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作成: 1998/08/21 濱口 由和

データ番号   :040140
中性子散乱法の実用材料への応用
目的      :材料の強度、寿命の非破壊的予測
放射線の種別  :中性子
放射線源    :原子炉 (14MW, 20MW)
フルエンス(率):3x1014/cm2・s
利用施設名   :日本原子力研究所JRR-3M、Leon Brillouin 研究所ORFFEE
照射条件    :室温
応用分野    :超伝導コイル保持材料、マルテンサイト鋼、タービンブレード、高分子材料

概要      :
 中性子回折・散乱測定法はその特性、即ち大きな透過能、磁性体からの磁気散乱等を利用した独自の研究法である。内部残留応力の測定、小角散乱による析出物、欠陥などの形状、サイズとその分布などが多くの実用材料に対して研究がなされている。測定法はX線回折法と同様であるがその適用範囲は更に多岐にわたっている。

詳細説明    :
 中性子回折は初期の段階においては基礎研究に専ら用いられてきたが、最近では実用材料の研究にも多く用いられる様になってきた。測定の原理や手法はX線回折の場合と殆ど同じであるが、中性子の特長を生かしX線回折では得られない情報も多く得られている。 中性子の特長のうち、最も良く用いられているのはその透過能である。
例えば、X線回折で材料の歪みを測定する場合、得られる情報は表面のわずかな部分に限られている。従って、内部の歪みを測定したい場合には、表面を次々に削り取りながら測定を行う手法が取られる。しかしながら、残留応力の測定の場合には表面を除去することにより残留応力も開放されるので、正確な測定は行えない。
 それに対し、中性子回折の場合には鉄でも3cm程度の透過能をもっているので、内部の歪みの直接測定が可能である。以前にはこのような研究を行うのはなかなか困難であったが、最近の中性子源の強度の増加により、X線回折に匹敵する分解能が得られる様になっため、実用材料に対する測定が可能になってきた。以下に中性子回折を用いた実用材料の研究例を示す。
 
1)残留応力の測定
 機械加工や熱処理によって発生する残留応力は、材料の機械的性質や寿命を決める重要な因子の一つである。内部の残留応力を非破壊状態で測定出来る方法は中性子回折しかない。従ってこの研究は現在日本を始めとして各国で盛んに行われ始めている。現在では標準試料を用いて各国の装置で測定した結果を集め測定法の標準化の試みもなされている。


図1 中性子回折による内部歪み測定原理図。入射及び反射中性子線をスリットで限定することにより、両者がクロスする限定された領域の格子定数の平均値が求められる。試料を3方向に移動することにより、この格子定数の位置による変化が求められる。図の測定条件ではz方向の歪みが求められる。他の2方向については試料を回転して、それぞれの方向に垂直な反射面からの測定により求める。

 中性子回折による内部応力測定の原理図を図1に示す。内部に残留する応力により測定部分の格子定数は変化する。中性子の特定面からのブラッグ反射の角度を精密に測定することにより、入射中性子と反射中性子のビーム寸法により限定された試料部分の格子定数が測定される。これと無歪み試料の格子定数の差がこの部分の歪みとして求められる。
試料の位置を移動することにより、特定方向の歪みの分布が得られる。通常の試料ではその形状により主軸方向は予め判っていることが多い。この場合には主軸に相当する3方向の歪みを測定し、この試料のヤング率とポアソン比から内部歪みの分布を計算出来る。主軸方向が明らかでない試料では一般に6方向の測定が必要である。
 この測定法で注意しなければならないのは、ヤング率が方向依存性を持っている点である。回折法では特定の反射面からのブラッグ角を測定する。従ってこの反射面に相当するヤング率を予め測定しておかねばならない。また無歪み試料を得ることが困難な場合もある。この場合には無歪み状態にあると予想される部分の格子定数で代用する。
 原論文 1)は、日本原子力研究所で測定された、超伝導磁石コイルの保持材であるINCOLOY908の残留応力の測定結果である。この材料は残留引っ張り応力が200MPaを越える部分があると、超伝導化熱処理の際に割れを生じることが報告されている。


図2 The residual stress distributions for the three principal orientations of the CS coil jacket. Depth of zero mm shows just the outer surface of the sample.(原論文1より引用。 日本原子力研究所のご承認に基づき、JAERI-Review, 97-012, p.97 (1997), Figure 1 (Data source 1, pp.97)から転載したものです。)

