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作成: 1999/10/27 海老原 寛

データ番号   :040168
陽電子断層撮影用放射性医薬品の製造
目的      :陽電子断層撮影用放射性医薬品の製造
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :陽電子放出核種
応用分野    :癌診断、神経精神疾患検査、循環器疾患診断、各種臓器の機能検査

概要      :
 画像診断装置にはX線CT、超音波CT、MRI等種種のものがあるが、いずれもコンピュータ計算よって、デジタルデータから画像再構成をしている。これらの形態的診断法とは異なり、陽電子断層撮影法では生理学的・生化学的機能検査もできる。それには検査・診断しようとする目的・機能に合致した放射性薬剤が必要である。画像処理計算のアルゴリズムを含めた陽電子断層撮影装置の更なる改良と、新しい薬剤の開発によって、応用分野はますます広がり、この技術の今後の発展が期待される。

詳細説明    :
 陽電子を放出する放射性同位元素で標識した薬剤をトレーサーとして、陽電子消滅による対放射線の同時計数により陽電子放出核の位置分布を体外から計測し、診断を行う技術を陽電子断層撮影法(ポジトロンCT, PET, PETT, PECT)という。この方法は単光子CTに較べ感度、解像度、定量性に優れている。また検出器系を多層重ねると、同時多層断層撮影が可能になる。この技術は単なるイメージングだけでなく、生化学的機能検査や臓器全体の動的変化なども診断できる。たとえば癌、神経精神疾患、循環器疾患などの診断、肺、肝臓、腎臓などの機能検査、血流測定など多岐にわたる医学利用がなされている。
 陽電子放出核は中性子不足核であるので、原子番号の小さい核を生産するには加速器が必要になる。陽電子放出核を生体、とくに人体に適用するには、(1)被験者に対する放射線被曝の低減のため短寿命であること、(2)その元素や化合物の投与によって、生体内での通常の機能を乱さないために高比放射能であること、(3)生体内で重要な働きをしている元素(鉄、亜鉛などの必須微量元素)やアミノ酸、グルコース、ドーパミン等を標識した化合物であること、(4)それらの物質の構成元素であること、または親和性の良い元素(フッ素は構成元素ではないが、OH基と等電子配置なので糖類などのOHをFで置き換えても生体内の挙動はあまり変わらない)であること、などの条件を満たす必要がある。これらの条件を満足するRIとして現在11C,13N,15O,18Fの4核種が使われている。
 しかし、これらの核種は短寿命なため、利用する現場で生産しなければならず、病院内にサイクロトロンを設置しなければならない。さらにこれらの核種で標識した薬剤の合成には、迅速な方法を開発しなければならない。また投与する必要量の何十倍も製造しなければならない。取り扱い量が多くなるので合成装置の遮蔽を厚くしなければならない。化学スタッフの被曝を低減するためにも、ホットセル内に全自動合成装置を置いて、遠隔操作で製造するのが望ましい。すでに国内でも数社から院内設置型の単目的小型サイクロトロン(〜10MeV 陽子専用)や、いくつかの薬剤の自動合成装置が市販されている。
 原論文2)は,1958年までの陽電子放出核標識薬剤の合成法と用途について、136編の文献を引用して紹介した総説である。酸素と窒素の混合ガスに重陽子を照射して得られるO15Oから、C15O, C15OO, H215O, carboxyhemoglobinなどが作られる。各種のガスターゲットからN13Nまたは13NH3が作られ、これから多種類のアミノ酸や尿素誘導体が作られる。炭素-11の場合は、窒素ガスまたは窒素水素混合ガスに陽子照射をして得られる11CO2または11CH4から各種の炭素化合物を合成する。18Oを濃縮した水に陽子を照射すると18F-水溶液が得られる。F-イオンは求核的置換反応によって化合物中に取り込まれる。ネオンから作られる18FFは求電子反応によって化合物に付加される。またミルキングシステムによって陽電子放出核を生じる核として68Ge-68Gaおよび82Sr-82Rbが注目されている。1985年までに作られた68Ga製剤の一覧を表1に示す。

