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作成: 1999/12/24 海老原 寛

データ番号   :040174
植物用ポジトロン放出核種標識化合物
目的      :植物研究用陽電子放出核標識化合物の製造と応用
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :陽電子放出核種
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所イオン照射研究施設

概要      :
 従来放射性物質をトレーサーとして植物の研究に利用する場合は陰電子放出核が主流であったが、最近陽電子放出核を用いる技術が開発された。これにはサイクロトロンによるRI製造のための施設、ターゲットシステム、搬送装置などの設備、および回収、分離、合成、精製などの化学操作が総合的に結びつく必要がある。得られた標識化合物を植物に与え、トレーサーの移動を植物用ポジトロンイメージング装置を用いて、二次元画像データをほぼリアルタイムで表示することができる。陽電子放出核として11C, 13N, 18F, 48Vなどがあり、それらの化合物が用いられる。実際の植物に応用した例として、大豆と隠元豆における18F-を含む水の取り込みに関する研究などがある。

詳細説明    :
 核医学画像診断の技術として1980年頃から開発されてきたポジトロンCTは、現在では放射性薬剤の製造技術およびPETスキャナーによる測定技術が飛躍的な発展を遂げ、国内でも二十数箇所の病院で日常的に患者の診断に使われている。最近植物の研究のために、陽電子放出核標識化合物を合成し、植物用ポジトロンイメージング装置によって測定し、植物体内での物質の代謝や生理機能の研究に応用する技術が開発された。
 放射性物質を、トレーサーとして植物の研究に利用したのはG.Hevesyが最初(1913)であり、また1954年M.Calvinらによる光合成における炭素固定の機構の解明は有名である。その業績に対していずれも後にノーベル化学賞を受賞している。日本原子力研究所では高崎研究所イオン照射研究施設(TIARA)のAVFサイクロトロン、および新しく開発した植物用ポジトロンイメージング装置を用いて、植物の研究を行う技術を開発した。この技術は4段階に分けることができる。第1段はサイクロトロン照射用ターゲット処理、第2段はサイクロトロンの照射、第3段は標識化合物合成のための化学処理、第4段階で本来の植物実験(投与と計測)となる。
 TIARAにおける陽電子放出核種製造施設には、核反応を行うための照射室、固体・液体・気体用のターゲットシステム、搬送用ハンドリング装置などがある。ここで作られた陽電子放出核はホットセルに送られ、回収・分離・精製・合成が行われる。表1に現在までに製造された陽電子放出核種標識化合物の合成法を示す。

表1 TIARAにおいて製造されている核種とターゲット特性(原論文1より引用)
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核種  半減期       反応      ターゲット         目的トレーサー
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11C   20 min   14N(p,α)11C     N2gas                11CO2
                                                 11C-メチオニン
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13N   10 min   16O(p,α)13N    H2O ice               13NO3-
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18F   110 min  16O(α,pn)18F   H216Oice            18F-水溶液,
                                         18F-フルオロデオキシグルコース
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48V   16 day   45Sc(α,n)48V   Sc foil             48V 水溶液
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 二酸化炭素(11CO2)は窒素ガスに陽子照射をしただけで、この化学形で生成するので化学処理は不要である。メチオニン [S-methyl-11C]は11CO2からヨウ化メチル(11CH3I)を合成し、次にホモシステインをこれでメチル化して作る。硝酸イオン(13NO3-)は純水をターゲットとして陽子照射で水中に生成したものを陽イオン交換体とアルミナカラムを通し回収・精製を行う。フッ素イオン(18F-)は純水をターゲットとしてアルファ粒子照射で水中に生成したものを陽イオン交換カラムを通して回収・精製する。フルオロデオキシグルコース [18F]は18F-を含むターゲット水を市販の自動合成装置に導入して作る。48V水溶液はスカンジウム箔にアルファ粒子照射をした後これを塩酸に溶解し陽イオン交換樹脂でScとVを分離して得ている。
 ポジトロンイメージング装置はBi4Ge3O12シンチレーターに光電子増倍管を取り付けた検出器を2台対向して置き、その間に試料を挟んで消滅放射線を同時計数する。この装置ではPETのような断層撮影は出来ないが、植物体内を移動する標識化合物の計測と、二次元画像の表示がほぼリアルタイムで行える。
 実例として、大豆および隠元豆に18F-イオンを含む水を与え、18F-イオンの取り込みと移動についての研究がなされている。大豆の葉の中肋を葉柄の近くで切断したものおよび100Gyのガンマ線照射をしたものについて、損傷及び回復関数を観測するために、18F-イオンを含む水を2分間与え、その後トレーサーの分布を30〜50分間記録した。葉脈の放射能は薄葉のそれとほぼ同じで、葉の頂点の放射能が少ない。これは葉の中の水の移動は葉脈からだけではなく、薄葉も関係していることが判る。一方、100Gyのガンマ線照射をした大豆の葉における水の移動は図1に示すように、最大量を取り込むまでに要する時間は、2倍以上遅くなる。


