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作成: 1998/09/18 日下部 俊男

データ番号   :040150
電子電離を用いたスパッタ二次中性粒子質量分析法による表面元素・深さ分析
目的      :プラズマや電子ビームによる電離法を用いたイオンスパッタ二次中性粒子質量分析法による物質表面の元素および深さ分析
放射線の種別  :重イオン,電子,中性粒子
放射線源    :アルゴンRFプラズマ(Ar+:0.1-2keV, 250μA; e-: 10eV), 液体金属イオン源(2-5keV, 1-8μA), 電子銃(40-100eV)
利用施設名   :カイザースラウテルン大学
照射条件    :超高真空中
応用分野    :固体物理,表面科学,材料科学,分析化学

概要      :
 重イオンビーム衝撃による中性のスパッタ粒子をイオン化して分析する、スパッタ二次中性粒子質量分析法(SNMS)が発展してきている。プラズマのイオンでスパッタし、その電子で電離する方法が最初に考案され、SIMSに匹敵する深さ分解能を持つようになった。さらに重イオン源を別途設け、またイオン化を電子ビームで行う方法が開発され、SIMSなどの装置に組み込まれ、物質表面の元素分布像を高分解能で得られるようになってきた。

詳細説明    :
 物質の表面・深さ元素分析には、今日様々な方法が開発されてきた。またプローブとして用いる粒子も多様である。このうちイオンビームをプローブとして用いる分析法には、後方散乱法(RBS)、PIXE法、核反応分析法、二次イオン質量分析法(SIMS)、イオン弾性散乱法(ISS, MEIS)などがある。
 比較的近年になって、重イオンの衝撃によって固体表層から放出されるスパッタ粒子のうち、中性粒子をイオン化して分析する「スパッタ二次中性粒子質量分析法(SNMS)」もまた発展してきた。中性スパッタ粒子をイオン化する方法も種々考案され、主として、電子による方法(e-gas SNMSとe-beam SNMS)と、レーザー(laser SNMS)による方法とが今日一般的である。
 スパッタ粒子のうち二次イオンを分析するSIMSは、面分解能:数μm、深さ方向分解能:数nmと実用化している。しかし、スパッタリング粒子の大部分は中性であり、SNMSが有利である。また、スパッタリングと電離過程を分離したSNMSでは、SIMSで問題となる化学マトリックス効果がなく、中性粒子のイオン化効率は装置ごと一定である。
 1972年カイザースラウテルン大学のOechsnerらによって、RFプラズマを用いたSNMS(e-gas SNMS)が初めて開発された。図1にその原理図を示す。最初に開発されたのは、プラズマと固体試料との間に直流の電位差(図1(a))を印加し、プラズマ中の重イオンを試料に衝撃させてスパッタを起こさせ、それによってプラズマ中に放出された中性のスパッタ粒子をプラズマ中の電子によって電離し、生成したイオンをプラズマ外に引き出して質量分析するものであり、直接衝撃モード(DBM)のe-gas SNMSと呼ばれる。


図1 Schematic of the electron-gas secondary neutral mass spectrometry. Electric potential U0 between the RF-plasma and sample apply is supplied with a constant DC voltage in the direct bombardment mode (a) and a square-wave high-frequency voltage in the high-frequency mode (b), respectively.

 この方法による深さ分析の一例を図2に示す。これはSi中にインプラントされたPの深さ方向分布を表す。Pの分布に約10nmの幅の極大極小の繰り返し構造が見られ、それと正反対のSiの分布が現れている。これはSi原子がP原子に置き換わったことに対応している。


図2 SNMS analysis of an unannealed P implantation profile in Si for a relatively high implantation dose D of 5×1016 P atoms cm-2. The 31P and 29Si peaks have been recoded alternatively in the same experiment.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Vac. Sci. Technol., vol.A3(3), May/Jun (1985) 1403-1407, H.Oechsner et al., Figure 5 (Data source 1, pp.1406), Copyright (1985) by American Institute of Physics, Woodbury, NY, USA, and with permission of the copyrighter and the author.)

