自由電子レーザーの発生技術

放射線利用技術データベースのメインページへ
作成： 1999/02/09 佐藤　勇データ番号　　　：040130 自由電子レーザーの発生技術目的　　　　　　：可変波長、単色、コヒーレントな高輝度光源の発生　放射線の種別　　：エックス線,電子放射線源　　　　：電子加速器　利用施設名　　　：日本大学原子力研究所　電子線利用研究施設、電子貯蔵リング　照射条件　　　　：真空中　応用分野　　　　：理学、工学、医学、産業　概要　　　　　　：　相対論的な速度をもつ電子が偏向するとき、加速度を受けて光子を放射する。同様な電子線が外力で正弦波の蛇行運動をすると、蛇行数に等しい波束の光が進行方向に放射される。この光束を2枚の反射鏡の間に蓄積して電子線を更に入射すると、電子線は蛇行運動しながら蓄積光電場によって放射光の波長より短い状態に集群(バンチ)され、蓄積光束電場にエネルギーを超放射するので、光電場の振幅は急激に増大し発振状態(自由電子レーザー)になる。詳細説明　　　　：　相対論的な速度をもつ電子が加速度を受けると電磁波(光子)を放出する現象は、1942年に22MeVベータートロンで初めて観測された。1951年、ロンドン大学のモッツは、電子を蛇行運動させることによって電磁波を発生させる方法を考案し、1953年、実証した。　1970年、スタンフォード大学ではメーディが蛇行運動する電子から放射される光を、2枚の反射鏡で構成され光共振器に蓄積し、その光を電子線で増幅する自由電子レーザー(FEL)発生装置を考案した。1976年、メーディ等はスタンフォード大学で24MeVの電子線と5mウイグラーを使って、炭酸ガスレーザー光を増幅することに成功した。その1年後には、ウイグラーの両側に反射鏡を配置した光共振器に43MeVの電子線を入射して、3.5μm波長のFEL発振に成功した。　FEL研究は、各国の電子加速器を所有する研究機関で開始され、1983年、オルセイの電子貯蔵リング(ACO)では可視光FEL発振、スタンフォードでは近赤外線FEL発振、ロスアラモスでは中赤外FEL発振にそれぞれ成功している。1980年代には多数の研究機関でFELが建設されたが、電子線のビーム強度が大きく、且つ、エネルギー分散幅とエミッタンスが小さい電子加速器のみが、FEL発振に成功した。　FELは短波長領域でも進展をみせ、1988年、ノボシビリスクの電子貯蔵リング(VEPP-3)では240nmのFEL発振に成功した。一方、ローレンスリバモアでは誘導型線形加速器で長波長(9mm)の電磁波を高利得(約40%)で大電力(1GW)を得ることに成功している。　一方、日本では1980年代に電総研が750MeV電子貯蔵リング(TERAS)でFELの開発研究を開始、1.47mの光クライストロンを使って、1991年、日本最初のFEL発振(598nm)に成功している。1989年、電総研では川崎重工と共同でコンパクトな500MeV電子貯蔵リング(NIJI-Ⅳ)の建設を開始、1992年8月、590nmのFEL発振に到達した。一方、1991年、FEL研究所が設立され、1997年、165MeV電子線形加速器を用いて、紫外線領域の270nm波長のFEL発振に成功した。　最も一般的なFEL発生装置は、図1に示すように、アンジュレーターとその両端に2枚の凹面反射鏡を対向させた光学共振器(ファブリー・ベロー型)からなる。又、FELの光共振器は、図2に示すように、2枚の反射鏡を対向させたファブリー・ペロー型と3枚以上の反射鏡を組み合わせてリング形状にしたリング型がある。図1　自由電子レーザーの概念図図2　レーザー用光共振器 FELの原理：　先発電子線がアンジュレーターを通過中に蛇行運動して自発光を放出し光学共振器に蓄積する。この光の電界と後続の電子線が電磁作用すると運動エネルギーを放出し光増幅が起こる。蓄積光の電界によって後続の電子線が集群作用を受けて光の波長より小さく集群(バンチ)されると、電子線は光の電界と強烈に電磁作用して更に大きなエネルギーを蓄積光(超放射現象)に放出する。つまり、蓄積光と電子線の間に正帰還作用が起こり発振状態となる。2枚の反射鏡はアンジュレーターを無限に長くする働きをする。　一方、蛇行運動する電子から放出される光の波長が短縮されるのは、光の速度より電子の速度が少し遅いために、先端の光と光を放出し続ける電子の間に光の波数が圧縮されるためである。これを光のドップラーシフトという。電子のエネルギーが高くなると電子速度は光速度に近づくので、自発放射光の波長はより短縮される。　 FELの特徴：　真空中を蛇行運動する電子線はレーザー媒体であるから、レーザー波長を任意に設定でき、且つ、熱的制約を受けないから大出力レーザーが可能となる。　FEL利得は、電子線の尖頭電流、アンジュレーターのパラメーター、電子線のエネルギー分散、エミッタンス等の性能に依存する。