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作成: 1998/09/07 五十嵐 友一

データ番号   :040145
飛行時間型弾性反跳粒子検出分析法による薄膜分析
目的      :固体薄膜材料における元素・組成分析
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :線形加速器 (Ne 20.0MeV、Ar 22.6、41.5MeV 、Xe 138.1MeV )
フルエンス(率):(1.67- 2.67)x1017 atoms/cm2
利用施設名   :理化学研究所重イオン線形加速器 (RILAC)
照射条件    :室温、真空中
応用分野    :表面薄膜物性、半導体工業、高温超電導体材料工学

概要      :
 固体材料の表面元素・組成分析のひとつに、弾性反跳粒子検出分析法(ERDA)がある。近年、 ERDAと飛行時間法(TOF)を併用したTOF-ERDAが開発された。この二つの技術が組み合わさることにより、深さ分解能や質量分解能が飛躍的に向上し、薄膜での軽元素不純物の検出など多くの実験報告がなされている。今やTOF-ERDAは薄膜や層構造の組成分析において標準的測定法として確立しつつある。

詳細説明    :
 MeV程度の高エネルギーイオンを固体試料に入射すると試料中の原子が反跳される。反跳原子は質量に対応したエネルギーをもつ。それゆえ、反跳原子のエネルギーを測定すると、試料を構成する原子の質量を決定でき原子種を同定することができる。これが弾性反跳粒子検出分析(ERDA)の原理である。試料の表面から深部(数100nm)にかけて原子を反跳しエネルギー測定を行うERDAは、よく重原子母体中の軽原子の深さ分布の定量的測定など軽原子分析に用いられる。
 入射粒子には主に重イオンが使用される。それは試料原子を反跳する確率が入射粒子の原子番号の二乗に比例して増加するため、試料原子の検出効率が高くなるからである。また、イオンは固体中を通過する際固体内の電子と相互作用しエネルギーを損失していく。これを阻止能(正確には電子阻止能)というが、重イオンでは阻止能が大きいため、深さ方向の距離に対するエネルギー損失が大きい。そのため軽イオンより重イオンの方が、深部と表面付近の反跳原子のエネルギー差は大きく、試料原子の深さ分解能が良くなる。さらに、重イオンを用いると、軽元素のほか重原子も反跳可能であり、質量分別が広範囲となり、多種の原子を分析することができる。
 反跳原子のエネルギー以外に、反跳原子がある一定の距離を飛行するのに要する時間(飛行時間)を測定することにより質量を決定できる。それは飛行時間が原子の質量に対応しているためである。これが飛行時間法(TOF)の原理である。近年、このTOFとERDAを併用し、反跳原子の情報を時間分解とエネルギー分解で得ることができるTOF-ERDAが開発された。この2つを組合わせることにより質量分解能が著しく良くなった。
 図1にTOF-ERDA測定装置の概観の一例を示す。


図1 Setup of the TOF-energy recoil spectrometer.(原論文1より引用)

半導体検出器と時間検出器で試料からの反跳原子のエネルギーと飛行時間を測定する。飛行距離は2つの検出器の距離である。この測定では質量分解能ΔMは次式で表される。
 (ΔM/M)2=(ΔE/E)2+(2Δt/t)2+(2Δl/l)2 … (1)
ここでMとEは反跳原子の質量とエネルギーであり、tとlは飛行時間と飛行距離である。実際には、(2Δl/l)2の項は無視できるほど小さい。
また、深さ分解能r(x)は次式で定義されている。
 r(x)=ΔE(x)/{S} … (2)
ここでΔE(x)は深さxからの反跳原子のエネルギー幅であり、{S}は検出したエネルギーを深さで微分した値である。
 表1にSi膜を基準試料としたTOF-ERDA測定装置の深さ及び質量分解能の入射粒子依存性を示す。