 さらにOechsnerらは、プラズマ-試料間の電位を高周波の方形波とすることで、試料表面の帯電を軽減し絶縁物試料をも分析できるようにした。これを高周波モード(HFM)のe-gas SNMSと呼ぶ。彼らは絶縁物のセラミック(BaTiO3)などをHFMで分析し報告している。もちろん導電性試料についてもDBMと同様に分析でき、表面の荒れが少なくなる。
 一方、点収束性の良い重イオン銃を別途設け、これによりスパッタリングを起こさせ、RFプラズマでスパッタ粒子のイオン化のみ行うようにし、試料表面の元素分布像を観測する装置も開発され、やはりOechsnerらもSIMS像と比較して議論している。これは、分離衝撃モード(SBM)のe-gas SNMSと呼ばれる。
 これらとは別にRFプラズマの代わりに、電子銃を設けこれによってスパッタ粒子をイオン化する方法が開発された。これが電子ビームによるSNMS(e-beam SNMS)であり、この概念図を図3に示す。


図3 Schematical setup for electron beam SNMS.(原論文5より引用。 Reproduced from Fresenius J. Anal. Chem., vol.346 (1993) 3-10, A.Wucher: Microanalysis of solid surfaces by Secondary Neutral Mass Spectrometry, Figure 3 (Data source 5, pp.4), Copyright (1993) by Springer-Verlag, Heidelberg, Germany, and with permission of the copyrighter and the author.)

これは、e-gas SNMSより小型に出来、SIMSなどの他の分析方法にそのまま切り替えられ、またプラズマの動作ガスの漏洩もなく、超高真空下での分析が行えるなどの利点がある。
 しかし、通常の元素・深さ分析においては、一般にe-gas SNMSでは試料への重イオンの衝撃エネルギーを数100 eV位にまで低くできるが、イオン化効率の低いe-beam SNMSではスパッタを効率よく起こさせるために、イオンの衝撃エネルギーは数keVで分析が行われる。Ganschowらは、DBMおよびSBMのe-gas SNMSとe-beam SNMSとの比較を述べている。また、彼らは金属箔抵抗の種々の金属分布像を測定し(これは開発初期のものであるが)、既に20nmの面分解能を得ている。

コメント    :
 電子ビームを用いたSNMSは、SIMSなどの他の装置に組み込むことが出来るので、レーザーSNMSと共に今後の発展が期待される。

原論文1 Data source 1:
High resolution sputter depth profiling of implantation structures in Si by low energy SNMS
H.Oechsner, H.Paulus, and P.Beckmann
University of Kaiserslautern, Federal Republic of Germany
J. Vac. Sci. Technol,. A3(3), May/Jun (1985) p. 1403-1407,

原論文2 Data source 2:
Recent instrumental developments in surface and thin-film analysis by electron and mass spectrometric techniques
H.Oechsner
Fachbereich Physik und Institut fur Oberflachen- und Schichtanalytik, Universitat Kaiserslautern, D-6750 Kaiserslautern, Germany
Applied Surface Science, 70/71 (1993) p.250-260,

原論文3 Data source 3:
Analysis of solids with a secondary-neutral microprobe based on electron-gas post-ionization
W.Bieck, H.Gnaser, H.Oechsner
Institut fur Oberflachen- und Schichtanalytik und Fachbereich Physik, Universitat Kaiserslautern, D-67663 Kaiserslautern, Germany
Fresenius J. Anal. Chem., vol. 353, p. 324-328 (1995)

原論文4 Data source 4:
Progress in solids analysis by sputtered neutral mass spectrometry
O.Ganschow, R.Jede and U.Kaiser
Leybold AG, Bonner Str. 496, D-5000 Koln 51, FRG
Vacuum, Vol. 41, No. 7-9, 1654-1660 (1990)

原論文5 Data source 5:
Microanalysis of solid surfaces by Secondary Neutral Mass Spectrometry
A.Wucher
Fachbereich Physik, Universitat Kaiserslautern, Erwin-Schrodinger-Strasse, W-6750 Kaiserslautern, Germany
Fresenius J. Anal. Chem., vol.346, p. 3-10 (1993)

キーワード:イオンスパッタリング,二次中性粒子質量分析法(SNMS),高周波プラズマ,電子電離,深さ方向分析,元素分布二次元像
ion sputtering, secondary neutral mass spectrometry (SNMS), RF-plasma, electron post-ionization, depth profiling analysis, two-dimensional image of elemental distribution
分類コード:040402, 040501, 040502

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