又、FEL発振では反射鏡の角度と反射鏡間隔に非常に繊細な調整が必要となる。電子線にはこの光学系に整合する高性能化と安定度が要求される。従って、FEL発振には高度な加速器技術が不可欠である。　 FEL技術の開発：　紫外線領域では、反射鏡の損失係数が大きくなる。そのために、飽和状態に達する時間が長くなる。そこで、反射鏡の表面に1/2波長の厚さの膜を多数重ねた誘電体多層膜を形成させて反射率を上げている。最近はコーテング技術の進歩により反射率が99.99%に達している。しかし、反射率の高い帯域幅は必然的に狭くなる。200nmより短い波長領域(真空紫外)では、誘電体が次第に不透明になり、波長が100nm以下の極端紫外領域では誘電体多層膜が光を吸収して通さなくなるために、ファブリ・ベロー型光共振器は利用できない。　軟X線やX線領域では、斜入射によるブラック反射を利用した光共振器を利用することが考えられる。斜入射では反射鏡を多数用いることになる。光学共振器に蓄積光を安定に閉じこめためには、共振器光軸を高精度に合わせる以外に、共振器の幾何学的構造が重要となる。　FELでは、光共振器を往復する光パルスと電子バンチが正確に重畳することが必要条件となる。共振器長のチューニングはミクロンオーダーの精度が要求される。例えば、Sバンド電子線形加速器の電子線のバンチ長は1～2mm程度である。光共振器長が5μmずれていると光パルスが1回の往復では10μmずれ、200回往復すると、光パルスは電子線から2mmずれて重畳しなくなる。　電子貯蔵リングのFELでは、リングを回る電子線を繰り返し使う。FELが発振すると、電子線のエミッタンスが急激に悪化し、レーザー発振は中断する。再び発振するためには、電子線がシンクロトロン放射光を出して、エミッタンスが小さくなるまで待たなければならない。その時間はリングのダンピング時間に依存する。このために、電子貯蔵リングのFELでは大電力出力が不可能である。　FELでは電子線の持つエネルギーを全てレーザーに変換することは出来ない。そこで、FEL発生後の電子線を再利用する試みがなされている。例えば、先発の電子線からエネルギーを高周波電力として回収して、後続の電子線を加速する方法や、或いは、利用後の電子線で金属を照射し、X線、γ線、陽電子線等の放射線を発生させ、これらの線源を応用研究に活用する計画等である。コメント　　　　：　電総研では電子貯蔵リング（NIJIⅣ）に６極電磁石を導入し、電子ビームの不安定性を押さえ、短波長用多層膜ミラー（アルミナ／石英）を使って、世界最短波長（212ｎｍ）のFEL発振に成功している。これはFEL発生技術が単に光学技術のみで収斂しないことを示す良い例である。原論文１ Data source 1： Experiments on Radiation by Fast Electron Beams H.Motz, W.Thon, and R.N.Whitehurst Stanford University, Palo Alto, California, USA Journal of Applied Physics, vol.24-7 (1953) 826-833 原論文２ Data source 2： Stimulated Emission of Bremsstrahlung in a Periodic Magnetic Field J.M.J.Madey Stnaford University, Stanford, California 94305, USA Journal of Applied Physics, vol.42-5 (1971) 1906-1913 原論文３ Data source 3： First lasings at 0.27-0.37um and 0.51-0.63um using an S-band electron linac with a thermionic gun T.Tomimatsu, E.Oshita, S.Okuma, K.Wakita, T.Takii, S.Nishihara, A. Nagai, H.Tongu, K.Wakisaka, Y.Miyauchi, K.Saeki, A.Kobayashi Free Electron Laser Resarch Institute, Inc., 2-9-5, Tsuda-Yamate, Hirakata, Osaka 573-01, Japan Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, A393 (1997) 188-192 キーワード：ウイグラー、アンジュレーター、エミッタンス、コヒーレント Wiggler, Undulator, Emittance, Coherent 分類コード：040105
放射線利用技術データベースのメインページへ