放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1998/10/01 鈴木 良一

データ番号   :040126
電子ライナックを用いた低速陽電子ビームの発生技術
目的      :高強度低速陽電子ビームの発生
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :電子加速器、電子ライナック
フルエンス(率):107/s以上
利用施設名   :電子技術総合研究所、高エネルギー加速器研究機構、大阪大学、米国ローレンスリバモア国立研究所、米国オークリッジ国立研究所、その他
照射条件    :室温
応用分野    :材料分析・評価

概要      :
 強度の高い低速陽電子ビームは、高機能材料の表面あるいは表面近傍の物性の分析・評価プロープとして期待されている。高強度低速陽電子ビームを発生させる手法の一つに、電子ライナックの高エネルギー電子ビームをコンバータに入射して、電子・陽電子対生成反応を起こし、この陽電子を減速する方法がある。この方法は、107個/秒以上の高強度低速陽電子ビームを発生させる方法として最も一般的な方法である。

詳細説明    :
 電子の反粒子である陽電子は基礎的な物理実験だけでなく、各種固体材料の空孔型欠陥等の物性を調べるプローブとして有用である。特に低速陽電子は、その試料への入射エネルギーを変化させることによって入射深さを制御できることから、半導体などの高機能材料の表面状態や表面近傍の微視的構造を調べるプローブとして期待されている。
 しかし、市販の放射性同位元素から放出される高エネルギー陽電子を減速して低速陽電子にする方法では、発生できる低速陽電子の強度が105個/秒程度であり、消滅ガンマ線ドップラー広がり測定など、陽電子の強度をそれほど必要としない測定には用いることができたが、動的に変化する現象や陽電子顕微鏡など陽電子の強度を必要とする測定は不可能であった。そこで、(107-108)個/秒以上の低速陽電子ビームを発生する技術がいくつか開発されてきた。
 その一つに、電子ライナックなどの加速器で発生した高エネルギー電子ビームを陽電子コンバータに入射し、コンバータで発生した高エネルギー陽電子を減速して高強度の低速陽電子を発生する手法があり、現在、最も多くの研究機関でこの方法が高強度低速陽電子ビームの発生に利用されている。
 陽電子コンバータによる陽電子の生成は、コンバータ内での二段階の反応から成り立っている。まず、高エネルギー電子をコンバータに入射すると、コンバータを構成している原子の原子核によって高エネルギーの電子の軌道が曲げられるため、制動放射X線が発生する。次に、このX線が電子と陽電子の質量に対応するエネルギー1.022MeV以上のエネルギーを有する場合、コンバータの原子核と相互作用をして電子・陽電子対生成反応が起こり、陽電子が発生する。このコンバータで発生した陽電子はエネルギーが高いため、図1のように真空中に設置した陽電子減速材(モデレータ)によってこの陽電子を減速し、電界によって引き出して計測部まで輸送する。


図1 Schematic of the generating section of the intense slow positron beam.(原論文1より引用)

 高エネルギー電子ビームから陽電子を生成するコンバータ材料は、原子番号の大きいこと、電子ビームの照射によって温度が上がることから高温に耐えること、使用後の残留放射線量の少ないことなどの条件が必要であり、タンタルやタングステンなどの重金属が用いられている。
 陽電子減速材は、陽電子に対して負の仕事関数を有し、陽電子が表面から再放出すること、表面処理が容易なこと、陽電子の再放出率が安定していることなどの条件が必要であり、ほとんどの場合、熱処理したタングステン薄膜が用いられる。熱処理したタングステンを陽電子減速材として用いた場合、長期間の使用によって表面に炭素が堆積したり、高エネルギー電子ビームによる中性子による欠陥の形成などによって陽電子の減速効率が減少する。この減速材の劣化は、微量の酸素を導入しながら摂氏約900度以上のアニールを行うことによって回復することができる。
 電子ライナックの電子ビームは通常、数pps-1500ppsのパルスビームであるため、生成される低速陽電子ビームもパルスビームである。1パルスあたり(104-107)個の陽電子が生成されるが、一般の陽電子消滅法は1消滅イベント毎に計測する方法であることから、1パルスに多くの陽電子が入っていても検出器や計測系が飽和するだけで有効に用いることができない。そこで、パルス状の陽電子ビームを図2のような磁場と電場によるトラップに一時的にため込み、徐々に引き出しパルス幅を広げることによって計測系の飽和を抑える直流化の手法が用いられる。