表1 Gallium-68 radiopharmaceuticals.(原論文2より引用。 Reproduced, with permission of authors, from M.J.Welch et al., Radioisotopes, vol.34, 170 (1985), Table 4 (Data source 2, pp.176), Copyright (1985) by Japan Radioisotope Association.)
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    Radiopharmaceutical        Application
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68Ga-EDTA
68Ga-DTPA                    Renal and brain
68Ga-alizarin red S            scanning
68Ga-transferrin
68Ga-DTPA-serum albumin      Blood pool/plasma
                                 volume
68Ga-albumin microspheres    Pulmonary and
                                 myocardial
                                 perfusion
68Ga-iron hydroxide colloid  Liver and spleen
68Ga-alizarin                  scanning
68Ga-EDTMP
68Ga-tripolyphosphate        Bone scanning
68Ga-citrate
68Ga-(5-MeOsal)3TAME         Myocardial
                               perfusion
68Ga-BP-IDA                  Hepatobiliary
68Ga-(3,4-DiP-LICAM)           function
68Ga-red blood cells         Blood pool/red cell
                                 volume
68Ga-platelets               Thrombosis
                                 localization
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 原論文4)は放射線医学総合研究所において医学に利用される短寿命RIの製造と利用に関する解説であり、標識薬剤の自動合成装置のほかに製造施設のレイアウトや、それらの薬剤を用いて得られたPET画像の実例も示されており、陽電子断層撮影技術の全体を知ることができる。放医研で1997年までに作られたサイクロトロン製造薬剤(単光子放出核を含む)の一覧を表2に示す。

表2 サイクロトロン製造薬剤一覧(原論文4より引用)
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A)臨床利用承認済み薬剤
情報伝達系測定用
  ベンゾジアゼピン系: [11C]Ro15-1788,[11C]Ro15-4513,[11C]イオマゼニル,
  [11C]PK11195
  セロトニン系: [11C]McN5652X、[11C]シアノイミプラミン
  ドーパミン系: [11C]N-メチルスピペロン、[11C]SCH23390
  アセチルコリン系: [11C]NMPB
  MAO-B: [11C]DMPEA、[11C]MMBA
  AchE: [11C]MP4A
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その他(各臓器イメージング、他)
  腫瘍: [11C]メチオニン、[18F]FDG
  骨: Na18F
  甲状腺: Na123I
  副腎: [123I]6-ヨードメチル-19-ノルコレステロール
  腎臓: [123I]ヨウ化ヒプール酸ナトリウム
  肝臓: [123I]ローズベンガル
  骨髄: [52Fe]クエン酸塩、[52Fe]塩化第2鉄
  血流、肺機能、その他: 11CO,11CO2,13N2,13NH3,15O2,C15O,43K+,
  77Kr,[13N]L-グルタミン酸
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B)標識合成または動物実験用標識化合物
  アミン・アミド種類: 11CH3NH2、[11C]カフェイン、[11C]ニフェドリン、
  [11C]メタンフェタミン、[13N]オクチルアミン、[13N]ニコチンアミド、
  [13N]フェネチルアミン、[13N]ベンジルアミン、[11C]デプレニル
  糖類: [18F]ガラクトース、[18F]タロース
  アミノ酸: [13N]チロシン、[11C]アラニン
  脂肪酸: [11C]パルミチンサン、[11C]酢酸
  核酸塩基類: [18F]ベンジルプリン、[13N]アデノシン、[11C]6-メチル
  メルカプトプリン、[18F]ベンジルプリン
  アルコール: 11CH3OH,CH311CH2OH,C2H511CH2OH
  ステロイド類: [18F]フロロプロゲステロン
  その他: [11C]TEI-9090(PGI2analog),[11C]NKY-722、[11C]S-312d
  (Ca拮抗薬)、[11C]L-365,260(CCK-B)、[11C]L-365,346(CCK-A),
  [18F]FEt-TCP(NMDA),[11C]アニラセタム(AMPA),
  [13N]PC,[13N]NPC(AchE),62Zn2+,77Br,123Xe,[45Ti]クエン酸塩,
  52mMnCl2,11CH3I,H11CN,H215O
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 原論文1)は、ECAT 933/04-12と称するPETスキャナーで、陽電子と同時に即発光子も放出する核種(22Na,60Cu)によるPETデータの汚染の問題を扱っている。即発光子を出さない核種(13N)と比較して不感時間が長くなること、消滅光子の一方と同時計数された偽の信号を出すこと、光子が検体中で散乱や吸収されることによる同時計数率の低下などについて、点線源およびそれをプラスチックに埋め込んだ線源を用いて検討している。原論文3)はヒトの大脳組織内の局部pH測定をPETで行う目的で、[2-11C] 5, 5 - dimethyl-2, 4 - oxazolidinedioneを合成する方法を二つ提案している。いずれも酸素窒素混合ガスの陽子照射で作った11CO2を[11C]phosgeneとし、[2-11C] dimethyl carbonateを合成するところまでは同じであるが、最終ステップで2-hydroxyisobutylamideと反応させるとき、一方は非放射性のdimethyl carbonateを加え、他方は無担体で行った。前者のほうが高純度、高収率、低比放射能である。