表1 Comparison of the near-surface mass resolution ΔM and the surface-depth resolution r(0) between the incident energies and probes. Δt(0) and ΔEm(0) were determined by the leading edges of each spectrum. {S} in keV/(1015atom/cm2) was calculated using Ziegler's table. ΔM and r(0) in 1015 atoms/cm2 were calculated using eq.(1) and (2), respectively. The sample was a Si wafer.(原論文1より引用)
-----------------------------------------------------------------
Beam  Energy(MeV)  Recoiled atom  △t(0)(ns)  {S}  △Em(0)(keV)  
-----------------------------------------------------------------
20Ne      20.0           Si           1.3     1.89     316
40Ar      22.6           Si           1.1     2.18     470
         41.5           Si           0.9     2.43     530
136Xe    138.1           Si           1.0     2.86     766
-----------------------------------------------------------------
Beam  Surface depth  Mass resolution
        resolution         △M
----------------------------------------
20Ne        167            2.07
40Ar        216            2.32
           218            1.90
136Xe       267            2.48
----------------------------------------
表1より、深さ分解能は入射エネルギー20.0MeVのNeイオンが、質量分解能は入射エネルギー41.5MeVのArイオンが最小値を示した。Xeを用いたとき、阻止能が大きいにもかかわらず、深さ分解能が悪いのは、実験に用いた半導体検出器のエネルギー分解能が、入射エネルギーが大きいとき悪くなるという特性を持つためである。
ここで実験例として、試料にMgO基盤上の高温超電導体YBa2Cu3O7-xの薄膜を使用した。この組成分析を目的とした実験では、質量分解能が優れている41.5MeVの40Arイオンを選択した。
 図2に40Arイオン(41.5MeV)を入射したときのTOF-ERDAの飛行時間-エネルギーのプロット図を示す。


図2 TOF-energy scatter plot of a YBaCuO superconductor sample.(原論文1より引用)

反跳原子の質量Mは式(3)で定義されている。式(3)より原子種の質量を決定する。
 M=2E(t/l)2 … (3)
縦軸はチャンネル(ch)値が大きいほど飛行時間は短く、横軸はch値が高いほどエネルギーが高い。図2よりO、Mg、Ar、Cu、Y、Baが完全に分離しているのが分かる。すなわち、TOF-ERDAはYBaCuO試料表面から深さ数100nmまでの全元素の組成を非破壊評価でき、さらに高質量分離能を示した。

コメント    :
 このような高質量分解能を示すTOF-ERDAにおいて入射粒子の選択は重要である。それは実験の環境、試料の状態などにより、深さ分解能、質量分解能は大きく変化するからである。そのため実験目的を十分考慮に入れ、入射粒子を選出しなければいけない。TOF-ERDAが標準的な測定法として確立されてきている現在、様々な入射粒子で基準となる実験データを積み重ねていくことが必要である。

原論文1 Data source 1:
Determination of the Mass Resolution and the Depth Resolution of Time of Flight Elastic Recoil Detection Analysis Using Heavy Ion Beams
W.Hong, S.Hayakawa, K.Maeda, S.Fukuda, M.Yanokura, M.Aratani, K.Kimura, Y.Gohshi and I.Tanihata
Department of Applied Chemistry, Faculty of Engineering, University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 133, Japan. The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), Wako, Saitama 351-01, Japan. Institute for Environmental Science, Rokkasho-mura, Aomori 39-32, Japan.
Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 36 (1997), Part 1, No. 9A, p.5737 - 5740

原論文2 Data source 2:
Development of a high mass-resolution TOF-ERDA system for a wide mass range
W.Hong, S.Hayakawa, K.Maeda, S.Fukuda, M.Yanokura, M.Aratani, K.Kimura, Y.Gohshi, I.Tanihata
University of Tokyo, 3-1, Hongo 7 chome, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan. The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), Wako, Saitama 351-01, Japan. Institute for Environmental Science, Rokkasho-mura, Aomori, Japan.
Nucl. Instr. And Meth., B, 124 (1997) p.95 - 99

キーワード:弾性反跳粒子検出分析、飛行時間、軽元素分析、質量分解能、深さ分解能、重イオンビーム、薄膜
Elastic recoil detection analysis (ERDA), Time of flight (TOF), light element analysis, mass resolution, depth resolution, heavy ion beam, thin film
分類コード:040101,040402,040501

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