図2に示す測定結果から、内部の超伝導線材と接する部分に、この値を越える箇所があることが推定された。実際の材料でのこの部分に割れがあることが認められている。
 
2)中性子小角散乱(SANS)による欠陥、析出物等の形状、サイズ、サイズ分布の測定
 SANSの特長は、大部分の物質の測定が可能な点と磁気的性質の測定も可能な点にある。X線小角散乱では、炭素等の軽元素物質の測定しか行えない。原論文2は、マルテンサイト鋼MANETの熱処理温度の違いによるCrの分布の変化、磁気サイズ分布の違いを測定したものである。試料の厚さは1mmでバルクの性質を調べるのに十分な厚さである。


図3 2-dimensional SANS cross-section contour levels for MANET quenched with T'=3600℃/min (a) from 1075℃,(b) from 1200℃[9]. The direction of the external applied magnetic field, horizontal and perpendicular to the neutron beam is reported. The angle φand the section (±5℃) used to determaine the nuclear and the nuclear plus magnetic cross-sections are also indicated.(原論文2より引用。 Reproduced from J. Nucl. Materials, vol.233-237 (1996) 253-257, G.Albertini, F.Carsughi, R.Coppola, F.Fiori, F.Rustichelli, M.Stefanon: Small-angle neutron scattering microstructral investigation of MANET steel, Figure 1 (Data source 2, pp.254), Copyright (1996), with permission from Elsevier Science, Oxford, England.)

 図3には、磁場を試料表面に平行に水平方向にかけて測定した結果を示す。中性子の磁気的性質により、図(a)の水平方向には核散乱のみ、垂直方向には核+磁気散乱が現れている。これらを解析することにより、Crの熱処理温度による差違、磁気サイズ分布等が求められた。
 その他の例として、原論文 3)には、Ni基超合金タービン翼を高温で使用した際に出来る、γ'相の大きさや分布の非破壊的な測定から、この材料の寿命を予測する実験結果を示す。これに関しては以前にも似たような論文が出されている。

コメント    :
中性子回折・散乱測定法は大きな透過能、磁気散乱等の特性を生かし、種々の測定法で実用材料の開発に貢献している。小角散乱では例に上げた研究以外にも、高分子材料の開発、生体物質の構造の決定、電子顕微鏡では観察出来ない100Å程度の微小粒子や欠陥の測定などに広く用いられている。
上記の測定法以外にも、材料の選択方位構造(テクスチャー)の材料特性に対する影響、反射率測定による薄膜の表面荒さの測定などが報告されている。利用可能な中性子源がそれ程多くなく、可搬性に欠ける点が欠点であるが、中性子導管の設置などの最近の技術の進歩によって、利用出来る測定装置の数は増加しているので、これから多くの実用材料に対する研究や測定が期待される。

原論文1 Data source 1:
Residual Stress of a Jacket Material for ITER Super-conducting Coil
Y.Tsuchya,N.Minakawa,Y.morii,T.Kato,H.Nakajima,K.Hamada,I.Watanabe,K.Ishio,T.Abe and H.Tsuji
Advanced Science Research Center, Japan Atomic Energy Research Institute, Ibaraki, 319-11 Japan. Naka Fusion Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Ibaraki 319-01 Japan
JAERI-Review, 97-012 p.97 (1997)

原論文2 Data source 2:
Small-angle neutron scattering microstructral investigation of MANET steel
G.Albertini,F.Carsughi,R.Coppola,F.Fiori,F.Rustichelli,M.Stefanon
Departimentto di Scienze dei Materali e della Terra, Universita, Via Brecce Bianche, I-60129 Ancona, Italy. Istituto di Scienze Fisiche, Universita,Via Ranieri 65, I-60131 Ancona, Italy. Institut fur Festkorperforshung IFF, Forschungzentrum Julich KFA,D-52425 Julich, Germany. ENEA, Casaccia, C.P.2400,I-00100 Rome, Italy. ENEA,Centro 'E.Clementel',Via Don Fiammelli 2,I-40100 Bologna, Italy. Instituto Nazionale per la Fisica della Materia, Ancona Unit, Ancona, Italy
Journal of Nuclear Materials, 233-237 (1996) 253-257

原論文3 Data source 3:
Characterization of single crystal Ni-base superalloy CMSX-4 with creep damage
K.Aizawa, H.Tomimitsu, H.Tamaki and A.Yoshinari
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai, Ibaraki, 319-11. Hitachi Research Laboratory, Hitachi, Ltd., Hitachi, Ibaraki, 317
JAERI-Review, 97-012 p.54 (1997)

キーワード:残留応力、中性子回折、中性子小角散乱、析出物、欠陥、磁気散乱
residual stress, neutron diffraction, small angle neutron scattering, precipitate particles, defect, magnetic scattering
分類コード:040503

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