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作成: 1999/01/08 伊藤 泰男

データ番号   :040154
陽電子ビーム利用のためのβ+ 崩壊性同位元素
目的      :陽電子ビームを作るための線源となり得る種々のラジオアイソトープ
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :22Na,11C,58Co,64Cu,13N,79Kr,18F
フルエンス(率):(放射能) (108-1010)Bq
利用施設名   :Du Pont, Brookhaven National Laboratory,他
応用分野    :欠陥プロファイリング、表面近傍の構造ゆらぎ、薄膜界面研究、陽電子ビーム工学開発研究、陽電子の原子分子衝突実験

概要      :
 低速陽電子ビームを発生させるためのβ+崩壊性同位元素について、その持つべき特性を整理し、実用になっているものと、可能性として試みられているものとに区別して紹介した。

詳細説明    :
 低速陽電子ビームを発生させるための高強度陽電子源として、電子線リニアック等を用いて電子対生成させる方法と、β+崩壊性同位元素を用いる方法とがある。後者では、サイクロトロンや原子炉を用いて種々のβ+崩壊性同位元素を発生させる。その中でも、22Naが最も広く用いられているが、それは、2.8年という比較的長い半減期を持ちかつ陽電子放出率が高いために長時間にわたって安定な線源となるためである。
 
 22Naは最大150mCiまでの、チタン箔膜で密封された陽電子源として市販されており(図1)、加速器などとオンラインでつながっていない低速陽電子ビームラインの大半はこの22Na陽電子源を用いている。他に寿命の長いβ+崩壊性同位元素で市販されているものとしては、58Co(71日, 600mCi)、 68Ge(280d, 10mCi), 82Sr(25d, 100mCi) がある(括弧内は半減期、および最大放射能)。


図1 Schematic of Na-22 positron source. (原論文1より引用。 Reproduced from Intense Positron Beams (eds., E.H.Ottewitte, W.Kells), World Scientific, Singapore, p.3 (1988), Figure 1 (Data source 1, pp.5), with permission of the copyrighter, World Scientific Publishing CO PIE LTD.)

 加速器等とオンライン運転する方式をとると、無数のβ+崩壊性同位元素が陽電子源の候補となり得るが、実用になるためには以下の条件を満たさなくてはならず、実際に使えるものは多くない。
 
 1)β+崩壊性同位元素を生成する核反応の断面積が大きいこと
 2)β+崩壊性同位元素がターゲットの小さなスポット内に生成すること
 3)ターゲットが長時間照射に対して熱的、機械的、放射線化学的に安定であること
 4)ターゲット内の荷電蓄積が陽電子放出や減速の過程に影響を及ぼさないこと(荷電蓄積が起こらないこと)
 5)放出された陽電子がターゲット材内に吸収されることなく高い効率で放出されること
 6)放出された陽電子が減速体に小さいスポット(10mmφ以下)として効率よく入射する幾何学的な配置がとれること
 
 27Al(p,n)27Si(半減期 4s):上記の条件を全て満たす良いβ+崩壊性同位元素であり、加速器とオンラインで陽電子ビームを発生させる方法で実用となっているのは、現在のところこれだけである(要素データ040127参照)。
 
 12C(d,n)13N 反応:15MeV/60kW の重水素イオンをグラファイトに照射して、高温のターゲットから13Nを蒸発させ、陽電子減速体の裏側のコールドヘッドに凍結させることが出来れば、3x1010 e+/s の低速陽電子ビームが得られると見積もられる。実証はまだされていない。
 
 78Kr(n,γ)79Kr 反応:クリプトンガスに原子炉内で中性子吸収させ、生成した79Kr(半減期35時間)の混ざったガスを輸送し、固体ネオンを用いた陽電子減速体に沈着させて 1011 e+/s の低速陽電子ビーム発生が可能と見積もられている。実証はまだされていない。
 
 63Cu(n,γ)64Cu 反応:1グラム程度の銅箔を中性子束の高い(1014/cm2・s以上)原子炉に入れて数百Ciの64Cuを作って陽電子源とし、108e+/sの低速陽電子ビームを得る。BNLにて実証されたが、BNLが停止しているために継続されていない。
 
 その他、PET (Positron Emission Tomography) で実績のある11C, 18F などを用いる方法も試みられている(要素データ040155参照)。
 
 いずれの場合でも、β+崩壊性同位元素をマトリクスから分離すると、上記条件の内(5)に対応して効率が飛躍的に高まる。原子番号が変わる核反応を用いれば、この分離を化学的に行うことが出来るが、この場合には化学処理に要する時間の程度に半減期が適度に長い必要がある。

コメント    :
 β+崩壊性同位元素は無数にあるので多くの可能性を持っていると見られるが、現在のところ実用的に用いられるものは少ない。これは、個々の可能性について十分粘り強い技術開発がされてきていないとも考えられる。その意味では、今後の開発課題が多い分野である。

原論文1 Data source 1:
Du Pont commitment - Positron Source
G.P.Tercho
Du Pont, No. Billerica, MA 01862
Intense Positron Beams, eds., E. H. Ottewitte and W. Kells (World Scientific, Singapore, 1988), p.3

原論文2 Data source 2:
Production of a Low Energy Positron Beam Using the 12C(d,n)13N Reaction
R.Xie, M.Petrov, D.Becker, K.F.Canter, F.M.Jacobsen, K.G.Lynn, A.P.Mills and O.Roellig
Brookehaven National Laboratory
Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res., Sect. B93, 98 (1994)

原論文3 Data source 3:
Suitability of 79Kr as a Reactore Based Source of Slow Positrons
A.P.Mills, Jr.
AT & T Bell Lab., vol.110, 165-167 (1992)

原論文4 Data source 4:
Cu-64 Production with BNL's High Flux Reactor
M.Weber, K.G.Lynn, L.O.Roellig, and A.E.Moodenbaugh
Brookhaven National Laboratory
Intense Positron Beams, eds., E.H.Ottewitte and W.Kells (World Scientific, Singapore, 1988), p.11

キーワード:陽電子ビーム、β+崩壊性同位元素、原子炉、加速器
positron beam, β+decay radioisotopes, nuclear rector, accelerator
分類コード:040203

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