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作成: 1999/11/09 豊田 新

データ番号   :040177
電子スピン共鳴法による年代測定
目的      :第四紀の地質学的、人類学的試料の年代を求める
放射線の種別  :アルファ線,ベータ線,ガンマ線
放射線源    :自然放射線、60Co線源
利用施設名   :ガンマ線照射施設
照射条件    :大気中
応用分野    :第四紀学、人類学、地質学、地震学

概要      :
 鉱物中に、自然放射線によって生成し、地質学的時間スケールで蓄積する不対電子を電子スピン共鳴(ESR)を用いて検出することによって年代測定を行うことができる。炭酸カルシウムでできている鍾乳石、貝、有孔虫、サンゴ、ヒドロキシアパタイトでできている歯のエナメル、骨、魚のうろこ、また、断層粘土、火山噴出物、堆積物中の石英、さらには動物の血液などが、第四紀における年代測定の対象となる。

詳細説明    :
 電子スピン共鳴(ESR)は、物質中の不対電子が静磁場中でマイクロ波を吸収する性質を利用して,不対電子を検出する手法である。遷移金属の電子状態や常磁性格子欠陥の構造の研究、有機物のラジカルの同定などの研究分野において広く用いられる物理的な計測手段であるが、不対電子が、自然放射線によって鉱物中に生成し、地質学的時間にわたって蓄積することに注目することで、年代測定法として利用することが可能になった。現在のところ、表1に示す物質を用いて年代測定が可能であるとされている。

表1 ESR年代測定が適用できる鉱物、その鉱物を含む試料名、求められた年代の指し示す現象
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鉱物名          試料名        年代の指し示す事象
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アラゴナイト      化石サンゴ、貝    サンゴ、貝の死
カルサイト       鍾乳石、貝       鍾乳石の生成、貝の死
ヒドロキシアパタイト  歯のエナメル、骨    人類、動物の死
石英          テフラ(火山灰)    火山の噴火年代
            断層粘土        地震
            堆積物         試料の堆積
            火打ち石(フリント)  試料の人為的加熱
ジプサム        堆積物         結晶の生成
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 年代測定を行う際には、ESRの信号強度から自然放射線による鉱物の被曝線量を求める。この時には、被曝線量あたりの信号の生成効率を試料毎に求めるため、人為γ線照射を行う。図1のように、数点の被曝線量に対して信号強度を測定し、信号強度0の点まで外挿することによって、被曝線量が算出される。被曝線量が小さければ直線を当てはめるが、格子欠陥の生成モデルから考えて、信号の生成は一般には飽和曲線に従うと考えられている。


図1 試料の被曝線量の求め方。人為的にγ線を照射し、信号強度の増大を観測する。これを信号強度0の点まで外挿し、横軸を読み取る。

 次に、試料が1年あたりに被曝する被曝線量(年間線量率)を求める。これにはいくつかの方法がある。実際に線量を実測する場合には、高感度の線量計素子を銅のパイプに封入し、試料採取地点に数ヵ月間放置し、回収して線量を計測する。線量計素子としては熱ルミネッセンス線量計素子(TLD)が最もよく用いられる。これに匹敵する高感度のESR線量計素子は現在のところ開発されていない。また、可搬型の半導体γ線検出器で1時間程度の計測で線量を実測することもある。一方、試料に線量を与える放射線の原因となる、土壌中のウラン、トリウム、カリウムを定量し、既に知られている、線量への変換係数を用いる場合もある。これら放射性元素の定量には低バックグラウンドの半導体(純ゲルマニウム)γ線検出器が用いられるほか、湿式の化学分析や、放射化分析も用いられる。
 年代測定の可能な年代範囲は、試料及び用いる信号によるが、数千年から200万年程度とされている。この年代範囲の下限は、試料の線量に対する感度及び測定装置の感度に依存する。年代範囲の上限は、信号の飽和傾向及び信号の熱安定性に依存する。結晶中の格子欠陥に電子やホールがとらえられている状態(信号の検出できる状態)は、準安定であり、熱活性化過程によって室温でも長時間(数百万年)おかれれば消滅してしまうからである。現在のところ、年代測定の精度は同位体を用いた放射年代ほど高くないので、放射性炭素法の適用できない数万年から、カリウム-アルゴン法の精度があまり良くない100万年の範囲で用いられることが多い。しかし、精度及び信頼性を高めるための研究は引き続き行われている。
 ESR年代測定が最も大きな寄与をした研究分野の1つは人類学であろう。以前には、ヒトの頭蓋骨の形態の類似性によって編まれていた進化史に、ヒトや動物の歯のエナメルを用いたESR年代測定によって、実年代を入れることに成功した。これによって、ヨーロッパ及び中東で旧人(ネアンデルタール人)と新人(クロマニョン人)がある時期に同時に生存していたことが証明された。
 炭酸カルシウムはESR年代測定に最も適した試料の1つである。鍾乳石はESR年代測定が実用的に適用可能であることを示した最初の論文で用いられた試料である。また、サンゴもよくESR年代測定に用いられる。石英は地表に普遍的に見られる鉱物であるので、適用範囲が広い。断層の活動年代が求められると期待されているほか、テフラを用いて火山の噴出年代が求められる。光によって消滅する信号を用いれば堆積物の年代が求められるとして研究が進んでいるほか、人為的に加熱されたフリントを用いて遺跡の年代が求められることもある。また、熱的に非常に安定な、酸素空格子に関連したESR信号を用いることによって、数千万年から十億年の年代範囲で花崗岩の年代測定を行う試みもある。

コメント    :
 ESR年代測定の研究は、実用的に可能であることが示されてから四半世紀が過ぎて、この方法が適用可能な試料を探すという段階を終わり、実際に人類学や地質学において、他の年代測定法との競争の中で、いかに各々の試料の特長を生かした上で、精度、信頼性の高い方法として手法を確立していくかという段階に入っている。

原論文1 Data source 1:
石英中の常磁性格子欠陥の熱安定性の研究によるESR年代測定の基礎の確立
豊田 新
岡山理科大学理学部
地球化学, vol.32, pp. 127-137 (1998)

参考資料1 Reference 1:
Electron spin resonance dating
Bonnie Blackwell
Williams College, MA, USA
In, Rutter, N.W. and Catto, N. R. (Eds.), Dating methods for Quaternary deposits, GeoText2, Geological Association of Canada, pp. 209-268

キーワード:年代測定、電子スピン共鳴、ESR、第四紀、常磁性格子欠陥、ラジカル、自然放射線、被曝線量
dating, electron spin resonance, ESR, Quaternary, paramagnetic defects, radical, natural radiation, radiation dose
分類コード:040302, 040504

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