コメント    :
 陽電子断層撮影法は核医学画像診断にとって画期的な技術であって、人類にもたらす恩恵は計り知れない。しかし問題は使われる核種が短寿命であるため、RIの製造、薬剤の合成、患者への投与、PETスキャナーによる測定を同一サイトで実施しなければならないことである。RI製造用のサイクロトロンは導入時の費用、運転・保守の経費などを考慮すると小型のものが望ましい。科学技術庁科学技術政策研究所では、ブレークスルー技術による小型加速器の開発予測調査の結果を発表している。たとえば,周波数可変幅の広い高周波加速システムおよび高磁場大電流パルス電磁石を用いて、小さな曲率半径で加速できる装置など多数の提案がなされている。遠からず超小型で軽量な加速器が開発されるであろう。
 陽電子放出核標識薬剤の合成については、さらに多種類の化合物が要求されるであろうし、それらを全自動で合成する装置の開発は放射化学者のアイデアと腕にかかっている。既成の薬剤は製薬会社で十分な時間をかけて合成し、完璧な品質検査を経た後に出荷されているだろうが、短寿命放射性医薬品では長時間を要する検査は省略せざるを得ない。たとえば、多くの製剤で重要な細菌試験(培養のため15時間必要)や発熱物質試験(1時間必要)は、投与前には実施できない。そこでコンピュータ制御の完全気密型自動合成装置によって、製造手順・経路の安全性を定常的に確保する必要がある。
 これら数々の困難にもかかわらず、現在PET施設は国内で25箇所、世界中で100箇所以上で稼動しており、一般の癌検診や腫瘍診断などにPETを採用する民間病院も増えてくるものと思われる。

原論文1 Data source 1:
Quantitative PET with Positron Emitters that Emit Prompt Gamma Rays
C.C.Martin, B.T.Christian*), M.R.Satter2*), L.D.H.Nickerson, and R.J.Nickles*)
Research Imaging Center, University of Texas Health Science Center, San Antonio, TX 78284 USA. *)Department of Medical Physics, University of Wisconsin, Madison, WI 53706 USA. 2*)Kettering Memorial Hospital and Wright State University, Dayton, OH 45429 USA.
IEEE Trans. Med. Imaging, Vol. 14, No. 4, 681-687 (1995)

原論文2 Data source 2:
Radiopharmaceuticals Labeled with Short-Lived Positron-Emitting Radionuclides
M.J.Welch, M.R.Kilbourn and M.A.Green
Division of Radiation Sceinces, The Edward Mallinckrodt Institute of Radiology, Washington University School of Medicine, 510 South Kingshighway, St. Louis, Missouri 63110 USA
Radioisotopes, Vol. 34, p. 170-179 (1985)

原論文3 Data source 3:
Synthesis of [2-11C] 5,5-Dimethyl-2,4-oxazolidinedione With and Without Added Dimethyl Carbonate as a Carrier for Studies with Positron Tomography
J.Z.Ginos
Cotzias Laboratory of Neuro-Oncology, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center and Department of Neurology, Cornell University Medical College, New York, NY 10021, USA.
Int. J. Appl. Raiat. Isot., Vol. 36, No. 10, 793-802 (1985)

原論文4 Data source 4:
短寿命ラジオアイソトープの製造とその医学利用
鈴木 和年
放医研
日本分析センター広報, JCAC No. 30, p. 48-56 (1997)

キーワード:陽電子断層撮影、陽電子放出核種、放射性医薬品
positron emission tomography (PET), positron emitter, radiopharmaceuticals

分類コード:030103, 030504, 040304

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