図2 Experimental setup for a positron trap.(原論文4より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter and the authors, from Appl. Phys., vol.A51 (1990) 146-150, Figure 5 (Data source 4, pp.148), Copyright (1990) by Springer-Verlag GmbH & Co.KG.)



コメント    :
 上記のような手法によって生成した高強度低速陽電子ビームを用いて、高計数率の入射エネルギー可変陽電子寿命測定、陽電子消滅励起オージェ電子分光、ポジトロニウム分光などが可能になってきている。現在、これらの物性評価に定常的に用いられている低速陽電子の強度は108個/秒程度であるが、より強力な電子ライナックを用いることによって1010個/秒の陽電子ビームを発生し各種物性測定に利用する計画があり、これが実現すれば陽電子顕微鏡などの現在よりさらに情報量の多い分析・評価法が可能になると期待される。

原論文1 Data source 1:
高強度低速陽電子ビームの短パルス化とその応用
鈴木良一、大平俊行、三角智久、大垣英明、千脇光國、山嵜鉄夫、小林慶規
電子技術総合研究所
電子技術総合研究所彙報, 第59巻 第4号 245-258 (1995年)

原論文2 Data source 2:
Slow Positron Beam Production by a 14 MeV C.W. Electron Accelerator
M.Begemann, G.Graff, H.Herminghaus, H.Kalinowsky, and R.Ley
Institute fur physik, Joh. Cutenberg Universitat Mainz
Nuclear Instruments and Methods, vol. 201 (1982) 287-290

原論文3 Data source 3:
Production of slow positrons with a 100-MeV electron linac
R.H.Howell, R.A.Alvarez, and M.Stanek
Laurence Livermore National Laboratory, Livermore, California 94550
Appl. Phys. Lett., vol. 40(8) (1982) 751-752

原論文4 Data source 4:
Streching of Slow Positron Pulses Generated with an Electron Linac
T.Akahane, T.Chiba, N.Shiotani, S.Tanigawa, T.Mikado, R.Suzuki, M.Chiwaki, T.Yamazaki, and T.Tomimasu
National Institute for Research in Inorganic Materials, 1-1 Namiki, Tsukuba-shi, Ibaraki 305, Japan. Physics Laboratory, Tokyo University of Fisheries, Konan, Minato-ku, Tokyo 108, Japan. Institute of Materials Sience, University of Tsukuba, Tennoudai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305, Japan. Electrotechnical Laboratory, 1-1-4 Umezono, Tsukuba-shi, Ibaraki 305, Japan
Appl. Phys., vol. A 51 (1990) 146-150

原論文5 Data source 5:
Investigation of Positron Moderator Materials for Electron-Linac-Based Slow Positron Beamlines
R.Suzuki, T.Ohdaira, A.Uedono, Y.K.Cho, S.Yoshida, Y.Ishida, T.Ohshima, H.Itoh, M.Chiwaki, T.Mikado, T.Yamazaki and S.Tanigawa
Electrotechnical Laboratory, Umezono, Tsukuba, Ibaraki 305, Japan. Institute of Materials Science, University of Tsukuba, Tsukuba, Ibaraki 305, Japan. Korea Research Institute of Standards and Science, Yusong, Taejon, Korea. Japan Atomic Energy Research Institute, 1233 Watanuki, Takasaki, Gunma 370-12, Japan
Jpn. J. Appl. Phys., Vol.37 (1998) 4636-4643

キーワード:陽電子、低速陽電子、電子ライナック、高エネルギー電子ビーム、対生成、陽電子減速材、タングステン
positron, slow positron, electron linac, high energy electron beam, pair production, positron moderator, tungsten
分類コード:040102

放射線利用技術データベースのメインページへ