を用いる。粗い線量率分布測定にはX線フィルム等を用いる場合もある。線量測定上の注意点としては、二次電子平衡条件が成り立つこと、散乱線の影響(10%程度)を考慮すること、及びX線照射ではX線管球からの放熱等による温度上昇に注意することがあげられる。正確ではないが、「照射済み」確認あるいは未照射・照射の区別のために、色変化を利用したマーカーも使用される。一方、照射対象となる血液の観点からは、均一な線量を照射できるように反転・振動・撹拌等の必要性の検討及び照射による温度上昇防止の考慮が必要である。前者については、例えば図1において血液バッグ収納部分が照射野内で自転をするなどである。


図1 血液放射線照射装置の例(平面透視図).(原論文4より引用。 螢瓮妊カルメサイエンス・インターナショナルのご承認に基づき、比留間潔、浅井隆善、星順隆 共著:「一目でわかる輸血」(株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル,1998) pp.72-75、図36-1Data source 4, pp.74)から転載したものです。)

 放射線照射後は速やかに輸血に使用されることが必要である。しかし、輸血用全血、赤血球では、図2に示すように、血清中のカリウム値が採血後上昇する。そして、カリウム値が7mEq(Eq:酸素を基準とした化学当量)以上の血液を高速輸血すると高カリウム血症による心停止のおそれがあることから、照射血液の期限は採血後21日とされている。このため、未使用血液残液を他の患者に転用することができない場合は破棄せざるを得ず、輸血用血液の有効利用の障害となっている。


図2 400ml由来赤血球M・A・P中の上清カリウム(K)値.(原論文3より引用。 日本輸血学会のご承認に基づき、Japanese J. Tranfusion Medicine, Vol.45, No.1, 47-54 (1999), 図1 (Data source 3, pp.52)から転載したものです。)

 輸血用血液に対する放射線照射の安全性については、まだデータが不足しているが、下記のことに留意する必要がある。
 1)使用する放射線のエネルギーは10MeV未満とし血液成分や照射バッグが放射化しない条件のものを使用する。
 2)基準の線量範囲では自己複製能を有するリンパ球や造血幹細胞に対する放射線による発ガン誘発リスクをDNA変異率やリンパ球の振る舞いの確率から計算で求めると極めて低いが、今後ヒトに関する安全性データを採る必要がある。
 3)放射線照射後の赤血球、血漿板等の機能、カリウム値に対する放射線照射影響についても十分なデータを蓄積する必要がある。

コメント    :
 放射線利用では新しい分野であり、また、病因解明や放射線照射効果の安全性等の医学・臨床的なデータにニーズが先行しているため、まだまだ未解決な課題が山積している。医学的な問題は別にして、放射線照射に関する課題として、医学利用以外の放射線照射利用分野との接点が十分でなく、防護レベルや治療レベルよりも高い線量の測定技術に関しても密な情報交換が必要である。また、照射装置が高価であり緊急性に対応できる専用照射装置の照射技術的な設計・製造、照射血液の品質管理のための線量測定に関するトレーサビリティの整備と測定手順の標準化などが課題と考える。

原論文1 Data source 1:
Pretransfusion blood irradiation: Clinical rationale and dosimetric consideration
M.E.Masterson and R.Febo
Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, 1275 York Avenue, New York 10021 USA
Med. Phys., vol.19(3), May/Jun, p. 649-657 (1992)

原論文2 Data source 2:
血液照射からみた輸血後GVHDの現状と課題
関根 広
東京慈恵会医科大学放射線医学講座、東京都港区西新橋3-25-8  
「新医療」, 1996年 12月号 p. 128-131 (1996)

原論文3 Data source 3:
日本輸血学会「輸血後GVHD対策小委員会」報告
日本輸血学会輸血後GVHD対策小委員会(浅井 隆善、稲葉 頌一、大戸 斉、長田 広司、鈴木 元、高橋 孝喜、田所 憲治、南 陸彦)
日本赤十字社
Japanese Journal of Tranfusion Medicine, Vol. 45, No. 1, 47-54 (1999)

原論文4 Data source 4:
35輸血関連移植片対宿主病(TA-GVHD); 36輸血用血液の放射線照射
比留間 潔
比留間 潔、浅井 隆善、星 順隆 共著:「一目でわかる輸血」(株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル, 1998) p. 72-75

参考資料1 Reference 1:
Standard practice for blood irradiation dosimetry
ASTM Standard E1939-98
American Standards for Testing and Materials
1999 Annual book of ASTM standards, section 12, Vol. 12.02, p. 1001-1011 (1999)

キーワード:血液照射, 線量測定, 品質保証
blood irradiation, dosimetry, quality assurance
分類コード:010402, 030701, 040302

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