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作成: 1998/12/15 前田 裕司

データ番号   :040138
X線回折法による人工格子の解析
目的      :新材料の開発
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :放射光(2.5GeV、6GeV)
利用施設名   :ESRF, CHESS, KEK
応用分野    :半導体素子

概要      :
 人工格子の構造はほとんどがX線回折法により調べられている。それは、試料を非破壊で、また空間的に広い範囲の平均化した情報を得る事が出来て、人工格子薄膜のもつ組成と結晶格子の一次元的な周期構造に関する情報を、粉末用X線回折計を用いた場合でも比較的容易に得ることが出来るからである。
 人工格子構造の典型的なX線回折パターンの特長を述べる。また最近では強力X線源である放射光を用いての研究が始まり、微小な試料や人工格子薄膜の三次元的構造や界面の研究が行われている。

詳細説明    :
 人工格子の構造は、3つの種類に分類できる。1)単結晶人工格子(タイプ1)、2)一軸配向性エピタキシャル人工格子(タイプ2)、3)結晶/非晶質-ノンエピタキシャル(タイプ3)である。これらの人工格子からのX線回折パターンは図1に示す。これらのすべての試料が、膜面に垂直な方向に周期的な組成変調に由来するX線回折パターン(図2、試料はAu/Fe、Au/NiおよびMo/Siの人工格子)の小角域にブラッグピークを示している。


図1 金属人工格子構造の結晶組織、他に結晶/結晶-ノンエピタキシャル人工格子(Fe/Mg)、アモルファス人工格子(例Fe/C)などがある。矢印は結晶方位を表す。(原論文1より引用)



図2 金属人工格子構造の典型的なX線回折パターン(散乱ベクトルは膜面に垂直、横軸は散乱ベクトルの大きさQ = 4πsinθ/λ)(原論文1より引用)

タイプ1、2を持つ人工格子では、中角域にもシャープなブラッグピークが見られる。それぞれの下地Au層の配向原子面による構成原子Au(100)、及びAu(111)反射近傍の回折ピークが強い強度を示している。人工格子中のAu原子層の配向は下地層と同じであり、Fe及びNiの配向原子面ではbcc-Fe(100)、fcc-Ni(111)である。規則合金の基本反射と超格子反射は、衛星反射に対応する回折反射であるが、通常は基本反射あるいは衛星反射と呼ばれている。基本反射の位置は成長方向の平均格子面間隔に対応する。回折ピークのシャープさは積層方向の原子配列の可干渉性の高さを示すものであり、それはエピタキシャル成長によるものである。
 タイプ3の構造をもつMo/Si人工格子では幅広いMo(111)ピークが見られるだけである。タイプ1とタイプ2の構造の違いは三次元位相空間でのX線回折強度分布から分かる。
 層状積層構造の完成度は小角域のブラッグピークから求めることが出来る。1次のブラッグピークについて、回折強度Iobsの入射X線強度I0に対する比 Robs=Iobs/I0(反射率)を測定することにより、層状積層構造の完成度が評価できる。
 中角域ピークからは、累積的な構造の揺らぎが観測でき、それは回折反射の半値幅の変化として現れる。また、連続的な揺らぎは格子ミスフィットによる界面近傍の面間隔の分布やアモルファス層の厚さ分布から起きる。これらは回折ピーク強度を減少させ、ピーク幅を単調に増大させる。離散的な揺らぎはカラム構造から生じ、それは個々のカラム構造内で原子面数に分布が生ずるからである。また、原子数のシーケンスには、隣り合うカラム間の相関はない。ここでのX線回折の特徴は、基本反射では最もピーク幅が小さく、衛星反射の次数の絶対値が増すと幅が大きくなる。
 金属人工格子構造を詳細に調べるためには、三次元位相空間の回折プロファイルを解析する必要がある。三次元実空間における金属人工格子構造の重要な構造因子は面内の格子周期構造である。従って、面内構造と格子歪みを評価するためには、面内の格子周期を測定する必要があり、X線散乱ベクトルは薄膜面内に平行になる配置の測定となる。特にエピタクシャル成長しているタイプ1あるいはタイプ2の人工格子構造について、磁気異方性や弾性的性質を研究する場合は、格子ミスフィットに起因する結晶歪みの定量的な評価が重要となる。
 厚さ7μmのポリイミド膜上に蒸着したAu/Ni(111)人工格子を対称透過条件で測定した例では、約13%の格子ミスフィットがあるために、回折パターンには独立したAu(220)およびNi(220)反射が観測された。しかし、ピーク位置から求めた面間隔はバルクの値とはかなり異なっており、面内方向には大きく歪んでいることが分かった。X線が基板を透過しない場合には非対称反射法による測定が可能である。
 Au/Fe人工格子の場合には、面内エピタキシャル方位はAu[220]//Fe[200]、ミスフィットは約0.6%であり、整合界面が形成されていると考えられる。Grazing Incidence回折法によるAlAs/GaAs人工格子の測定では、放射光を利用して、特に散漫散乱の測定により、人工格子による回折ピークを観測し、動力学的理論計算とよく一致した。また表面の原子尺度でのラフネスの測定が可能であり、従来の小角散乱法では到底及ばない情報を与えてくれるものであることが分かった。

コメント    :
 X線回折法は、試料を非破壊で、また空間的に広い範囲の平均化した情報を得る事ができ、人工格子薄膜のもつ組成と結晶格子の一次元的な周期構造に関する情報を、原子レベルで比較的容易に得ることが出来る。電子顕微鏡における電子の多重散乱の解析の困難さと比較して、X線回折法は運動学理論(一回の散乱のみ)で比較的容易に原子レベルの格子構造の情報を得ることが出来る点に優れた特長がある。
 また、完全結晶が容易に入手可能となり、合わせて動力学的理論も進み、実験とのよい一致をみて、Siや半導体人工格子における研究もこれら動力学的理論とその実験的手法により研究が大いに進展している。最近では、強力X線源である放射光の利用も容易となり(PF、SPring-8)、微小結晶や特に人工格子薄膜の三次元的構造及び結晶中の歪み、界面・表面構造の原子レベルでの研究が行われている。今後は半導体デバイスの基礎研究に大いに利用され、人工格子構造のこの分野での研究が大いに進展するものと期待される。

原論文1 Data source 1:
位相空間、実空間で見た金属人工格子構造
中山 則昭
京都大學 理学部 化学教室
日本金属学会会報, 第31巻 第9号 (1992年) 784-788.

原論文2 Data source 2:
Diffuse scattering from interface roughness in grazing-incidence x-ray diffraction
S.A.Stepanov, E.A.Kondraskina, M.Schmidbauer, R.Kohler, J.U.Pfeiffer, T.Jach*) and A.Yu.Souvorov2*)
MPG-AG"Rontgenbeugung". *)National Institute of Standards and Technology. 2*)European Synchrotron Radiation Facility
Physical Review, B, Vol.54, No. 11 (1996) 8150-8162.

キーワード:金属超格子、X線回折、構造的評価、X線散漫散乱、金属薄膜、格子歪み
metallic superlattices, X-ray diffraction, structural characterization, X-ray diffuse scattering, metallic thin films, lattice strain
分類コード:040501,010205

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