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作成: 1998/10/31 伊藤 泰男

データ番号   :040155
RI陽電子源を用いた陽電子ビームシステム
目的      :長寿命β+崩壊性同位元素を用いた低速陽電子ビームの発生と利用
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :22Na, 58Co, 64Cu
フルエンス(率):(放射能) (108-1010)Bq
利用施設名   :ブルックヘブン国立研究所(米国)、理化学研究所、東京大学・原子力研究総合センター
照射条件    :真空中
応用分野    :欠陥プロファイリング、表面近傍の構造ゆらぎ、薄膜界面研究、陽電子ビーム工学開発研究、陽電子の原子分子衝突実験

概要      :
 長寿命のβ+崩壊性同位元素を線源として低速陽電子ビームを発生させると、高強度は望めないが安定なDCビームが得られる。低速陽電子を取り出す方法としては、Wのような負の仕事関数を持つ金属箔を利用するものと、固体ネオン中の準励起状態の陽電子を取り出すものがあり、前者は長期にわたって安定に使えるが効率が低い。
 低速陽電子の輸送には磁場を用いる方法が簡便であるが、磁場を避けたい場合には電場輸送をするか、磁場から非磁場系に切り替える方法が開発されている。

詳細説明    :
 低速陽電子ビームを発生させるための高強度陽電子源として、電子線リニアックを用いて電子対生成をさせる方法と、β+崩壊性同位元素を用いる方法とがある。後者では、サイクロトロンや原子炉などを用いて種々のβ+崩壊性同位元素を発生させることが出来るが、放射性同位元素の寿命が短い場合には加速器等とオンライン運転する必要がある。
 一方長寿命の放射性同位元素を用いれば、オフラインで低速陽電子ビームを発生させることが出来る。このような低速陽電子ビームは105e+/sのオーダーを越える高強度は望めないが、安定なDCビームで既に多くの実用がされている。
 低速陽電子ビーム発生のための長寿命β+崩壊性同位元素としては、利用頻度の高い順に22Na(2.8年)、58Co(71日)、64Cu(12.8時間) がある(括弧内は半減期)。中性子束の高い原子炉で銅を照射し高放射能(〜40Ci)の64Cuを作って、4x107e+/sの陽電子ビームを得られることが米国ブルックヘブン国立研究所で実証されているが、半減期が短いので原子炉サイトで行う必要がありオンライン利用に近い。
 長寿命のβ+崩壊性同位元素から放出された高エネルギー陽電子は、減速と低速陽電子輸送を経て低速陽電子ビームとして用いられる。減速のためには、数μm〜数10μm厚のタングステン(多結晶または単結晶)を2000℃以上に加熱処理した減速体から、" 負の仕事関数 " によって出てくる低速陽電子を引き出すことが広く行われているが、これはこの減速体が安定に長期間使えるためである。この場合高エネルギー陽電子→低速陽電子への変換効率は(10-5-10-4)の程度である。
 この変換効率を高める方法として固体ネオンを用いる方法がある。これは固体希ガスが大きなバンドギャップを持ちかつ多原子分子のような分子の振動・回転準位が無いことから、陽電子が準励起状態エネルギーで熱化されないまま放出されるものを取り出す方法である。変換効率はタングステン減速体に比べて1桁高いが、陽電子のエネルギーの単色性はタングステン減速体の場合に比べて劣る。固体ネオン減速体の取り扱いはタングステンほど簡便ではない。
 取り出された低速陽電子は、陽電子源の放射線場から遠ざかり、かつ高エネルギー陽電子と分離するために輸送してから用いられる。この目的には0.01テスラ程度の磁場中を輸送するのが最も簡便である。磁場はソレノイドコイル又はヘルムホルツコイルで作られるが、高エネルギーの陽電子や二次電子と分離するために、ヘルムホルツコイルを湾曲させるか、E x Bエネルギーフィルターを用いる。ヘルムホルツコイルで低エネルギー陽電子が磁束に沿って減速体から出てきたままのビームプロファイルで輸送される(図1)。E x Bフィルターを用いる時には、ドリフト時にプロファイルがゆがむことを補正するために、円筒状に湾曲した電極を用いる(図2)。


図1 Cross section of the compact, magnetically guided slow positron beam. Enlarged views of the source-moderator and the target region(原論文4より引用)



図2 Cylindrical velocity filter electrode assembly. Length of plates=300 mm.(原論文5より引用。 Reproduced from J. Phys. E: Sci. Instrum., 19, 282-283 (1986), S.M.Hutchins, P.G.Coleman, R.J.Stonet,R .N.West: A Low Distortion Slow Positron Filter, Figure 3 (Data source 5, pp.283), Copyright (1986) by The Institute of Physics, Bristol, England, and with permission of the copyrighter and the authors.)