図1 Time-activity curves of unirradiated and irradiated leaves: (a)unirradiated; (b)irradiated at 100 Gy. 1. petiole; 2. apex. (原論文2より引用。 Reproduced from Appl. Radiat. Isot., vol.48, No.8, 1035 (1997), T.Kume, S.Matsuhashi, M.Shimazu, H.Ito, T.Fujimura, K.Adachi, H.Uchida, N.Shigeta, H.Matsuoka, A.Osa, T.Sekine: Uptake and Transport of Positron-emitting Tracer (18F) in Plants, Figure 7 (Data source 2, pp.1041), Copyrigh (1997), with permission from Elsevier Science.)

 同様にして隠元豆に100Gyまたは2kGyのガンマ線照射をした後、水に3時間漬け半発芽状態にし、次に18F-水に2時間漬けた試料について水の吸収を測定している。

コメント    :
 植物体内の放射能分布を二次元画像として得るのであれば、従来からオートラジオグラフィーやイメージングプレートを利用する技術が確立されている。ここで紹介した陽電子放出核をトレーサーとする技法は植物体内での物質の移動を、植物が生きたままの状態で経時的に動的画像としてリアルタイムで追跡できることが特徴である。将来植物の栄養や生理に関する重要な物質がさらに多く開発されることにより、この技術の応用分野は農学だけでなく、たとえば環境問題への植物の利用など多くの応用分野が開けてくるものと期待される。

原論文1 Data source 1:
植物のポジトロンイメージング: AVFサイクロトロンによる植物研究用ポジトロン放出核種標識化合物の製造
石岡 典子
日本原子力研究所 アイソトープ開発室、370-1207群馬県高崎市綿貫町1233
放射線と産業, No. 80, p. 11-15 (1998)

原論文2 Data source 2:
Uptake and Transport of Positron-emitting Tracer (18F) in Plants
T.Kume, S.Matsuhashi, M.Shimazu, H.Ito, T.Fujimura, K.Adachi*), H.Uchida2*), N.Shigeta3*), H.Matsuoka3*), A.Osa3*) and T.Sekine3*)
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma, 370-12, Japan; *)Oarai Nuclear Research Center, JGC Corporation, Oarai, Ibaraki, 311-13, Japan; 2*)Central Research Laboratory, Hamamatsu Photonics Co., Hamakita, Shizuoka, 434, Japan; 3*)Department of Radioisotopes, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma, 370-12, Japan
Appl. Radiat. Isot., Vol. 48, p. 1035-1043 (1997)

原論文3 Data source 3:
Production of positron emitters and application of their labeled compounds to plant studies
N.S.Ishioka, H.Matsuoka, S.Watanabe, A.Osa, M.Koizumi, T.Kume, S.Matsuhashi, T.Fujimura, A.Tsuji*), H.Uchida*) and T.Sekine
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12; *)Hamamatsu Photonics Co., Hamakita, Shizuoka 434, Japan
Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Vol. 239, No. 2, 417-421 (1999)

キーワード:ポジトロン放出核、植物研究
positron emitter, plant study
分類コード:020501, 040303

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