放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1998/11/23 前田 裕司

データ番号   :040149
X線散漫散乱による照射欠陥の研究
目的      :X線散漫散乱による微小欠陥の解析及び同定
放射線の種別  :エックス線,電子,軽イオン,重イオン
放射線源    :電子線加速器(3MeV)、原子炉
フルエンス(率):1019/cm2
利用施設名   :ユーリッヒ原子核研究所(ドイツ)、ミュンヘン工科大学原子炉
照射条件    :液体He温度
応用分野    :格子欠陥の基礎過程、原子炉材料の照射損傷、耐照射性材料の開発

概要      :
 X線散漫散乱法は点欠陥の配置や、これらの欠陥の集合体の大きさ及び集合体を構成する点欠陥の数やその集合過程、また電子顕微鏡では観察が困難な微小転位ル-プの同定(空孔型、格子間原子型の区別)やル-プのサイズ等を原子的尺度で測定が可能である。
 これらの照射欠陥を調べるために、格子定数の測定、小角散乱、広い領域にわたる散漫散乱や、さらに、放射光等を利用した異常散乱、広域微細構造吸収端等の測定により、欠陥の微細構造や拡散に伴う挙動が解明できる。

詳細説明    :
 欠陥からのX線散漫散乱の理論的研究は、Leibfried及びそのグループのDederichsらにより精力的に進められた。その基本的な考え方は、欠陥によって生ずる原子変位を、その同じ変位を引き起こす仮想の力を欠陥の代わりに導入した。この力をKanzaki(神前)forceという。これにより欠陥の周りの歪が容易に計算できた。現在ではよりエレガントにlattice Green関数として計算される。
 
 X線散漫散乱 :結晶中に欠陥を導入すると格子は広がる(あるいは収縮する)。 これはBragg反射の角度の変化として現れる。また欠陥は格子を歪ませ、Bragg反射の裾野に散漫散乱として現れる。 Bragg角近傍に現れる散乱をHuang散乱と呼ぶ。散乱ベクトルKが逆格子ベクトルhからのずれをq(=K-h)とすると、Huang散乱強度Sは1/q2に比例する。散乱強度の分布から欠陥の対称性を決めることができる。
 また、クラスタ-の構成欠陥の数をn、クラスタ-からの散乱強度をSnとすると、Sn=nSとなり、その強度は構成する欠陥の数に比例して増加し、クラスタ-を構成する欠陥の数が測定できる。
 クラスタ-の大きさRとqが大きくなり、q > 1/Rでは欠陥の近傍のひずみを反映して、散乱強度Sに1/q4に比例した項が現れてくる(Stokes-Wilson散乱という)。散漫散乱強度の測定と格子定数の測定を行うことにより、欠陥の濃度を仮定なく測定できる。すなわち濃度の絶対測定が可能である。
 点欠陥については、欠陥の構造を原子的尺度で決定できる。例えば、fcc金属中の格子間原子は100-分裂型であること、及び、bcc金属では110-分裂型であり、hcp金属ではc軸方向に分裂型であることが多くの金属ついて測定された。
 
 点欠陥の集合体(クラスタ-) :点欠陥のクラスタ-(集合体)についての原子オ-ダでの情報が得られる。照射欠陥の回復過程でstage IIでは格子間原子が移動して欠陥の集合体を形成するstageであることが分かった。AlやNiではdi-interstitialが観測されているが、銅ではす早く大きなクラスタ-に成長していることが観測されている。銅では、di-interstitialは安定に存在しないことを示している。
 
 転位ループの同定(格子間原子型 or空孔型転位ループ)及びサイズの決定 : S-W散乱の強度は1/q4に比例する。転位ル-プのサイズに対する散漫散乱強度の計算例を示す。qを逆格子ベクトルの方向にとり、散乱強度Sとq4の積とqの関係をグラフ化したもので、qのプラス側に格子間原子型転位ル-プからの散乱が強く現れ、マイナス側に空孔型ル-プからのそれが現れる。最大強度を与えるqの値からサイズを求めることができる。電顕では観察が困難なサイズのル-プについてX線散漫散乱により測定でき、照射した金属中の転位ル-プの形成や不純物の効果等の測定がなされている。
 
 半導体中の照射欠陥、不純物集合体では、結晶は稠密結晶ではないので(open space)、金属に比べて格子間原子は楽々と存在しうる。格子間原子と空孔とではかなりの歪みの緩和が起きる。従って、フレンケル型欠陥の場合、金属と歪みはかなり異なる。4.5Kで電子線照射したGaAs、InPでは散漫散乱強度はいずれの試料でも照射量とともに増加したが、一方、InPでは格子定数は増加しなかった。これは格子間原子と空孔による歪みが大きく緩和していることを示す。同様のことがGeも場合でも現れた。
 原子炉材料における重要な照射欠陥の一つにカスケード損傷がある。 中性子照射では必ず存在する損傷のひとつであり、イオン照射等においてシミュレイション等がなされている。また電子顕微鏡観察も行われているが、低温での観察が必要であり、またそのサイズが電顕では観察が困難な大きさであるとも考えられる。X線散漫散乱により原子オーダの検出が可能である。 

コメント    :
 X線散漫散乱法は、照射欠陥の主として点欠陥やその集合体等の研究を飛躍的に発展させた。例えば、照射欠陥の研究において長い間の懸案であった、格子間原子のミクロ構造に対する論争に対して、実験的にFCCでは100-分裂型であることを明確に示し、論争を決着させた。
 また、stage IIは、古くから、格子間原子と不純物原子の複合体の解離であると考えられていたが、この散漫散乱実験により、実は格子間原子の集合体(クラスター)の形成・成長によるものである事を示した。
 X線散漫散乱は微弱な欠陥からの散乱を検出して行う方法であり、自ずと強力なX線源とS/N比の良い検出器が必要となる。最近では強力X線源として放射光の利用があり、これを利用することにより、照射欠陥の分野がおおいに発展することが期待される。

原論文1 Data source 1:
Investigation of radiation damage by X-ray diffraction
P.Ehrhart
Institut fur Festkorperforschung, Forschungszentrum Julich, D-52425 Julich, Germany
J. Nucl. Materials, 216 (1994) 170-198.

原論文2 Data source 2:
Point Defects in GaAs and Other Semiconductors
P.Ehrhart, K.Karsten and A.Pillukat
Institut fur Festkorperforschung, Forshungszentrum Julich, postfach 1913, D-5170 Julich, Germany
Mat. Res. Soc., Symposium Proceeding, Vol.279 (1993) 75 - 86.

キーワード:X線回折、散漫散乱、照射欠陥
X-ray diffraction, diffuse scattering, radiation-induced defects
分類コード:040105, 040504

放射線利用技術データベースのメインページへ