 磁場輸送された低速陽電子はそのまま磁場中で用いることが多いが、散乱実験に用いる場合や陽電子ビームに輝度強化などの加工を加える場合は、低速陽電子を非磁場系に移すことが必要になる。この目的のために、磁場中で低速陽電子を加速し磁場が切れる付近で静電レンズを働かせて収束させる方法が開発されている。収束させた位置で輝度強化を行わせると、発散が小さい絞られたビームを得ることが出来る。

コメント    :
 タングステン減速体を用いて低速陽電子ビームを取り出す方法はほぼ確立されたものと見なすことが出来る。技術的にも複雑なノウハウが少なく、比較的安価に作れビームも安定している。低速陽電子ビーム強度を必要としない場合も少なくなく、そのような場合には実用的なビームとして推奨される。

原論文1 Data source 1:
Description of the Intense Low Energy Monoenergetic Positron Beam at Brookhaven
K.G.Lynn, A.V.Mills, Jr., L.O.Roellig and M.Weber
Brookhaven National Laboratory, Upton, NY 07974, USA. A.T. & T. Bell Laboratories, Murray, NJ 07974 USA. City College of New York, New York, NY 10031
Electronic and Atomic Collisions, D.C.Lorents, W.E.Meyehof, J.R.Peterson (eds.) (Elsevier Science Publishers B.V., 1986), p.227-232

原論文2 Data source 2:
Prectical Usage of a W Moderator for Slow Positron Beam Production
K.H.Lee, Y.Itoh, I.Kanazawa, N.Ohshima, T.Nakajyo, and Y.Ito
R. & D. Planning, Institute for Advanced Engineering, Kyonggi-Do. Nuclear Chemical Laboratory, Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), Saitama, Japan. Department of Physics, Tokyo Gakugei University, Tokyo, Japan. Research Center for Nuclear Science and Technology, University of Tokyo, Ibaraki, Japan
Phys. Stat. Sol., (a) vol.157, 93-98 (1996)

原論文3 Data source 3:
Solid Neon Moderated Electrostatic or Magnetic Positron Beam
M.Weber, A.Schwab, D.Becker, and K.G.Lynn
Fak. f. Physik D1, Universitat Bielefeld, W-4800 Bielefeld 1, Germany. BNL Upton, NY 11973, USA
BNL-46868, DE92 005033

原論文4 Data source 4:
Table Top Slow Positron Apparatus
I.Kanazawa, M.Hirose, Y.Ito, and S.Takamura
RCNST, The University of Tokyo, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan. Physics Department, JAERI, Ibaraki 319-11, Japan
Int. Conf. on Evolution in Beam Applications (Nov. 5-8, 1991, Takasaki), pp.401-406

原論文5 Data source 5:
A Low Distortion Slow Positron Filter
S.M.Hutchins, P.G.Coleman, R.J.Stonet and R.N.West
University of East Anglia, Norwich, UK. University of Guelph, Guelph, Ontario, Canada
J. Phys. E.,: Sci. Instrum., vol.19, 282-283 (1986)

原論文6 Data source 6:
Brightness Enhanced Intense Slow Positron Beam Produced Using an Electron Linac
Y.Ito, M.Hirose, S.Takamura, O.Sueoka, I.Kanazawa, K.Mashiko, A.Ichimiya,
Y.Murata, S.Okada
RCNST, The Univ. of Tokyo, Tokai, Ibaraki 319-11, Japan
Nucl. Instr. Meth. Phys. Res., A305, 269-274 (1991)

キーワード:陽電子ビーム、Na-22、Co-58、Cu-64、タングステン、ネオン、ビーム輸送
positron beam, Na-22, Co-58, Cu-64, tungsten, neon, beam transportation
分類コード:040203

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