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作成: 2000/1/30 山内 良麿

データ番号   :040164
カーマファクター
目的      :カーマファクターの測定とその応用
放射線の種別  :ガンマ線,中性子,重イオン
放射線源    :タンデム加速器
利用施設名   :オハイオ大学タンデム加速器
照射条件    :大気中
応用分野    :核物理、放射線物理、放射線計測、核医学

概要      :
 カーマファクターは中性子や光子を物質中に照射した時に、核反応に伴う二次荷電粒子によって単位フルーエンス当たりに物質に付与されるエネルギーの量を表す。人体組織等に中性子を照射する場合に、カーマファクターと粒子フルーエンスの積から物質に吸収されるエネルギーを評価することができる。

詳細説明    :
 中性子照射で広く使われるカーマファクター(kerma factor) のカーマは、 kinetic energy released in matter の英語の頭文字を集めて作られた言葉で、単位質量の物質中で生成した荷電粒子の運動エネルギーを意味する。中性子や光子が物質中に入射すると、物質中の原子核と反応して荷電粒子が発生し、その運動エネルギーが最終的に物質に付与される。カーマファクターは、単位フルーエンス当たりのカーマであり、カーマファクターに粒子フルーエンスを掛けたものがカーマになる。カーマファクターが分かっていれば、その場の粒子フルーエンスを掛けて、その物質1kg当たりに吸収されるエネルギーが何Jかが評価できる。放射線治療などで人体組織の一部に中性子を照射する場合に、組織に吸収されるエネルギーを知る上で重要な値となる。
 エネルギーフルーエンスをΨ、線吸収係数をμ、及び物質の密度をρとすると、カーマKはK=Ψμ/ρと表される。粒子フルーエンスをΦとすると、単一エネルギーEnの中性子に対して、Ψ=EnΦであり、カーマファクターをkfとすると、K=kfΦであるから、カーマファクターは次のように表される;
     kf=Enμ/ρ=ΣNL[ΣELJ(EnLJ(En)],
ここでインデックス Lは核種を、Jは核反応の種類を表し、NLはL番目の核種のグラム当たりの核の数である。
 R.S.Caswell (National Bureau of Standards) らは、主として評価済み核データファイルENDF/B-4をもとにして、H, 6Li, 7Li, B, C, N, O, F, Na, Mg, Al, Si, P, S, Cl, Ar, K, Ca, Fe の19の核種について0.026eVから30MeVまでの中性子カーマファクターを計算した。図1にカーボンのカーマファクターの計算結果を示す。


図1 Kerma factors for carbon resulting from the present calculations are compared to the results of other calculations in the energy range from 100 keV to 20 MeV. (原論文1より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from R.S.Caswell et al., Radiat.Res., vol.83, 217 (1980), Figure 10 (Data source 1, pp.248), Copyright (1980) by Academic Press.)

 一方、A.H.Wells は10から80MeVまでの H, C, N, O に関する中性子カーマファクターを二種類の計算によって求めた。10から20MeVまでのエネルギー範囲は蒸発模型を、20から80MeVまでは核内カスケード模型を用いて計算を行った。10から20MeVの計算結果は、20から80MeVの計算結果を20MeVで規格化するのに使われた。この計算の断面積は、20MeVまではENDF/B-Vから、20から80MeVのエネルギー範囲では核内カスケード模型と光学模型によるものである。図2に80MeV までの酸素のカーマファクターを示す。20から30MeVの範囲のCaswellらの値との違いは、この範囲では信頼できる光学ポテンシャルパラメーターが乏しことによる。


図2 Oxygen KERMA. ★, This work; ○, Caswell and Coyne; -, ACE; △, Alsmiller and Barish. (原論文2より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from A.H.Wells, Radiat. Res., vol.801 (1979), Figure 8 (Data source 2, pp.7), Copyright (1979) by Academic Press.)

 実験によるカーマファクターの測定については、オハイオ大学のA.S.Meigooniらが20.8から26MeVのエネルギー範囲で12Cからの中性子弾性散乱及び非弾性散乱の実験を行い、中性子の部分カーマファクターを求めた。この研究の目的は20から40MeVの間の中性子散乱の実験結果を使って、20MeV以上のエネルギー領域の12Cの光学模型による記述を発展させることにある。中性子全断面積の実験値は、興味の対象となるエネルギー領域ではすでに得られているので、光学模型による中性子全断面積の計算値と実験値を比較することによって、より詳しい光学模型による記述が得られる。
 図3に中性子弾性および非弾性散乱の実験によって得られたカーボンの反跳カーマファクターと光学模型による計算結果を示す。図で実線は変形光学ポテンシャルを用いたチャンネル結合理論による計算結果で、実験値への一致は、球形光学ポテンシャルによる計算結果より良い。


図3 A comparison between the carbon recoil kerma factors calculated from the deformed optical model potential of this work (solid lines) and the spherical model of Dimbylow (1982) (dashed lines). (原論文3より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from A.S.Meigooni et al., Phys. Med. Biol., vol.29, 643 (1984), Figure 6 (Data source 3, pp.654), Copyright (1984) by Institute of Physics Publishing.)



コメント    :
 カーマファクターの実験値が無いところでは、多くの計算が行われているが、光学模型や核内カスケード模型に基づく計算結果は、まだ実験値を充分に再現しているとは言えない。カーマファクターの利用については人命に関わる場合もあるので、充分な注意が必要である。今後の多くの精密な実験データの蓄積と、光学模型等による計算法の一層の向上が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Kerma Factors for Neutron Energies below 30 MeV
R.S.Caswell, J.J.Coyne, and M.L.Randolph*)
National Bureau of Standards, Washington, D.C. 20234; *)Health and Safety Research Division, Oak Ridge National Laboratory, Oak Ridge, Tennessee 37830
Radiation Research, vol.83 (1980) 217-254

原論文2 Data source 2:
A Consistent Set of KERMA Values for H, C, N, and O for Neutrons of Energies from 10 to 80MeV
A.H.Wells
Los Alamos Scientific Laboratory, T-2, Los Alamos, New Mexico 87544
Radiation Research, vol.80 (1979) 1-9

原論文3 Data source 3:
Scattering cross-sections and partial kerma factors for neutron interactions with carbon at 20< En< 65 MeV
A.S.Meigooni, J.S.Petler and R.W.Finlay
Ohio University, Athens, OH 45701, U.S.A.
Phys. Med. Biol., vol.29 (1984) 643-659

キーワード:カーマファクター、中性子照射、粒子フルーエンス、部分カーマファクター、中性子散乱、光学模型
kerma factor, neutron irradiation, particle fluence, partial kerma factor, neutron scattering, optical model
分類コード:040103, 040301, 040302

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